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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
序章 黒狼が堕ちた日
3/30

3.黒狼、声は届かず

 冷たい室内に、金属の重たい音が響き渡る。

「では、こちらへ」

 台座を示され、アベルはそこへ横になる。

 銀製の拘束環がアベルの両腕に嵌められ、台座にゆっくりと固定される。

 これだけで、痛みを伴う検査行為であることが既にわかる。数値を測るための首輪状の器具が装着され、質素な貫頭衣の下は、なにも身に着けていない。

 もはやその状況にも慣れてしまった。窓の無い地下室では、もう昼も夜もわからない。どれだけの時間、ここにいるのかすら分からなくなってしまった。



「始めます」

 無表情な声の合図に、アベルは瞳を伏せ、口を引き締めた。

「……ッ!」

 銀の器具が青白い光を放ち、アベルの身体を中心に幾何学的な文様が広がる。

 同時に金属の台座に小さな身体が押し付けられる。背筋を走る稲妻のような痛み。噛みしめた歯の間から、苦しげなうめき声が漏れる。

 反り返る背中、目尻にたまる涙。だが、台座の上から降りることは出来ない。無意識に逃れようとした為に、両手首の拘束具の下には痣が幾度も出来ては消えるを繰り返している。

 それでもアベルは、検査の中止を申し出たことは一度もない。一刻も早く元の「黒狼将」の姿に戻り、国を、民を守らなくてはならない。



 幾度目か分からない苦痛に耐え、拘束が解除された。もはや自分で起き上がる力はほとんど残っていない。台座に手を付くが、身体が持ち上がらない。

 そこへ複数の束ねられた報告書を手に、技師の男はアベルの元へやってきて口を開く。

「昨日の検査結果が出ました」

「……」

 だが、次に放つ言葉はもう分かっている。

 波形変化なし。出力結果に問題なし。解析不能な数値の排出。どれもこれも、聞き飽きた。

「……また、原因解明には至らず……だろう」

「申し訳ございません。次こそは」

 口調は丁寧。だが、心は無い。

 返事をする代わりに、ほんのわずかに頷いた。それが今のアベルに出来るささやかな抵抗だった。


「原因は、あの鎧で間違いがない……のだよな」

「はい。何者かがあの鎧にアベル様の魔力を吸い取る術式を掛けていたようです」

「……」

 一体誰がそんな事を。国境防衛戦の折の報労として王から直々に賜った黒鋼の鎧。まさか、そんな呪いが掛けられているなど、思いもしなかった。

 これ以上考えたところでどうにもならない。技師に問いかけても返ってくるのは無機質な報告と、形式だけの謝罪ばかりだろう。

 疑問も、怒りも、もう形にすることも出来ない。ただ虚しく、心中を巡るだけだった。



 実験室の隣の簡素な小部屋。そこがアベルに与えられた部屋だった。

 だが、安らぐ時間などはほとんど無いに近しい。最低限の照明、薄汚れたベッド、そして、質素で味気ない管理された食事。アベルの心身は消耗していくばかりだった。


 そして、ある時から気絶するように眠りに落ちるとすぐさま技師に体を揺り動かされ、睡眠を妨げられるようになった。感覚的にもう幾日もまとまった睡眠を取っていない。

 子供特有の柔らかな腕は少しずつ筋張り、真っすぐに立っていられない程の衰弱を始めている。

「たのむ、眠らせて……くれ」

「極限状態の数値を測るよう指示が出ておりますので」

 冷徹な声が降ってくる。

 体力もないこの子供の身体に、これはもはや拷問に等しい。


「宰相と……話をさせてくれ。この状況は、知っているのか」

 技師らには何度か伝えていた。

「お伝えしております。ですが、宰相も忙しく」

 また、だ。心の奥底に、ヒビが入ったような気がした。




 限界だった。常人ならばもうすでにおかしくなっても不思議ではない。

 憔悴しきったアベルは、もはや技師に何も問うことはせず、与えられるその日の検査の項目を無抵抗に受け入れるようになっていった。


 だが、ある日の事だった。技師の一人が子供の力では開けられぬ重い扉を閉め忘れたらしい。

 僅かに隙間が開いているのが目に飛び込んできた。あの扉の先は、地上だ。もう何日も見ていない陽の光が、あの先にある。

「……っ!」

 気が付けば、力を振り絞って扉に向かって駆けていた。止めようとする技師数人の腕をすり抜け、伸びてくる手を全力で振り払い、アベルは扉に縋りついた。皮肉にも衰弱して細くなった体は、扉の隙間へ簡単にねじ込む事が出来た。

「脱走だ!」

 短く叫ばれる言葉。形振(なりふ)り構っては居られなかった。床を蹴る、身体を押し込む。もう少し、もう少しで、扉をすり抜けて、そのまま階段を駆け上がれば――


「首輪を!」

 技師の一人が叫ぶ。

 瞬間、アベルの首に装着されていた器具が赤い光を放つ。

「!?」

 首輪から放たれた衝撃が全身を襲う。痛みに、声すら上げることは出来なかった。

 これは、数値を測る器具などではない。脱走防止の「首輪」だったのだ。

 気づいた時には遅かった。アベルの意識は、そこで途絶えた。

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