5.知識の重積
レオニス邸の一階、最奥の空き部屋がノアのための部屋となった。大きなテーブルと本棚が運び込まれ、そこには少しずつ資料や道具が増えていく。
「どうしたんだ、これ」
部屋の内部を見たアベルの目に飛び込んできたのは、いくつかの見慣れない大きめの魔道具の数々だった。
「母校から期限付きで借りてきたんです。流石に自費で検査の器具を集めるのは難しくて」
カルディア国立高等学術院。ノアの母校だ。影落ちから黒狼の仔として世間の目が変わったことで、元影落ちにも学業の機会を、と運動が起きたタイミングでノアは入学した。黒狼の仔として初めて主席で卒業し、王都王国中央治安軍に入官。第三師団副官に出世は異例中の異例だった。
そんな経歴もあって、学院には融通が効くのだろう。見慣れない器具の数々に、セロは目を輝かせてテーブルの上を眺めている。
「すごい、本もいっぱい」
アベルと共に訪ねてきたセロも感嘆の声を上げる。
「あぁ、あと、これも無事に届いた」
ノアは机の真ん中に積んであった紙束をセロに向かって、指し示す。
セロは小さく首を傾げた。
「セロさんの終齢石を取り除こうとした方々の報告書です。予想以上でした」
「……!」
セロが目を丸くする。動揺で目が揺らぐ。
「でも、取り外そうとした結果は全て……」
「そう「失敗」……ですよね。だから、学術的な論文にもなっていないし、勿論、学院や王都の書庫に並べられるわけがない。「無い物」として扱われていた物です」
ノアは、重ねられた紙の束にそっと手を添えた。
「そんな物、一体どこで……?」
「貴方の居た施設ですよ。グラート教授に貴方の事を知らせた元教え子の施設職員……ルデアさんが、全て保管していたんです。自身の意思で」
「……あの、人が……?」
セロが小さく言葉を漏らす。
「『知識の重積は、何よりも強い』……恩師の言葉です」
きっとその「元教え子」も、そのグラート教授の言葉を覚えていたのだろう。一つ一つの結果に意味はなくとも、積み重ねられた知識に意味がある、と。
セロの肩が震えている。
「……その書類の厚さは、ダメだったって言われた数を表すだけのものだって、そう思ってた……けど、裏を返せば……これだけの人たちが、僕を助けようとしてくれていた……んですよね……」
ノアが頷く。
「ここから、少しでも手がかりが掴めたら……。この人たちが紡いだ努力や思いだって、無駄にはならない。俺はそう思います」
ノアの言葉に、セロは頷いた。
「ノアさん、始めましょう。アベルさんのためにも、この書類を残してくれた人たちの為にも」
アベル不在の穴を埋めながら、二人の終齢石の除去に挑む。並々ならぬ苦労が待っていることだろう。
だが、その目に浮かぶノアの決意は固い。
アベルは胸に懸念を抱きながら、二人のやりとりを見守っていた。




