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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
三章 終齢の子
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15.ノアの推薦状

「セロさんの急成長はここで一旦終わったようです。まだ定期的な観察は必要ですが、おそらく今後は私たちと同じように、一年に一歳、年を取っていくのだと思いますよ」

 レオニス邸宅を出入りしている医師はセロに微笑んだ。セロの身体のことを話すと初めは驚かれたが、診察の上では全くの健康体であるため、数ヶ月に一度、医師の診察を受けて、身体に異常がないか確認する程度で良いだろうとの見解だった。

「もちろん、この件について外に話すことはありませんよ。レオニス様からも、口外無用とのご指示をいただいております」

 そう言って、医師は静かに微笑んだ。

「ありがとうございます……」

 終齢石が動きを止めてから十日あまり。セロの急激な成長が止まってから数日のことだった。



 終齢石の解除という目的を達成したので、セロは元々生活していた保護施設に一旦帰る事となった。

「セロ……よかったね……」

 レオニスの邸にセロを迎えに来たルデアが、自分の事のように喜んでくれた。だが、セロはまだ実感が追いついていない。ふわふわとした気持ちのまま医師を見送ると、入れ替わりでノアがセロの滞在していた部屋に入ってきた。

「そっか。帰るんだな」

 セロは小さく頷いた。


 ノアの誘いでセロは邸の外に出る。日が傾きかけたこの時間の風は程よく涼しく、セロの前髪を揺らした。

 セロは、先ほど診断された内容をノアに伝えた。

 セロの報告に一度目を見開いて「へえ」と一声、ノアが微笑んだ。

「良かったじゃないか」

 ノアの横顔が緩まった。そのままノアは続ける。

「これからどうするんだ? お前はもう、子供の身体じゃない。好きなように生きられるだろ」

 ノアが風に吹かれた前髪を邪魔そうに掻き上げながらセロを見つめる。いつの間にか同じ背丈程になって追い越していたノアの問いに、セロの足が止まる。

「そう、だね……。もう子供の身体じゃない。あの施設に留まる理由もない。この身体に慣れるまでは、施設に居させてってお願いしたのだけど、ルデアさん達はずっと居てもいいって言ってくれてる」

 自分の内側には、何があるのだろう。一体この先に、何を望んでいるのだろう。

「わからない……。この数か月で、ずっと無理だと思っていたことが現実になってしまって」

 成長するはずのなかった身体の終齢石が動きを止め、驚くべき速さで身体が伸びて今に至るのだ。自分の感覚すら追いつかないほどに。

 まだ夢の中なのではないかとふと不安になるくらいだ。「これから」なんて、一生訪れないとそう思っていたから。

 ふん、とノアが息を一つ吐き出した。

「例えば、成りたいものとか、憧れてるものとか、無いのか」

「なりたい……もの……」

 目まぐるしく変わっていったこの数か月を反芻した。セロと同じように終齢石を埋め込まれたアベルの為に失敗を繰り返し、それでも諦めることが無かったノア。

 魔道具や魔術に関する知識と、ノアの行動力が無ければ、石の解除は成しえなかった事だ。知識が、行動が、人を救うことが出来るのならば。

 セロは顔を上げた。


「……勉強がしたい。学んで、誰かの役に立ちたい」

 気づけば、言葉を口にしていた。そうだ、あの屋敷の中に囚われていた時も、自分の世界を広げてくれたのは本から溢れる数々の知識だった。でも、今は溜め込んでいるだけだ。使い方をやっと知り始めたばかりだ。だから、自分の内側にある積み重なった知識を使うための方法を知りたい。セロはぽつぽつと、ノアにそれを語った。

「……そうかよ」

 セロの言葉を聞いたノアの目じりが緩んだ。差し込む西日が瞳を照らし、金色の眼が美しく輝いていた。

「まあ、せいぜい今の身体に早く慣れることだな」

 そう言って、セロに背を向けけるとそのまま手を振り、去って行った。



 それが、レオニスの邸宅で見たノアの最後だった。そのままレオニスとアベルに見送られ、セロは馬車に乗り込んだ。もう、馬車に乗り込むのに誰の手助けもいらない。頭をぶつけそうになって、レオニスに笑われたが。

 ノアとの別れがあまりにあっさりとしていて、セロはそこが少しだけ気がかりだった。


 施設に戻ったセロを見て、施設の子供達は目を丸くした。

「本当にセロ!?」

「大人になっちゃった!」

 口々に驚きの声を上げる子供達に、セロは柔らかく笑う。

「うん、僕もびっくりしてるんだ」

 慣れていたはずの机や椅子も、もう今の身体には小さい。セロはルデア達職員の仕事を手伝いながら、成長した身体に少しずつ慣れていった。



 そして数か月後の事だった。

 突然ノアが施設を訪ねてきた。何やら機嫌がいいのは気のせいではないとセロは思った。


「ほら」

 ノアから差し出された封筒に、セロはきょとんとして首を傾げた。見るだけでわかる。公式な書類を表す真っ赤な王国印刷紙にノア・クレイン殿、とノアの宛名が載っている。

「ノアさん、一体これは……?」

「良いから、開けてみろ」

 裏を見れば封蝋には見慣れない印章が刻まれている。既に蝋が割れているので、ノアは既に内容を確認済みなのだろう。恐る恐る中身を取り出した。上質な羊皮紙に走っている文字をセロは頭から読み始めた。

「……黒狼将副官ノア・クレイン殿……貴殿より推薦いただきましたセロ・フィーネの入学審査につきまして、学内で慎重なる検討を重ねました結果、当学園はこれを正式に受理し、入学を許可する運びとなりました……ノアさん!? これって!?」

 手に持っている羊皮紙が震えていた。見守っていたノアの口の端が上がる。

「感謝しろよ。忙しい仕事の合間を縫って母校に推薦してやったんだから」

 手紙の続きにはセロの学識への高い評価とノアの強い信任を踏まえた事。そして、特例措置として高等課程への編入を認める旨が書かれている。末尾には学園の名前、カルディア国立高等学術院との表記と、封蝋と同じ印が押されて。

 セロの喉奥からうめき声に近い声が漏れる。視界が滲む。

 思わず目の前のノアに抱き着いた。

「おい! 抱きつくな! 暑苦しい!」

「だって……だって……! こんな……! こんなの……夢みたいだ……!!」

 今はノアの顔が見れない。顔を上げたら、ひどい有様になっているはずだ。

「……俺の名前で推薦したんだから、ちゃんと勉強しなきゃただじゃおかねーぞ」

 ノアの茶化す声が耳にかかる。何度も何度もセロは頷いた。

「うん……! わかってる……! いっぱい勉強する。いっぱい勉強して、誰かの役に立てるようになる……!」

「ああ」

 短いいつもと変わらないノアの返答。それでもその言葉の端に自分を思う優しさがあるのを感じて、しばらくセロは顔を上げることが出来なかった。

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