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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
三章 終齢の子
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13.終齢の終わり

「すみません、どうしても大掛かりになってしまって」

 解析室の半分を埋める魔道具を繋ぎ合わせた装置の端に、器具の装着の為に上半身裸になったアベルが立っている。左肩と胸を覆う装着具から幾つもの配線が伸びて中心の装置へ。反対側には同じ装置を身につけたセロが立っている。

 二人とも緊張しているのか、胸の終齢石が鼓動に合わせて早く点滅を繰り返している。

「本当に、大丈夫かな……」

「何回も試験した。大丈夫だ」

 ノアがセロに向かい頷く。

「……なぁ、一体これはどうなる装置なんだ?」

 腕を組んで、準備の様子を眺めていたレオニスがセロとノアに訊ねる。

「……えっとですね、僕とアベルさんの胸に埋まっている終齢石は、魔力反響完全遮断性……つまり、全く魔力の影響を受けない特性を持っているんです。それを逆手に取って、対位相干渉解除式を使って、終齢石の術式核を互いに干渉させ、機能を停止させる……というわけなんです」

「わ……わからん。とりあえず終齢石を取り外すんじゃなくて、止めるって事だな」

「そういう事です。終齢石の特性同士をぶつけ合って、相殺させると思って貰えれば」

 ノアが補足の説明を加え、レオニスが納得した顔を浮かべる。

「ですので、アベル様。申し訳ありませんが、終齢石そのものを取り外すことは出来ません。術式は停止させられても、石自体は……お身体に残り続けます。それだけは、ご容赦を」

 セロはもちろん解析と設計の時点で了承している。だが、アベルにとってはこの石は自分を絶望の底に貶めた因果の石だ。見たくもない物だろう。

 だがアベルは笑った。

「構わない。これからはこの石はお前たちの努力の証としてこの身に残る事になる」

 失敗することなど、恐れてはいない。そんな顔だった。

「アベル様……」

 ノアの声が震える。器具の装着に問題がないか調べていたセロがノアを見つめる。

「ノアさん、始めましょう」

 セロの言葉が皮切りとなった。

「終齢石の術式の停止に伴い、体内に張り巡られた根も反応を停止します。その際、強い不快感が生じるおそれがあります。あらかじめ、ご承知おきください」

「あぁ、わかった」

 ノアが装置へと近づく。大切に布に包んでいた結晶板を取り出した。これを差し込むことにより回路が繋がり、組み立てた装置が起動する。

「……」

 一瞬の躊躇いの動きののち、ノアは一気にそれを差し込んだ。差し込まれた結晶板が鈍く輝き、装置の中心核が振動を始めた。

 線状に刻まれた魔紋へ光が走り、まるで血管に魔力が流れ込むかのように、装着具へと広がっていく。

「……ッ!」

 セロが小さく身じろいだ。アベルも胸に違和を覚えたらしい。表情がこわばっている。

 セロの胸が激しく脈を打つ。終齢石の奥から、まるで別の心臓が鼓動を打っているかのような感覚が絶え間なく襲う。対岸にいるアベルの胸元も、同じ間隔で明滅を繰り返していた。

 膝を折りそうになるのを踏ん張って耐えた。ここで装着具が外れてしまえば、失敗してしまうかもしれない。

「石が……!」

 レオニスの言葉で、セロは自分の胸元を見た。今まで青黒く明滅していた石が、今は赤黒い光を明滅させている。終齢石が、抗っている。

 鼓動が強く、胸を突き破りそうなほど脈打っている。うまく息が吸えない。

「……ッあっ! う……あぁ!!」

 何度も夢に見た、終齢石を埋め込まれる瞬間。あの痛みが再び体を襲ってくる。ノアが駆け寄り、セロの体を支えた。

「セロ……! もう少しだ!」

 ノアが叫ぶようにセロに声をかけた瞬間だった。石の内部に複雑に刻まれていた魔紋が、まるで映像の逆再生のようにほどけていく。

 パキ、と、どこかでガラスを踏んだような甲高い音がした瞬間、装置の振動が止まった。

「……ッ!」

 レオニスに支えられていたアベル、そしてセロが同時に膝をついた。そのままセロは床に倒れ込む。

「セロッ!」

 慌ててノアが抱き上げて、装着具を外す。激しく上下する薄い胸板が露わになる。

「ノア、さん……、石は……? どうなってる……?」

 肋骨の交わる胸の中心。常に心拍と同時に明滅を繰り返していたセロの終齢石。ノアは数秒、セロの胸元を瞬きもせずに見つめ、わななく唇をようやく動かした。

「……光ってない……。止まってる……!」


 セロの呼吸が乱れる。視界がぼやけて、言葉が紡げない。

「あ、……う……あぁ……!」

 もう、中身は子供じゃないのに、涙がとめどなく溢れて止まらない。気づけばノアの服を掴んで、大声をあげて泣いていた。ノアの手がセロに回される。

「ありがとう、セロ……お前がいなきゃ、出来なかった」

 しゃっくりあげて、ノアに返答ができない。ぐりぐりとノアに顔を押し付けて、セロは何度も頷いた。


「ノア……セロ……。よく、やってくれた……」

 レオニスに支えられながらアベルが二人に頭を下げた。アベルの胸に埋まっている終齢石も、セロの物と同じように光を放つことは無くなっていた。


 装置の唸りが止まって、部屋の中に静寂が戻る。

 セロの泣き声だけが、小さく響いていた。

 誰も、その涙を止めなかった。

 止まっていた年月が、ようやく動き始めようとしていた。

 終齢の終わりの瞬間だった。

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