11.灰の中の灯火
「……う……!」
背中がズキズキと痛む。ノアは顔を顰めた。
何で自分はここにいるんだ。身体に何故包帯が巻かれているんだ。目覚めたばかりの頭では、なかなか思考が回らない。
「ノアさん!」
子供の声がノアに掛かる。ベッドにもたれ掛かるようにしていたセロだった。ノアが目覚めるまでずっと付き添って居たらしい。
「……ひでぇ顔」
セロの顔を見て、一番最初に出た言葉がそれだった。擦って赤くなった目の周り。涙の跡。ノアが目覚めたことで、また目には涙が溜まっている。
そうだった、セロと行った試験運転で、暴走して──
「……大丈夫だったか? 怪我、してないか?」
自分とほぼ同じ精神年齢とはいえ身体は子供だ。爆発に直接巻き込まれて居たら、万が一の最悪の事態も考えられた。小さく何度も頷く。
「ノアさん……僕のせいだ……」
ぽろ、ぽろとセロの大きな瞳から涙が溢れる。
「暴走した装置を見たんです。僕が取り付けた部分が酷く焼けこげてて……僕の取り付けが甘かったから……」
そういえば、組み立ての際にセロの手も借りたのをぼんやりと後から思い出す。
「……いや、俺が悪い。事を急いて、最終確認を怠った」
「やりたい、なんて言わなきゃ良かった……僕が取り付けなかったらあんな事には……」
「セロ。いいか、あの程度の取り付け不良で、あれほどの暴走はしない。俺の設計がまずかったんだ。巻き込まれたのはお前だ。謝るのは俺のほうだ」
ノアの言葉に頷きもなく、セロは項垂れる。ノアの言葉の真意が届いていない。愛玩の器として大切にされ、救出された後も施設で穏やかに暮らしていた。こんな事態を目の当たりするのは初めてのことだろう。動揺が、セロを頑なにしている。
「……知識だけじゃ、やっぱりダメなんだ……」
小さく、息を飲むような声だった。
「セロ」
「僕、わかってたつもりだったのに……。ちゃんと計算して、これならきっと、って。でも……ノアさんが僕を庇ってこんな怪我……」
手のひらで顔を覆いながら、セロはぽつりぽつりと続ける。
「僕がいくら頭の中で考えたって、適切な材料が思い付いたって、現場でちゃんと動かせなきゃ意味ない。役に立てなかった……!」
小さな嗚咽が部屋の中に落ちる。それでもノアは、慰めの言葉を掛けることも、セロに手を伸ばす事もしなかった。
「……止めるのか?」
鋭い声をセロに向ける。
「……っ」
セロの肩がびくりと跳ねる。返答は、ない。
「……なら、そこで泣いていろ。黙って見てろ。お前の仮説が正しいって証明する。俺だけでも、アレは完成させる……!」
痛む傷なんてどうって事ない。我が将のあの絶望に比べたら。ベッドから降りて、身体を引きずりながら解析室へと足を向けた。
「……ノア。どこに行く」
「!!」
廊下に出ようとしたところで、低いアベルの声が掛かった。
「アベル様……」
「医者からも言われている。数日はここから出てはいけない。これは命令だ。ベッドに戻れ」
「……ッ!」
ノアを見上げてなお鋭いアベルの目線。最も尊敬するアベルからの「命令」になど、逆らえるはずがなかった。
「セロ、お前も自分の部屋で休むんだ。腕の火傷に障る」
「……わかり、ました……」
俯いたまま、セロがノアの部屋を後にする。小さな音と共に扉が閉まった。
「……しばらく見張るからな。執務の方はレオニスがやっている。とにかく体を休ませるのが先決だ」
片手に本を抱えたアベルは、ノアのベッドの近くの椅子に腰掛けた。
「……これじゃ、休むしか無いですね」
ノアは苦笑した。
「……慰めたりはしないのだな」
セロとのやりとりが聞こえていたのだろう。アベルは本に目を落としながら呟くように問いかけた。
「……姿は子供でも、あいつはもう仲間だから。子供を相手にするみたいに、頭を撫でたり、宥めすかしたりするのは、違うと思うんです」
その言葉を聞いたアベルは少しだけページを捲る手が止まった。
「……そうか」
ノアの寝息が聞こえるまで、アベルはその場を離れなかった。
アベルの見張りの元でノアは数日を療養に費やした。
その間、セロがノアの部屋を訪ねてくることはなかった。少々気掛かりだったが、ノアもアベルやレオニスにセロのことを尋ねることはしなかった。
ようやく、難なく歩けるようになったノアを見て、レオニスが大きく息を吐き出す。
「全く、西方戦線制圧直後で、戦況が落ち着いているからいいものの。黒狼隊の頭と副官が二人も席を空けてどうするんだよ」
言葉とは裏腹に、表情も口調も柔らかい。
「申し訳ありません……」
「あ、届いた書類でわかんねーところはそのままにしてあるからな。責任はとれねーぞ」
ノアの副官の仕事についてもレオニスが数日駆け回って代行してくれていたのだ。ノアは深く頭を下げた。
「部屋まで破損してしまって……」
すぐにその場から運び出されたので、被害の状況は把握していないが、窓ガラスの破片も飛び散っていた。一室を酷い状況にしてしまって、ノアは向ける顔がない。
それについてもレオニスは頭を掻きながら口を開く。
「……ガキの頃、親父の仕舞い込んでた魔道具引っ張り出して、屋敷中の窓ガラスを全部割っちまった事があんだよ。あれよりだったら一室分の窓ガラスなんて可愛いもんだってよ」
「……!?」
嘘か誠か、とんでもない話にアベルとノアが目を丸くする。
「このくらい屁でもねえよ。せっかく掴みかけた糸口だ、最後までやってくれ」
レオニスがからからと笑う。
「だ、そうだ。先日の爆発はレオニスの子供の頃の悪戯に負けるらしい」
呆れた声でアベルが声をかける。
「邸主の公認だ。……引き続き頼む」
「……!」
二人の将の柔らかな目線に、ノアは再び深く頭を下げた。
自分の仕事を片付けた。レオニスが随分と処理を進めてくれていたので、ノアの仕事はほとんどなかった。急ぎの仕事を片付けて、そのまま解析室に向かう。
補修以外の内部は、使用人たちには触らせていない。とそう言っていた。
──まずは、片付けと、現状の確認、それから、装置の修理と原因の究明……
やることは山ほどある。セロの手助けが無くなった以上、全てを自分で行うしかない。
「……ん?」
部屋の入り口が開いている。見える床は、破片が散らばってなどいなかった。中を覗き込むと、小さなふわふわとした灰色の髪が動き回っていた。
「……セロ」
「……あ、ノアさん」
散らばった破片が片付けられ、落ちた本や資料も本棚に収められている。
試作機が不格好ながらも元の状態に戻りつつある。ノアが不在の数日、セロは解析室の復旧に費やしてくれていたのだ。
おずおずと、セロがノアを見上げる。
「……これで、いいんですよね? 足掻くって、決めたんですもんね」
「……ああ」
ノアはそれだけを返した。二人はもうやるべき事がわかっている。
解析室の作業は、ぎこちなくも再開されようとしていた。




