6.ナフタの闇市
「アベル様、本当にお気をつけて。ここの奴らは、生きるためなら何でもするような連中です」
頭に布を巻いて、髪色を隠したノアが周囲に厳しい視線を送る。アベルはノアに抱き上げられた腕の中で頷いた。安全を確保するため、アベルはフードを深めに被っている。狙われやすいよう、服は上等な絹の上着を羽織り、見た目だけは裕福な家の子供のようだ。
レオニスはこの町の民の「匂い」がしない為、どうしても浮いてしまう。仕方なしに郊外で配下を連れて待機、合図が出次第ノアと合流し、アベルの救出に向かう手筈となった。
「……何かあればこの魔道具で、だな」
アベルの首からは、小さな魔道具が下がっている。身につけた者の位置を別の魔道具で追うことができるものだ。見つからないように服の中に仕舞い込んだ。
「私も近くで様子を伺います。拐われた時には尾行しますので、身に危険を感じたらすぐに合図を送ってください」
「ああ、わかった」
街の入り口からして、すでにレオニスの領内の街とは違う。全体的に煙って、人の手で好き勝手に継ぎ足された街並みは雑然とした雰囲気が漂っている。
「では、始めるか」
ぐ、とアベルを抱き上げているノアの腕が一度強まる。
「ノア」
「……」
アベルの言葉に、ノアがゆっくりとアベルを下す。本当は行かせたくはない、と顔が物語っている。アベルは苦笑した。
「大丈夫だ」
眉間にしわを寄せたノアが数歩離れ、路地の隅に身を寄せた。
ふう、とアベルは息を吐き出した。これから、子供に成りきって、人売りの連中をおびき寄せるのだ。
数歩歩いて、ノアから更に距離を取った。フードを上げて、髪と瞳を露わにする。
「……お父さん? どこ……?」
親を探すふりをしながら、街の中心部へと足を運ぶ。地べたに座る物売り、すれ違う堅気でない男、路地で煙管を燻らす女、いくつもの目が、こちらに降り注ぐのを感じる。
自分から捕まりに行くというのは、思っていたよりも息が詰まる。だが、この町では『黒髪金眼』は獲物だ。黙っていれば、向こうから必ず来る。
ノアの手を離れてから、わずかな時間だった。
「!!」
突如、大きな足がアベルの進行を妨げた。咄嗟に上を見上げる。顔に傷のある男がこちらを見下ろしていた。
「僕、どうしたのかな? 迷子かい?」
「……」
口調は優しい。だが、その目はこちらを値踏みする、ねっとりとした熱が込められている。
「……親と、はぐれて……」
「おお、そうかい。なら俺が一緒に探してあげよう。さぁおいで」
背中に手が回される。その力は少しずつ強くなり、路地裏へと押され――
「こんな高価なお前を見失う親を恨むんだな」
言葉と同時に地面に引き倒された。
「!!」
後ろから別の手が回ってくる。瞬時に口をふさがれた。
それからはあっという間だった。跳ね上げた足を掴まれ、荒縄で括られる。両手もあっという間に縄で拘束される。
「顔、隠しとけ。こんなヤベェ代物、他の連中に見つかったら事だ」
アベルが元々身に着けていたフードを深く被らされ、男の脇に抱えられた。
抵抗しなければ怪しまれる。だが、暴れすぎれば薬などを嗅がされるかもしれない。意識を失うわけにはいかない。怯えたふりをして、男の拘束を逃れようとわずかな抵抗に抑えて身じろぐ。
「は、離せ! やめろ!」
「大人しくしろ!」
ぐい、と男が頭を押さえつけたと思えば、口に布を嚙まされた。瞬間、胸元から探知の魔道具がこぼれ出た。男の目にそれが留まる。
「おーおー、このガキ、厄介なモンぶら下げてやがる。危ねぇ危ねぇ」
「……!」
アベルの位置を知らせる魔道具が見つかった。道具を掴むと、鎖を引きちぎられ、放り投げられた。
これでは、道具による探知は使えない。アベルは男の背後に目線を寄越す。ノアと目が合った。怒りに燃えているその目に、まずは抑えろ、と視線を返す。
男たちが動き出す。
手足を縛られた子供を抱えているというのに、すれ違う町の者たちはそれに驚きもしない。路地を曲がり、さらに路地裏へ。手慣れた足取りで人気のない方へと向かう。
途中、まばらに焚かれた火の煙や、焦げた獣脂の臭いが鼻をついた。目深に被らされたフードで視界は明瞭ではないが、ノアの気配を間違いなく感じる。
「おい。旦那に言われてるだろ、あそこに子供運ぶときは見られるなって」
男の一人が、アベルを抱えている男に声を掛ける。
「あぁ? そんなの、気にしなくてもいいと思うんだがな。面倒くせぇし」
「いいから、やるぞ」
「へいへい」
声を掛けた男の一人が、懐から何かを取り出し、起動させた。
「……!」
アベルと男達の周囲に、薄暗い膜のようなものが展開される。おそらく、周囲の者らの視界を遮り、アベル達の姿を見えなくさせる物だろう。こんな魔道具は、ほとんど流通していない。
その「旦那」とやらは随分と用心深いようだ。このままでは、ノアが見失ってしまう。
「……!」
アベルは男の腕の中で暴れた。振り上げた腕が壁に当たる。
「暴れたって無駄だぜ子犬ちゃんよ」
男はアベルを抱えなおし、足を速めた。
ノアの気配が遠ざかる。アベルは遠ざかるノアの気配に向かって、鋭い視線を向け続けていた。




