12.ノアの母校
夜がふけたカルディア国立高等学術院の書庫にて、ランプを下げたノアが懸命に書庫の背表紙を照らす。
卒業生は、この書庫を自由に利用し、書物を閲覧できる。ノアが知っている中で、これ以上資料を蓄えている場所を王都の書物庫以外に知らない。果てしなく広い書庫を、ノアは毎日毎夜、終齢石の資料を探して彷徨い歩いていた。
「違う……魔石じゃない……終齢石の記述がある資料を……」
王都との連携業務をこなしながら、人目が無くなった広大な書庫を片っ端から調べ続けている。眠る時間も惜しかった。
「……探し物かね?」
声に振り返ると、そこにいたのはくたびれたシャツにカーディガンを羽織った老人だった。魔道具学の権威、グラート・ベルシュタイン教授その人だ。隻眼、隻腕のこの教授は、眼帯で隠れていない左目にノアを映している。
在学中に随分と世話になった。
ノアは一礼し、すぐに視線を資料に戻した。
「……終齢石について、何か手掛かりがないかと」
ノアの言葉に教授の目が細められる。
「……この時間まで一人で? よほど急ぎの理由があると見えるな」
教授の言葉に、ノアの手が止まる。
「……俺は、守れなかったんです。大切な方を。俺のせいで今、その方は絶望の淵にいる」
「……」
偏屈で有名だが、勉学に励む者を決して見放したりはしないこの教授はノアの言葉に更に目を細めた。在学中のノアを「暴れん坊」と称しつつも、貪欲に知識を得ようと躍起になっていたノアを宥め、勉学のコツを辛抱強く教え込んだのもこの人だ。お陰で、今のノアがある。
守れなかったその人についても、教授は察しているかもしれない。
グラート教授は声を顰めた。
「終齢石と、言ったかね」
ノアはそれに頷く。
「……来なさい。そんな大層な物の資料はこんなところには無い」
在学中よりも少し小さくなったように思える背中に、ノアは続いた。書庫を出て、渡り廊下へ。まだ灯りの灯っている唯一の建物へとグラート教授の足は向く。
「……変わっていませんね、ここは」
グラート教授の研究室だった。資料や魔道具が所狭しと並んでいるのに、どこか几帳面さが見える不思議な空間だった。
「座りなさい」
「……でも」
「いいから、座りなさい」
ノアには時間がない。早く、少しでも終齢石の手がかりを掴み、我が将の絶望に少しでも希望を見出さねばならない。終齢石を埋め込まれた者の資料があれば、そこから何かを掴めるかもしれない。その一心でここに来た。
そんなノアの焦りを知ってか知らずか、教授は研究室の奥から、湯気が立つカップを持ってきた。
「その顔。何日も寝ていないのだろう。そんな状態では、辿り着くべき答えにも辿り着けない」
「……っ」
在学中に何度も言われた。出されたカップに手を伸ばし、ゆっくりと飲んだ。
その間に、教授は隣の資料室を何やらごそごそと探っている。
「……これを」
教授が手にしているのは、ある施設の名簿だった。身寄りのない子供達を養護する国の施設だ。このような施設の名簿に、一体何があるというのだろう。
「一体……」
戸惑うノアの目線の先に、筋張った老人の指が滑る。その指先の文字をノアは読み上げた。
「……セロ・フィーネ、外見年齢七歳程度。胸部に発光する石が埋没……二十歳ほどの精神年齢と知識を有しているとの判定……数年経過も身体的成長が見られず……これって……!?」
グラート教授は静かに頷いた。
「ルデアという元教え子から受け取った物だ。この施設で働いている。どうにかこの人の胸の石を除去できないものかとね。この記述を見る限り、それは終齢石だろう。だが、終齢石なんてもの、数百年前に伝わる伝承の中でしか知られていないものだ」
「……伝承……」
そんな物が我が将の胸の中に埋め込まれてしまっているというのか。夢物語に出てくる代物の対処法など、雲を掴むような話である。
だが、と教授は続け、目の前にある書類を少し、ノアに向かって差し出した。
「私が返答をする前に君が現れた。会いに行ってみるといい。悔悟と自責は成長の種だ。答えは書類の中には無い。実際に会って、話して、見極めなさい」
教授の目が、ノアをまっすぐに見据える。
「疎まれながらも足掻いて、足掻いて、貪欲に知識を得るために食らいつき、遂には主席で卒業した君ならば、私には掴めない何かを、掴む事ができるかもしれない」
「……!」
ノアは顔を上げた。学生時代と変わらぬ教授の顔が、そこにはあった。
ノアは一度、頷いた。




