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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
三章 終齢の子
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2.終齢の子セロ

 たどり着いた養護施設は、木々に囲まれた静かな場所にあった。馬から降りて、アベルとノアは建物へと歩みを進める。

 ノアが施設の職員と話をしている間、ふと外を覗いてみた。整えられた庭で子供達が楽しそうに駆け回っている。方々から子供達の楽しげな声が風と共に流れてきて、アベルは穏やかな気持ちになる。

「アベル様、中でお待ちのようです」

 ノアに声をかけられて、振り返った。ノアの隣に立っている職員はルデアといい、ノアと同じ学校の出の者らしい。ルデアの先導で、施設の中を歩く。石造りの立派な施設だ。子供達が使いやすいよう、小さな机や椅子が並んでいる。

「こちらです。どうか、よろしくお願いします」

 真剣な顔でルデアに木製のドアを示された。この中に、アベルと同じ終齢石を埋め込まれた者が居る。

 ノアはアベルを見て頷いた。

「失礼する」

 中に声をかけると、はい。と柔らかい返答が返ってきた。


 扉を開く。

 中には、今のアベルの見た目よりも少し年上の、七、八歳くらいの少年が椅子の近くに立っていた。黒狼の仔だと聞いていたが、髪の色は灰色に近く、瞳の色も銀にわずかな金色が落ちている程度だ。アベルの姿を見とめた少年は、柔らかい笑みを浮かべた。

「はじめまして。僕はセロ。セロ・フィーネといいます。実際の年齢は、もしかすると貴方達より年上かな。……ごめんなさい、途中で歳を数えるのをやめちゃったから。えっと、あなたが、黒狼将……アベル・ノクス様……?」

「あぁ、今はこの姿だが」

 近くに立っていたノアにセロの目線が移る。

「わぁ、黒狼の仔が三人も揃うなんて」

 他意はなく本当に無邪気な声を上げる。その様子にノアの肩の力も抜けたようだ。

「突然の申し出を、快く受けてくださってありがとうございます。このたびは我が将が……」

 ノアの言葉を、セロの目が遮った。

「大丈夫です。手紙で聞いているから。辛い事を何度も話すのは、大人でも辛いです。そうでしょう?」

 アベルとノアは目を見開いた。


 アベルのように大人から急に子供になったわけではない。目の前の少年は、ずっと子供のまま長い時を過ごしてきた。だからこそ、無邪気さの中に子供らしからぬ気遣いや所作が見える。不思議な感覚だった。

 座ってください、とセロに促され、二人はセロを挟んだテーブルの向かい側に掛けた。

「でも、僕の話を聞きたいそうだから……えっと、何から話せばいいのかな。……僕は生まれつき体の色が薄いみたいで、初めは影落ちだって、分からなかったんです。普通のお家で、普通に育ちました。七歳の誕生日までは」

セロは少しだけ目を伏せて、続けた。

「……覚えている、最後の誕生日です」


 まるで世間話をするように、セロの話は始まった。

「就学する前の魔力の検査で、本当は僕も影落ちだって事が判明してしまって。家族は泣きながら僕を手放しました。あの時はまだまだ、影落ちの差別が酷かったから。手放さないと家族は暮らして行けなかったんですよね。ほんと、今では考えられないですよね」

「……」

 二人はセロの言葉たちに言葉を失う。内容の重さに、セロの言葉の軽快さがあまりにも不均衡だった。

「それから、物好きな富豪に買われたんです。珍しい体色の影落ちだったから。そこで、終齢石を埋め込まれました。これ、ですね」

 セロは同時に服の襟元を下げる。アベルと同じ、悍ましい光を放つ石が埋め込まれていた。

「みんな、初めて見ると黙っちゃうんです。……変ですよね。ずっとここにあるだけなのに」

 セロの話には一切の悲壮が感じられない。さらりと話は紡がれる。

「貴方はどうして、そんなにも自分の人生を受け入れているんだ」

 思わずセロに問いかけた。アベルの問いはさらりと返される。

「……それが、当たり前になってしまったから。ずっとずっと、同じ毎日を繰り返して、歳を取らない自分を見続けたから」

「……ッ」

「僕は、ずっとこの身体で生きてきたから、これが当たり前、なんです。大人じゃないから不便だとか、そういうのは分からない。みんな僕を可哀想な子だって目で見るんだけどそんな事はなくて。愛玩の器として飼われていた屋敷から救い出された後も、何回も、何人も、この石を外そうとしてくれた人がいたんだ。大人になったら、なんて考えもその時は少しはあったんだけど、何度も「無理」って言われて。その思いももう捨てちゃった」

 方をすくめて、小さくセロが笑う。

「ここには僕の身体にちょうど良い物が揃っているし、違法の魔道具の被害者として、国がここでの生活を保証してくれる。……だから、僕はこのままでいい。ごめんなさい。僕はきっと、貴方達の助けにはなれない」

 柔らかく笑うセロの顔は、最初の笑みと変わらない。でも、その笑みを目の前にした二人にとって、とても悲しい笑みに見えた。

「……その気持ちは……わかる気がする」

 あの無意味に繰り返された実験の日々。苦しさに耐えて、告げられるのは、無意味な結果。心が削られていくのをアベルはよく知っている。

「そう言ってくれるだけで、諦めた僕が救われる気がする。終齢石……痛かったですよね、苦しかったですよね。ずっと前の事なんですけど、石を埋め込まれた時の事だけは、たまに夢に見るんだ」

 アベルの胸元が、音を立てるようだった。中身が大人のアベルですら、あの処置は地獄の苦しみを思わせる物だった。それを、7歳の子供が受け入れたなんて。アベルの両手の拳が強く握られる。

「ずっとずっと、あの屋敷では本を読んでいました。本だけが、あの狭い僕の世界を広げてくれた。だから、僕はこの先もずっと、本を読んで過ごすんです。この体が生きるのをやめるまで。……せっかく遠くまで来てくれたのに、何も為になる話ができなくて、ごめんなさい」

 セロの言葉は、それで締められた。

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