9.奴隷商ザファル
今までの石造の壁床と違い、この部屋だけは豪奢な絨毯が引かれ、真ん中には大きな革張りの椅子が鎮座している。
部屋の隅には子供が一人入れるほどの檻がいくつか置かれている。檻の一つには、小さな毛布と、水の入った壺だけがぽつんと置かれていた。まるで誰かが入っていた痕跡のように。
所狭しと並べられた棚には、様々な装飾品や魔道具が並べられ、部屋を照らすランタンの光を受けて照り輝いている。地下の不快な臭いを誤魔化す為か、香の煙が立ち上り、部屋の中に居る男の煙草の煙と相まって部屋の中は薄らにぼやけている。
「ザファルの旦那、とんでもねぇ上物ですよ。見てくだせぇ」
血の色と見まごうほどの赤く厚い絨毯の上に乱雑に下された。
ソファに座っていた、ザファルと呼ばれた男がゆっくりと立ち上がる。元のアベルと歳はそう変わらない。切れ長の紫の瞳が薄暗い部屋でも光り、金色の髪を後ろに撫で付けている。頬の火傷の痕が嫌でも目を引いた。上等な服を身に纏っているが、毒々しい柄に、両手に光る大きな宝石の指輪は、毒蛇の目を思わせる不快感があった。
「……おい、これ、どこで拾ってきた?」
アベルを一目見て、金に目をくらませる者とは一線を画していた。疑いの眼差しがアベルを刺す。
「あぁ、市場で迷子になっていたとこをな……」
ザファルの顔が歪む。
「周りに親は? 護衛は? こんなのが街を一人で歩いているわきゃねーだろ」
男がアベルを値踏みするように周囲を歩く。
「あぁ、居場所探知の魔道具を持っていたさ。すぐに外して捨ててやった。だからもう足なんてつかねぇだろうよ」
「ほう……そりゃまた随分と都合がいい話だな」
男はしゃがみ込み、アベルの顎を取った。
「黒髪……金眼……確かに『それ』には見えるがな。最近はただのガキを魔術で誤魔化して売りつけてくる奴も多い。紛い物を掴まされちゃたまったもんじゃねぇ。おい」
奴隷商が奥に声を掛けると、補佐役の小太りの男が探知の道具を持ってくる。短い光がアベルに照射されると、探知具は反応を示す。それに男は小さく感嘆の声を上げた。
「へェ……本物か……。本当に運が良かったらしいな」
奴隷商はアベルを攫った男を一瞥する。
「しかし……随分と大人しいな……。本当にガキか?」
アベルをここに引き連れてきた男が呟く。此処で急に騒げば逆に怪しまれる。アベルは男を睨み続けた。
「……まァ、いい。こいつはここに置いていけ。残りの商品の検品を進めてこい」
「へい」
アベルを攫った男たちが部屋を後にする。拘束は解かれたものの、奴隷商の視線は、逃亡は無駄であると暗に語っていた。
ザファルは、アベルの顔を掴み、笑った。
「あの黒狼将が、よりにもよって俺のとこに迷い込んでくるとはな……。初めまして『黒狼将殿』」
「!!」
アベルの目が見開かれる。
いま、自分を指してなんと言った。正体を見破られている。
おそらく、先ほどの探知具でアベルと察されたのだ。動揺を悟られぬように、男を見返す。
「お前さんにゃ覚えがなくとも、こっちには並々ならぬ恨みがありましてね。数年前の国境の紛争地、俺はそこで武器貿易商としてひと稼ぎさせて貰ってたんだがね。あんたがあっという間に制圧して治安回復の摘発なんて始めたもんだから、こっちの商売は上がったりだよ。おかげさまでこんなクソみてぇな所に潜まなきゃいけなくなっちまったんだからよ」
「……!」
確かに、覚えがある──北西の国境沿い、カイメル旧砦周辺。
戦で焼け落ちた村を拠点に、武器の横流しや人買いが暗躍していた。村人は怯え、兵士は買収され、秩序は既に崩壊していた。
あれを鎮圧するのは、軍の威信を賭けた任務だった。
その摘発を逃げ延びた者が、今ここで子供を売り捌いている。アベルはザファルを見上げた。
「そんな姿になってまで何を探りにきた? ……あの方か。ここまで嗅ぎつけてこられちゃ、もうお前を潰すしか無ぇな……さて……どうするか……」
アベルの周りを、上等な革靴が歩む。
何かを思いついたように、ザファルは小さく声を上げた。
「本来なら影落ちは『別口』に送るが、お前さんにゃもっと良い処遇を案内してやる。お前が二度と牙を剥けないようにしてやるさ。兵士でも犬でもなく、ただの『商品』としてな」
口の端を醜く上げて、ザファルが笑う。母の火傷の痕が引き攣れた。




