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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
三章 終齢の子
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14.突然の成長期

 その日は、アベルとセロの体調を考慮して、早めに就寝となった。早めの夕食は、ノアも久しぶりに同席して、穏やかなものとなった。

 風呂に入る際、胸に埋め込まれた石に触れてみた。初めて見た時に感じた悍ましさはもはや無く、アベルにとって、ただそこにある物、と認識している事に自分でも驚いた。眠る時に煩わしかった胸の光が無くなって、アベルは心から安堵していた。

 まだ身体は幼いままだが、それでも、終齢石が停止したことで元の姿に戻れる事に希望が見出せる。

 久しぶりに、ゆっくりと休眠を取れたような気がした。



「あっ、アベルさん、おはようございます」

 早朝、日課の庭木の水やりの為に廊下に出たアベルは背中に掛かった声に振り返った。が、違和感を覚えた。いつものセロとどこか違う。

「セロ……お前、大きくなってないか?」

「えっ?」

 気のせいではないはずだ。アベルより頭ひとつ分高かったセロだったが、今はそれよりも確実に身長が伸びている。ズボンの丈も短い。

「確かに……今まで着てた服、少し小さいなって……気のせいじゃなかったんだ」

「こっちに来い」

 アベルはセロの手を取って、ある部屋の前で止まった。ノアの部屋だ。

「ノア、起きているか」

「……!? っはいっ!? 起きてます!」

 寝ていたな……とアベルはすぐに気づくが、少しの間を置いてアベルはセロを引っ張って部屋に入った。やはり、アベルが声をかけるまで寝ていたらしい。少し乱れた髪に、眠そうな顔をしてベッドのすぐそばに立っていた。

「アベル様、おはようございます」

「ノア、セロを見てみろ」

 アベルに手を引かれたセロが、おずおずと部屋に入ってくる。

「……ん? ……え?」

 昨日まで着ていた服の丈が短くなっている。一目見て、昨日までのセロから成長していることがわかる。

「な、なんか……、身体が成長を始めちゃった……みたいです……」

 照れくさそうにセロは笑った。

「いや……効果出るの早すぎだろ……」

 アベルの前だと言うのに、驚きのあまり畏まるのを忘れたらしい。頭を掻きながら呟くノアだったが、その表情は心から嬉しそうだった。


「うおお!? 大きくなってる!?」

 朝食の時間に広間に現れたセロを見て、レオニスは大きな声を上げる。

「……もしかして、毎日少しずつ大きくなるのか? 服……間に合うか……? 手配しておいた方が良さそうだな」

「すみません、お願いします……」

 セロが申し訳なさそうに頭を下げた。

「いいっていいって。嬉しいことだ。だがアベル……ちびはお前だけになっちまうな……」

 レオニスが腰に手を当てて見下ろす。

「うるさいぞ」

 パンを齧りながらムッとした顔でアベルはレオニスを見上げた。


 翌日も、セロの成長は続いた。

 十歳くらいの姿になったセロは、きょろきょろと周囲を見渡していた。

「な、なんだか目線の高さが違う……」

 壁に沿いながら部屋を出てきたセロを見て、ノアが噴き出した。

「生まれたての馬みてぇだな」

「笑わないでくださいっ! 気を抜くと転びそうなんですっ」

 その日はレオニスかノアの腕を掴みながら恐る恐る移動するセロの様子があちこちで見られた。

 その後、仕事を終えたレオニスがセロの両手を掴んで廊下を歩く練習をしていて、通りがかりの使用人達は微笑ましげに眺めていた。



 翌日。

 喉を何度か鳴らすセロに、アベルが見上げて声を掛ける。また少し背が伸びていた。

「風邪でも引いたか?」

「ん、いえ……熱は無いんです……喉の調子が……」

 そう訴えるセロの声は掠れている。あぁ、とアベルは合点がいった。

「……声変わりだな」

「えっ……?」

 思わず自分の喉に手を当てるセロ。

「そのくらいの年齢になると、子供の声から大人の声に変わり始める」

「……そっか、そうなんだ……へへ、どんな声になるかな……楽しみだけどちょっと怖いや」

 その日はハチミツを溶かした紅茶が出されて、セロは嬉しそうに目を細めていた。



 さらに翌日。セロが起きてこない。今は、急成長が続いている時期だ。何があってもおかしくない。

 ノアを先頭にセロの部屋を訪れた。

「セロ、大丈夫か?」

 ベッドの上の毛布が動く。小さく唸り声が聞こえる。

「脚が痛くて……眠れなくって……」

「うわ、声低っ」

 横にいたノアが呟く。

「あぁ、俺もあったわ。急に大きくなると、痛みが生じる時があるんだよ」

 レオニスが笑う。

「起きられるか? ちゃんと飯食わないと大きくなれないぞ」

「た、食べますっ」

 差し出したレオニスの手をセロが掴む。その手をセロが見て、まじまじと見つめる。

「……手も、昨日と全然違う。ノアさんやレオニスさんみたいな手になってきて……びっくりしてる」

 見慣れた子供特有の丸みを帯びた指はもう無かった。手のひらが広く、指が長く。四角い爪が自分のものだとはまだ実感がわかない。



 さらに次の日。

「あ……」

 起きて、用意されていた服を見て、セロは思わず声が出た。今までは子供のサイズの服だった。

 だが、今日用意されていたのは紛れもない大人の服だった。

 袖に手を通す。ボタンを止める。ベルトの皮の硬さはまだ慣れないけれど、少し手間取りながらも締めていく。

「……」

 姿見には、まだ信じられないといった顔をしている青年の姿があった。


「……セロ、様子はどうだ……」

 部屋に入ってきたノアがセロの姿を見て目を丸くする。

「十八歳くらいか?」

「……うーん、自分ではよく分からない……」

 ふわふわとした髪の七歳ほどのセロの姿はもう無い。照れくさそうに笑う青年がそこにいた。

「……」

 少し目を細めながら、つかつかとノアが歩み寄る。

「……クソ、越された」

「えっ」

「身長」

 そういえば、目線を少し下げたところにノアの金色の目がある。

 ノアはぐっとセロの肩を掴む。悔しそうに口が少し尖る。

「……俺はもう伸びないんだからな。調子に乗るなよ」

 口調はいつもどおりだったが、その目の奥にちょっとだけ複雑な色が混じっていた。

「乗らないよぉ」

 くすくすと笑うセロの顔は、七歳の姿の時と全く変わらなかった。ノアはその様子に柔らかく目を細めた。

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