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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
二章 異変の香り
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⬛︎副官ノアの聞き込み

「えっとね、その時はお庭で御本を読まれていたので、お茶をお出ししたんです。そうしたら上目遣いで「すまないな」って……」

「うわーッ! なんですかそれ! なんですかそれ! 見たかったァー!」

 目を覆って天を仰ぐのは、数日前から正式にレオニス邸に滞在することになったアベルの副官、ノア・クレインその人である。

 黒い長髪を一つに束ね、凛とした涼しい金色の目を持つ端正な顔立ちで、黙っていれば一目惚れの一つや二つを簡単に拾ってくるような男なのだが、こと上官のアベルに関わることになると途端に様子がおかしくなるのである。

「お身体に対して大きくて分厚い本をよく読まれるんですけど、重くて収まりが悪いのかちまちま体勢をよく変えていらっしゃいますよね。不満げに」

「やだちょっと待ってください。ちまちま!? 体勢を!! なんでこれ俺見てなかったんだろう。最高すぎる。他に? 他には? 普段のアベル様のどんな事でも構わないんですが!」


 今、ノアがいるのは使用人控え室である。これから世話になるから、と王室御用達と看板を掲げる王都の有名店の焼き菓子を手に挨拶に来てからこの調子である。

 普段の侍女達も、邸の主の大事なお客人であるアベルの、中身は大人の為に子供らしくないちょっとした仕草にときめくことはあれど、お客人の事を噂するなどとんでもないという信念の元で、言いたくても言いたくても口を噤んでいたため、このノアの訪問は、聞きたいノアと喋りたい侍女たちの利害が一致し、恰好の喋り場となってしまっているのである。

 初めはノアの勢いに圧倒されていた侍女たちであったが、ノアの熱意に共鳴して、今や大盛り上がりを見せている。


「はいはいッ! ありますっ!」

 給仕の若い侍女が元気にまっすぐ手を上げる。

「はい! そこの可憐なお嬢さん! お願いします!」

 びし、と挙手をした侍女を指すノア。

「いつもはお部屋で午睡をなさるんですけど、この間のお天気の良い日にはなんとお庭のベンチでうたた寝をされておりましたっ! 掛けるものをお持ちしたんですけど、もうその寝顔といったらもう可愛くて可愛くて……! まつ毛も長くてびっくりしました……」

 メモを脇に挟み、拍手をし始めるノア。

「はい最高。もう勲章ものです。銅像を建てましょう。風邪をひいては大変ですからね、掛けるものを持ってきてくださった貴女も大変素敵なお方です。ありがとうございます」

 ふと、思い出したように向かい側の侍女も話し始める。

「あと、アベル様、普通に歩いていても結構躓かれてますね。たぶん大人の時の歩幅の感覚で歩いちゃってるんだと思います」

「そうそう、階段なんかもちょっと危ない時があって……でもその後に必ず口を尖らせるんですよね……納得がいかない、って顔で」

「あっ! それ、私も見ました!」

 それを聞いたノアが背もたれに全身を預ける。

「うわーッ! 最高! 画像記録用の魔道具持ってくれば良かったー!! 皆さん羨ましい……俺も躓くアベル様見たい……「すまないな」って上目遣いで言われたい……正面から言われたら昇天する自信がある……」

 書き留めたメモを抱きしめて、ノアがぶつぶつと呟く。


「ノア……お前何してんだ……」

 廊下にまで騒がしい声が聞こえていたので、レオニスが駆けつけてみるとすでにこの調子である。

「レオニス様」

 侍女たちは、これはいけない、と各自また持ち場に戻っていく。

「アベルはどうしたんだ」

「後ろをずっと付いておりましたら、一人の時間が欲しいと言われてしまったので、こうしてアベル様に関する情報を聞き込みしていました」

 自分の行動に全く疑いを持っていない真っ直ぐな目であった。

「何のためにだよ……」

「アベル様の尊き日常を全力で記録、保存し、後世に伝えねばならないので」

 やはり俺がおかしいのか? と、レオニスは自問自答するが答えは出なかった。

「だったら自分の仕事を済ませたら良いだろう。王都とアベルの仲介は主に文章だから相当な数になってるはずだ」

「文章整理ですか? 終わってますよ?」

 さも当然、と言った顔でノアが返す。

「……あれをか?」

 ひと抱えもあるような大きな木箱にびっしりと書状が詰まっていたはずだ。あれを午前のうちに全て片付けたという。

 唖然としているレオニスをよそに、ふと思い出したようにノアは続ける。

「ああ、あと、レオニス様宛の書状についても、機密性の低いものに関しては優先度の高いものから順に並べて執務室に置いてありますのでご確認ください」

「え、アレやってくれたのお前だったのか。めちゃくちゃ助かるけど怖いわ」

 レオニスの動揺を他所にノアは胸元から時計を取り出す。

「おっと、そろそろアベル様のお茶の時間です。失礼します」

 では。とノアは最敬礼をするや、アベルの元へと戻っていく。


「……あれさえなけりゃ、完璧な副官なんだがなぁ……」

 レオニスは後ろ頭を掻きながらノアの後ろ姿を見送った。

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