4.副官ノアの警戒
「おや、黒狼の仔がまたお一人」
レオニス領の街を歩くノアに声が掛かる。この世界で目立つ髪色のノアは、よくこうして声をかけられる。足を止めたノアは、声を掛けた屋台の主人に返答する。
「また、といいますと……?」
「この間、レオニス様といるのを見たんだよ。美味しそうにうちの串焼きを食べてくれてね。こんなに短い期間で黒狼の仔を二人も見かけたものだから、嬉しくなってつい声を掛けてしまった」
食べるかい? と串焼きを渡されたのでノアは素直に受け取った。
「それは、このくらいの背丈の非常に愛らしいお子様ですか?」
ノアが手の高さでアベルの身長を表すとそうそう、と頷く。
「子供の黒狼の仔なんて最近見ることがないから、よく覚えているよ。ここいらはレオニス様のお陰で治安がいいけど、山向こうのナフタの方じゃ、相変わらず人攫いも頻発しているというし」
その言葉に、横に立っていた客が反応する。
「ナフタァ!? あそこは昔っから浮浪者やら闇市で非正規の店やらが立ち並ぶ治安が最悪のところだろう。黒狼の仔が一人で歩いていたら一瞬で攫われて売られちまうよ」
「あぁ……」
嫌でもよく知っている町の名前が出て、ノアの声のトーンが下がる。
まだ、影落ちと呼ばれていたあの頃、自分の生きる場所はあそこしかなかった。ゴミなのか商品なのか分からない魔道具を売る地売り、見たことが無い薬草がぶら下がり、何とも言えない匂いを放っていた。闇市の通りには常に何かの臭いがして、ネズミと共に裏路地に潜み、自分の飯のタネになるものを探し回っていた。
だが、そんな生活を余儀なくされていた「影落ち」が今や「黒狼の仔」である。黒狼将と同じ見た目を持つ子供は、今や人売りの間では宝石と同等かそれ以上の高値でやり取りされるという。
──そんな「価値ある商品」を何故……。
西方の戦地で見かけた死体の数々が嫌でも思い出される。あの黒狼の仔は、決して「死んだから」遺棄されたのではない。「殺されて」から遺棄されたのだ。
愛玩や奴隷以外ではなく、別の意図で黒狼の仔を狙う何かが居る。ノアはそれを何となく嗅ぎ取っていた。
「少し……探ってみた方がいいかもしれねーな……」
ナフタなら昔の顔なじみも居る。黒狼の仔を狙う人買い以外の何かの気配をつかめれば、あの異形化の死体を作り出した者に繋がるかもしれない。
アベル様に調査の時間を頂こう。ノアはレオニスの邸に戻ることにした。




