4.黒狼、赤竜に抱かれ
あの出来事から、アベルの拘束は厳重なものに変わっていった。
与えられた小部屋の中ですら、足首に荒縄を繋がれ、拷問にも似た検査には、必ず一人ないし二人の技師が傍らに付く。
検査を始める際の声掛けもなくなった。もはや、実験の小動物。人以下の扱いである。
アベルの目から光は消え、もはや自分では立ち上がる気力も体力も無い。
――ああ、俺はここで終わるのか。こんな場所で。こんな姿で。
子供の身体に合わせて作られた金属製の拘束椅子に座らされ、今日も何を測るのかもしれない検査を繰り返される。
戦場で散るのなら本望と、そう思っていた。国のために命を燃やせるのなら。と。
だが、今の自分はどうだ。人としての扱いもされぬまま、静かに朽ち果てようとしている。
そんなのは、嫌だ。だが、声は届かない。助けは来ない。
諦めの境地へと、アベルの心境は差し掛かっていた。ならばもう心を殺し、苦しみが長引かないよう、身を任せるしかない。
「ぐ……う……!」
合図もなく始まった実験。身体に走る衝撃を、歯を食いしばって耐えた。
だが、その日は何かが違っていた。
小さく顔を上げた。
何やら、鉄扉の向こうが騒がしい。複数人の叫び、怒鳴り声が鉄扉の隙間から漏れてくる。意識を失いかけているアベルの耳に、それはわずかに届いた。
瞬間、爆発音にも近い大きな音と共に、分厚い鉄扉が吹き飛んだ。
それと同時に男が一人飛び込んでくる。据えた臭いにわずかに顔をゆがめて。
元のアベル程ではないが、すらりとした長身に、炎のように揺れる赤い髪。好戦的で内なる闘志を湛えた赤い瞳。
「アベル! 何処だ!? 居るんだろう!?」
久しく聞いていない張りのある声が、似つかわしくない地下室に響き渡った。
「レオ……ニス……?」
見間違えるはずもない。赤竜将レオニス・ヴァルク。アベルと歳を同じくして、東の黒狼、西の赤竜と並び称され、戦場を幾度も駆け抜けてきた。その戦友が、今、目の前に居る。
室内に視線を巡らせていたレオニスの目が、台座に横たえられているアベルに留まる。その目が大きく見開かれる。
「お前……アベル……か!?」
無理もない、今や黒狼将の跡形もない、弱り切った子供の姿だ。それでもアベルは、レオニスに向かい小さく頷いた。
後ろには、アベルの部下であるイオ隊長と新兵ルーファスが控えていた。
「良かった……アベル様、本当に良かった……」
ルーファスが涙ぐんでいる。傍らにいるイオ隊長は、唇を横に引き締め、こちらを静かに見つめているが、その瞳の奥には安堵の感情が見て取れる。
「おまえたちが……報せてくれたのか」
二人が同時に頷く。
「規律に反する、と迷いが生じ、判断が遅くなりました。申し訳ございません」
イオ隊長の言葉と同時に、レオニスが二人を顎で指す。
「遠征からの戻りに、お前の姿が見えねぇのがおかしいと思ったんだ。皆口をそろえて突然の病に倒れ療養中ときたもんだ。どこで療養しているのか聞いても、誰も口を開かねぇ。そこにこいつらが来て、ガキの姿になってアウレス様の魔術師団のとこに連れてかれたって言うもんだから、いても立ってもいられなくなってよ。……酷い有様じゃねぇか」
力強く、抱き上げられる。慣れない浮遊感に身をこわばらせるが、太い腕がそれをしっかりと支える。
「……こんなモンまで着けやがって……こいつを誰だと思っていやがるんだ……!」
赤い目が燃える。アベルの首に着けられていた器具を無理矢理外し、握りつぶした。
「レオニス……俺、は」
「いいから、休め。後は俺に任せておけ。戦友」
――ああ、助かったのだ。
アベルはただ、燃えるように熱いその胸に身体を預けた。
長く冷え切っていた心に、その熱は安堵をもたらす。アベルはゆっくりと目を閉じた。