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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
三章 終齢の子
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9.足りないもの

「ノアさん、それだと回路が逆流して違う動作を起こすんじゃ……?」

「いや合ってる。この型式の魔道具は接続を工夫しないとうまく働かない」


 あれからというもの、ノアの解析部屋にはセロが必ず付き添うようになった。ノアの仮説を見たセロが立案する終齢石の解除方法を実現させるためである。

「この機構に経由させるためには、もう一本バイパスが必要になると思うんです」

「……だよなぁ……どうすっかな……。転写布に導脈油を染み込ませて巻いてみるか」

 知識上の理屈では上手くいくかもしれない案も、実際に行うとすれば話は別である。様々な魔道具を組み合わせ、仮説を実現させる環境を作らなくてはならない。

「ルイデン式共振媒介機構ったって、あんな高価な素材揃えりゃ、そりゃあ魔力だって綺麗に流れるだろうがよ……翠精石とか白燐銅なんて、完成より先に破産しちまう。有り合わせのものでやるしかねえんだよなぁ」

 ガチャガチャと音を立てて、箱に雑多に詰め込まれている素材を見繕うノア。セロにとっては本で見たものばかりで、実物を見るのは初めてだ。

「……なら、晶糸管は? あれならうまく魔力を誘導できるかも」

 ふと、ノアは顔を上げる。頭の中で色々と思い浮かべている顔をして、首をゆるゆると振った。

「いいや、あれはまずい。起動に使う触媒印と相性が悪いんだ。確か……相性がいい奴が他にあったはず……」

 わしわしとノアが頭を掻く。

「もしかして、灰銀線?」

 セロの言葉に顔を上げる。

「それだ! すっかり忘れてた。セロ、流石だ。ちょっとこれ持っててくれ」

 セロに部品を支えさせて、答えを見つけたとばかりに活き活きと素材箱から束になった金属を取り出すノアを見て、セロは呟いた。

「……ノアさん、最初と全然違う」

「ん?」

「話し方とか、座り方とか」

 今のノアは、きっちりと軍服を着込んで髪を結び、背筋をしっかりと伸ばしているいつもの姿ではない。床にべったりと胡座をかいて、汚れる事も厭わずに魔道具に向かっている。

「あぁ、悪い。こっちの方が素。生まれがお上品じゃないんだ。俺。……まぁ、同じ元影落ちなら分かるか」

 ノアが工具を器用に回しながら笑う。

「生まれは不明、育ちはナフタ。それで大体みんな眉を顰める。生まれてすぐは一応施設に放りこまれたんだが、扱いが犬以下でな。逃げてナフタに流れ着いたんだ」

「……」

 セロの表情に変わりはない。ノアの言葉を待っている。

「そこじゃ、違法魔道具屋なんてザラにある。廃棄場なんかを漁って使えそうなモンを修理して、それを売って生計を立ててた。生きるために必死だったんだ」

「……それで、そんなに魔道具に詳しいんですね」

「理屈で動かねーモンばっかりだったからな。知ってるか? 燃料切れのやつは精霊石を砕いた粉を入れてやると少しだけ動くんだ」

「な、なんですかそれ! そんなことしたら壊れちゃいませんか!?」

「壊れるよ? でも売りつけて金を取ったら勝ち。そうやって、有り合わせで何とか動かして金にしてたんだ。金のためならなんでもやった。まぁ、バレてボコボコにされた事もあったけどな」

 とんでもない過去を懐かしそうに笑いながら手際よく組み立てを進めるノアを、セロは唖然として見つめる。

「……でもそんな日々が急に変わった。あんなクソみてぇな町にも、号令布が掲げられてさ。あの金と黒の布に王国の紋章がはためいてた。「アベル・ノクス第三師団団長に任命」って書状に、俺と同じ見た目の影落ちが写ってた。信じられなかったよ」

 それを語るノアの目は、過去を懐かしむ目だ。悲壮など一切なかった。

「そこから、影落ちの処遇は一気に変わった。アベル様が功績を上げて将になった事で、国を守る英雄と同じ姿を持つもの、に変わったんだ。もう、この人しか居ないと思った。俺はこの人のお側につきたいって、目標とかそんなんじゃなくて、使命だと思った」

 ノアの手が止まる。工具を持つ自分の手を見つめた。

「今まで人扱いされなかった影落ちが、黒狼の仔って呼ばれるようになって最低限の受験機会も与えられるようになった。とんでもない事だったよ。だから、本気で食らいついた。入学してから、得られる知識はなんでも覚えた。気づいたら主席卒業だってよ。……こんな生まれの俺が。笑っちまうよな」

 くるり、と工具が慣れた手つきでノアの手の上を回る。


「……すごいや、ノアさんの今は、経験と技術が伴ってる。僕はただ、閉じ込められた部屋の中でずっと溜め込んだだけ。知識があったって、使い方がわからない」

 現に今、ノアの指示で支えている魔道具が何に作用するものなのかさっぱり分からない。

 どうすれば望む形で魔力を出力できるのか、計算式や術式なら知っている。でもそれを実際に行うとなると話は別だ。手伝いたいのに、手を動かす方法を知らない。それが歯がゆかった。

「何言ってんだ。お前のそれは「武器」だよ。それも、とてつもない」

 片手で部品を押さえたまま、ノアがちらとセロを見た。

「俺は、壊れかけの魔道具をだましだまし動かすやり方しか知らなかった。回せば動く、押せば光る。けど『なんで』そうなるのか、考える余裕なんてなかった」

 それでも生きてきた、とノアは笑う。

「でもお前は違う。最初から『なんで』を知ってる。それをどう動かすかなんて、見て覚えりゃすぐだ。……そんな武器を持ってる奴、滅多にいねぇよ」

「……ノアさん……」

「だからな、セロ。お前がいなきゃ、これも完成しないんだよ。俺とお前は組む意味があるんだ。二人揃って初めて全部になる。まだまだその武器、使わせてもらうぞ」


 足りないものを、相手が持っている。

 そんな経験は、セロにとって生まれて初めての事だった。

 ノアの言葉にセロは一度大きく頷いた。

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