7.静かなる焦燥
部屋の中には、文字を書く万年筆の音ひとつすら聞こえなかった。
解析室の壁を照らすのは、ランタンの薄明かりのみ。ノアは机に肘をついたままその光に身を沈めていた。
「魔力反響完全遮断……こんなにも強いものだなんて……」
アベルから、終齢石を埋め込まれた際の話も聞いていた。
──その石はな、どんな魔力も弾く。取り外そうとしても無駄だ。
終齢石を埋め込んだ男がアベルに放った一言だ。
その言葉通り、どれほど手を尽くしても、アベルとセロの胸に埋め込まれた終齢石はどんな手法も通用しなかった。僅かでも干渉する糸口が見つかれば、身体の深くにまで根を張った末端に働きかけ、終齢石を剥がし取る事が出来るかもしれない、というのがノアの当初の目論見だった。
実際、過去の報告書全てに目を通しても、終齢石に干渉出来た結果は一つもない。物理的に石を摘出しようとした処置もあったようだが、終齢石が心臓の近く、果ては太い血管にすら根を回している為に、物理的な除去も不可能と来ている。『古代の敵』は、あまりにも厄介だった。
魔力も通らない。術式も無効化される。切除もできない。記録に残るあらゆる技術が拒まれ、何一つ終齢石には届いていない。
ノアは資料の束に手を伸ばし、端から何度も読み返した紙をめくった。解析結果、過去の医療記録、古文書からの引用、そして自ら手書きした推論の断片——今のノアのすべてが、一枚の薄い帳面の中に積み重なっている。
だが、それらは何ひとつ、この石を揺るがせなかった。手のひらに収まるような小さなものだ。なのに、今のノアには見上げるような大きさの岩に思える。
「……糸口すら、ない」
ぽつりと漏れた声が、誰もいない室内で響いた。それは自身の心の内側に酷く刺さった。
溜まってゆく資料と、効果がなかったという結果。施設から送ってもらったあの資料たちの上に重ねられてゆく。
結果は出なくて当たり前、初めはそう思っていた。だが、試行錯誤の末の『無意味』は静かに、だが確実にノアの心を抉っていった。
終齢石ではなく、石の宿主本人に働きかける方法も考えた。だが、最終的には根を張った石の魔術がそれを許さない。
──ダメなのか。セロにまた『無理だ』と伝えなければならないのか
そう思った瞬間、頭に浮かんだそれを振り払うように
ノアは頭を乱暴に掻きむしった。
それはアベルがずっと子供の姿のまま、一生を過ごすという事だ。実質的に「黒狼将の死」を意味する。
それだけは、ノアに受け入れられなかった。
振り払うように、書類の束を乱暴に閉じた。指先にはいつの間にか紙で切った傷ができていて、じわりと血が滲んでいる。だが、拭おうともしない。そんな些細な痛みでさえ、今の焦燥には届かない。
ノアは、己の非力を呪った。




