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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
二章 異変の香り
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7.アベルの痕跡

「クソッ……! 奴ら、遮視の魔道具か……!? こんなクソの掃き溜めみてぇなところで、高度な魔道具を使うなんて……!」

 路地裏を足早に曲がった男達の姿が一瞬にして消えた。姿を消す魔道具は希少な石を使う為に殆ど流通していない。国軍の中ですら、使用できるのは限られた場面のみである。こんなところで使用されるなど、想定すらしていなかった。人でごった返しているとはいえ、この町に慣れているノアは、その男達の『匂い』で、見失う筈はなかったはずなのに。

 アベルに持たせた位置特定の魔道具は既に見破られている。だが、我が将なら、必ず何か手がかりを残すはずだ。落ちつけ、落ち着け、とノアは周囲を探る。

 見失ってからまだ数秒。下手に動けばアベルを本当に見失ってしまう。

 ノアの金色の目が、見慣れたナフタの雑多な風景を映し出す。長い年月、埃がかったまま誰も手入れをしない建物の汚れた看板、元の色が分からない地面の色、壁の染み。全ての風景から、アベルの痕跡を見つけ出す。

「……!!」

 壁から飛び出ている鉄杭に、この場所には似合わない『色』を見つける。杭に引っかかって、ほつれたような端切れの色に見覚えがあった。

 アベルが身に着けていた絹の上着だ。 

 遮視の魔道具を使われた瞬間に、アベルは杭に腕を引っ掛け、端切れを残したのだ。ノアはその壁に駆け寄り、身を低くした。


――落ちている。等間隔に、糸くずが。


 アベルはそのまま、ほつれた部分から糸を引き出し、地面へと放っているのだ。ノアならばこれに気が付く、と信頼を置いて。

「絶対に、見失いはしません。我が将」

 ノアは一言呟くと、雑踏の中、僅かな手掛かりを元に、路地裏を進み始めた。



「此処かよ……悪趣味にも程があるだろ……」

 思わず吐いて出た。創世の女神、イーラの聖堂。かつては多くの者が訪れ、祈りを捧げた神聖な場所だ。まさかそんな場所を、子供達を売買する場所にするとは。

 聖堂の周囲を探る。聖職者が出入りしていたであろう裏口に複数の足跡と、アベルの残した糸屑。間違いがない。ここだ。

 周囲にも扉の内側にも人の気配は無い。ノアは音を立てずに扉をわずかに開き、体を滑り込ませた。

 内部はなんの変哲もない小部屋だ。だが、どこかにアベルを連れ去った男たちが身を隠す場所があるはずなのだ。灯りのない部屋の中、ノアの目は注意深くあたりを探る。

「……」

 床に擦れた痕、妙にすり減っている壁面。隠し扉だ。しっかりと床と壁の隙間にアベルの残した糸屑が挟まっていた。

「……アベル様、ありがとうございます」

 残した痕跡で此処まで辿り着く事ができた。あとは、アベルがなんらかの証拠を掴んだタイミングで、レオニスと共に救出に突入する。はずだった。


 隠し扉に手をかけた瞬間に、ノアの腕が衝撃と共に弾き返され、思わず舌打った。独特の赤い紋様が入り口を塞いでいる。限られた者しか入ることのできない魔力の障壁が目の前を塞いでいる。この地下の主は、相当用心深いらしい。

「……っざけんな……! 此処で諦めてたまるかよ!」

 我が将は、自分の身を危険に晒してまで、この計画を進めている。自分や、赤竜将を信じて。

「この程度の術式なら、消せる……」

 魔道具を揃える時間はない。だが、魔術において強力かつ、すぐに手に入るものが此処にはある。自分の血だ。

 ノアは自分の人差し指に迷いなく噛みつき、指先から血を迸らせた。床にこの紋様の力を放出させて、力を弱める術式を書いていく。

「焦るな、魔術障壁放出の術式は、何度も学んだはずだ……!」

 急げ、だが、正確に。

 指先の血が紋様の上に滴り落ちると、かすかな光が紋様を震わせた。

 ノアはひと呼吸置き、集中を高めて術式を紡ぎ続ける。

 

 どうか、間に合ってくれ――! ノアの呼吸だけが、隠し部屋の中にこだましていた。

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