3.ノアの足掻き
施設の職員に頭を下げ、ノアとアベルは施設を後にした。
「アベル様、申し訳ありません……ここまで来たのに……」
「いいや、大丈夫だ。俺も、彼の話を聞けてよかったと思う。……手がかり探しはまた振り出しになるだろうが」
アベルの顔に落胆は無かった。それが余計に、ノアの胸を締め付けた。
「だが……ここで別れるのは、少々気がかりだな……」
ノアも同じ気持ちだった。穏やかに別れたものの、ふと話をしていた時に見せた哀しげな顔が浮かぶ。
騎乗してきた馬の繋ぎ場まで歩みを進める。が、そこでノアは立ち止まった。
「……ノア?」
「申し訳ありません。アベル様……少し時間を頂けませんか」
ノアの目が、まっすぐアベルを見据える。ふっとアベルは笑った。
「あぁ、行ってこい」
ノアの思いを汲んで、アベルはノアの背中を見送った。踵を返して駆け込むのは、先ほど後にした施設。
驚くルデアの目を振り切り、木の扉を強く開く。先ほどセロと話していた小部屋だ。
「……ノア、さん?」
椅子を片付けていたのだろう。子供用の椅子を抱えていたセロは、飛び込んできたノアに目を丸くした。
全速力で駆けてきた。ノアの息が軽く乱れている。
「……何度も『無理だ』って言われたんですよね。体の奥にまで食い込んでて、どうにもならないって。何人もの術者に、研究者に、匙を投げられた──」
「……」
セロの目は、静かにノアを見つめる。
「……終齢石を埋められた直後のアベル様を見たんです。子供の姿にされて、あんなものを体に埋められて、絶望のどん底にまで落ちて、それでも剣を手に起き上がる姿を、俺は見たんです!」
ノアの両手が強く握られた。
「……この国には、あの人がいなきゃ駄目なんです。黒狼将軍がいなきゃ、俺たちは、民は守られない。未来が作れない……!」
ノアが、セロに向かって一歩踏み出す。
「……見えなかったんだ。「大人の姿を諦めた」って、そう言った時の貴方が、本当に諦めているようには……見えなかった。すごく、悲しそうな顔をしていた」
セロの両目が、細められる。
「……足掻かせてください! あの石を取り外す一手が得られるのなら、俺は何だってします。どうか、もう一度だけ、信じてください。あなたのその存在で、記憶で、救える命がある。俺たちの希望が、貴方の、そこにあるんだ……!」
ノアは、セロの胸元を見つめる。鼓動に合わせて光る終齢石は、服に助けてもなお、激しく明滅を繰り返しているのが分かる。
外の子供達の嬌声が風に乗って僅かに聞こえてくる。しばらく、セロとノアは見つめあっていた。
「……希望、か」
セロが口を開いた。目を伏せて、穏やかに語る、
「何回も、「ダメだった」って言われたんです。「もう、やめたほうがいい」って、優しく諭されるのにも慣れちゃって」
セロの目線は、足元を彷徨う。
「でも……「やめろ」じゃなくて 「足掻かせてください」なんて言われたの、初めてだな……」
セロは顔を上げた。今までの穏やかな笑みではなく、今にも泣き出しそうで、それでも無理やり笑ったような、不恰好な笑みだった。
「もう一回くらいなら……信じてみてもいいかもしれないですね。ノアさん」
「……!」
セロの柔らかくも拒絶をしていた心が、わずかに崩れた。この人なら信じてもいいかもしれない、そう思ってくれている顔だった。
「一緒に、足掻きましょう」
セロの言葉に、ノアは深く深く、頭を下げた。




