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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
二章 異変の香り
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11.絶望の淵

 大聖堂の地下に展開されていた奴隷市場は、ノアとレオニスの突入により、瞬時に解体された。

 首謀者は行方知れず。市場の見せ場に出されていた子供達は王都の施設へ保護されている。地下市場に突入後、レオニスはその処理に追われ、アベルの姿を見ていない。

 配下に後の始末を任せて、数日ぶりに邸宅へと戻ってきた所だった。


「……あれからどうだ……?」

 レオニスがノアに訊ねる。

「……」

 ノアが小さく首を振った。

「一切……食事を取ろうとしません……。生に……絶望してしまったかのように……」

「……」

 レオニスの顔が歪む。報告は聞いていた。


 終齢石という魔道具を埋め込まれ、身体の成長を止められてしまった、と。その魔道具は身体の深くに根を張り、取り外す手立てはない。希少な石ゆえに、解決法が見つかっていないのだ。

 その報告書を手にした時、レオニスの手は怒りに震えていた。

「なんで……アイツにそんな物を……!」

 かつてアベルが平定した戦地で貿易商の顔をして武器を卸していた男だったらしい。アベルへの逆恨みが募り、目の前に幼い姿で囮として現れたアベルに牙が向いたのだ。



「お声をかけても……返答すらなくて……あんなアベル様……見た事が……」

 言葉が続かない。沈黙が落ちた。


──あれほど、誰より強く在ろうとしていた男がどれほどの絶望を抱えれば、生きる意志すら捨てるのか。


 レオニスは深く息を吐き、重い足取りで部屋の扉へと向かう。

「……どちらへ?」

「顔を見てくる。どんな顔をしてるか、俺がこの目で見てやらなきゃ、気が済まねぇ」

 ノアは戸惑いながらも、黙ってその背中を見送った。


 

「アベル、入るぞ」

 扉の外から声をかけても返答はない。レオニスは音を立てないようにそっとアベルの元へ向かう。

 ベッドの中心が小さく盛り上がっている。あれからずっと、伏しているというのは本当らしい。横になりこちらに背を向け、壁を見つめている。

「アベル……」

 この邸に来た当初と同じ、いや、それ以上だった。覗き込んだアベルの横顔の目に光はない。

「……ないんだ」

「ん……?」

「もう、戻れないんだ……」

 力無いアベルの声。それはもう、意思を手放し、全てを諦めている声だった。

「アベルっ! 俺の目を見ろ!」

 肩を掴んで、仰向けにさせた。瞬間、レオニスの顔が強張る。

「……!」

 両方を掴んだレオニスは、アベルの胸元が光っているのを目の当たりにする。簡素な麻布の服に透ける光は黒く、青く、悍ましく光を放ち続けている。

「……見えるだろう? 身体の奥深くに根を張って、ずっと、ずっとこうして光を放ち俺の身体を制御し続けている。寝ても、覚めても、この光が俺を捕らえて離さないんだ」

 心臓の脈動に合わせて光が明滅する。この石は、アベルを侵食し、宿ってしまっている。

「……すまない。レオニス……もう、お前と戦場を駆けることも出来なくなってしまった……。こんな人間をここに置いておく理由もないだろう。どこにでも放り出してくれて、構わない」

「……そんな事……出来るかよ……!」

 絞り出すような声が出た。だが、絶望の淵に立っている戦友に、これ以上何をしてやれるというのだ。

「何か、何かあるはずだ……だから、諦めるなよ……」

「……」

 アベルに返答はなかった。

 まずは休め、とアベルに声をかけて、レオニスは部屋を後にした。


「……」

 部屋の外で、ノアが待っていた。レオニスの顔を見、アベルの様子を訊ねようとしている。

 レオニスは小さく首を振った。

「……俺はずっと、あいつは一人でも立ち上がる奴だと……そう信じてた。……でも、今回ばかりは……俺にも、わからねぇんだ。何をしてやれば、あいつの足はもう一度地を踏める……?」

 レオニスの怒り、困惑、後悔が、強く拳を握らせる。

「俺が……アベル様を途中で見失わなければ……! もっと早く結界を解除できていれば……! そもそも……アベル様を止めるべきだった!」

 ノアの声が震えている。この数日、自身を責め続けていたのだろう。数日まともに眠れていないのか、顔色も悪い。

「……同じ痛みを持った奴にしかわからねぇだろう……アベルの苦しみは……。俺たちの声は、届かねぇ」

「同じ……痛み……」

 ノアが小さく反芻し、小さく息を飲み込んだ。

 何かを決意した顔だった。

「……レオニス様、少し、こちらを空けます。アベル様をよろしくお願いいたします」


 ノアはそのまま姿を消した。

 アベルの伏したレオニスの屋敷は、明かりが消えたような静けさだった。

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