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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
二章 異変の香り
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3.副官ノアの懸念

「王都に嘘の報告をしたのか」

「はい」

 返答するノアへのアベルの視線は鋭い。実直かつ王に忠義を持つアベルとしては信じられない行動だろう。だが、ノアはそれに怯むことなく真っすぐにアベルを見つめ返す。

「先の話を聞き確信しました。私の判断は誤っていなかった。命じられれば、罰は受けます。ですがその前に、私の報告を聞いてからのご判断をお願いしたい」

 揺らぐことのない信念。それを汲み取ったアベルは静かに頷いた。

「……分かった。聞こう」


 ありがとうございます、と短くノアは返し、静かに口を開いた。

「西方戦線制圧後、私はアベル様の命により治安維持、民間の被害調査、遺棄兵の追跡などを行っておりました。詳しくは、先にお送りしている別紙にて報告済みです。遺棄兵の追跡中、現地の民から良からぬ噂を耳にしました。私と同じような見た目、姿の子供が連れられ、渓谷へ向かうのを数度見た、というのです」

 アベルの纏う空気が張り詰めたものに変わる。

「お前たちと同じような見た目というと……」

 レオニスの言葉に、ノアは頷く。

「そうです。元は『影落ち』、今は『黒狼の仔』と呼ばれている黒髪金眼の持ち主の事です」

 親の見た目とは関係なしに突発的に発生する。その特異さと見た目から、かつては『影落ち』と呼ばれ、忌み嫌われていた。その『影落ち』であるアベルが将になったことで、その迫害は緩和し、今や尊敬の念をもって黒狼将の名を一部受け『黒狼の仔』と呼ばれるようになった。

「……数度……? 俺の領地内でもそうそう見かけるものじゃないぞ……?」

 レオニスが訝しげな声を上げる。

「そう。今や裏では宝石と同等、もしくはそれ以上で取引される子供の黒狼の仔が、戦でごたついている場所に連れてこられること自体が不自然極まりない。調査の時間が必要でした。その為王都には疫病発生の報せとその封じ込めのために滞在する報告を出しました」

「……」

 アベルは頷きもせずに、ノアの次の言葉を待っている。

「複数回、それも毎回違う子供の目撃があった黒狼の仔の調査を秘密裏に進めました。そこで……」

 常に凛然と話を進めていたノアの言葉が曇る。

「そこで、黒狼の仔以外にも渓谷に遺棄された遺体を何名か。ですが、それが『異常』でした」

 ノアの言葉はひどく静かだ。

「一体それは」


「遺体のうちいくつかが『異形化』していました。異様に膨れ上がった頭部、鱗の生えた腕、内側からの変質に耐えられなくなり、爆ぜたものまで」


「……!」

 アベルとレオニスに緊張が走る。ノアは続けた。

「自身の魔力が暴走し、内側から魔力焼けした遺体までありましたが、魔術の痕跡は、徹底して消されていた。しかし、ほんの僅かに残ってた残滓を見つけ、測定器で使われた魔術の種類を特定を試みました」

 以前、姿の変わったアベルの正体を見破った、アウレスが持っていた道具と似たようなものだろう。


「……ですが、測定器は火花を散らして破裂しました。残滓も同時に揮発し、まるで痕跡を残すことを許さぬかのようでした。それでも、一瞬だけでしたが、見えたものがあるんです」

 ノアは懐から走り書きされた小さな紙きれを取り出した。

「一瞬だけ測定器を介して浮き上がった文様を書き留めました。……でもこんなの、見たことが無い」

 紙には、不気味な紋様が描かれたインクが走っている。のぞき込んだレオニスが唸った。

「……俺はそんなに魔術に詳しいわけじゃないが……今使われている言語体系とは全然違うのは分かる」

 レオニスの言葉にノアは頷く。

「そうなんです。今、一般的に使われている魔術言語とは全く違う。もっと、我々が魔術を使うよりも遥か昔の、使い方すら失われた古代言語に近い気がします」

「!!」

 何かに気づいたレオニスの目が見開かれる。二人のやりとりにアベルは目を細めた。

「前に、お前に行われた『検査』の結果を見たと言っただろ? その時、一つだけはっきりしていたことがあった」

「……呪いは、鎧から」

 アベルの言葉に二人が頷く。

「その鎧にかけられていた魔術の紋様……似ているんだ」

「……!」

 アベルの幼児化に関する報告書、そこには、元帥によるアベルの自室に残された鎧の記録も残されていた。測定器による紋様の写しが、ノアの走り書きをした異形化の遺体の魔術のそれと非常に近い形をしているという。

「ということは……この紋様が用いられているのは、二つ。ひとつはアベル様の鎧への呪いに。そして、もう一つは異形化した変死体。意図は分かりませんが、術者は同じ可能性が高いということですか」

 誰も分からない魔術の言語、それなのに徹底的に残滓を消そうとしている様子が見られる。見つかった異形の死体たちに加えて、不気味さが際立つ。

 

 三人の間に沈黙が流れた。

「ご指示を賜れば、即時対応致します。調査でしたらすぐにでも」

 ノアの言葉で締められた。

「いや……これは軽々に動くべきではないな。お前の判断も適切だった。……よく動いてくれたな。感謝する」

 アベルの言葉にノアは満足げに頷く。

 このままノアは席を立ち、部屋を後にする――とアベルもレオニスも思っていたのだが――

 ノアは当たり前のようにその場を動かない。何秒かの空白の時間が過ぎる。



「……お前、王都に戻らないのか?」

 堪らずレオニスが問いかける。その問いかけがさも意外、といった顔で首をかしげるノア。

「はい? いえ、戻りませんけど?」

「は?」

「アベル様が静養の為に滞在されるのであれば私もここにいるべきですし」

 さも当たり前、といった様子でさらりと返し、目の前に置かれたお茶を飲む。

「いや、だって、お前副官だろう。軍本部に……」

 そのレオニスの言葉をノアは毅然とした口調で遮る。

「そうです。アベル様は将です。私は副官です。将が居るところには副官が居る。これは軍務の基本です。現地同行ですよ現地同行」

 こぶしがテーブルに置かれた。言葉が徐々に強まり、ノアが前のめりになる。レオニスは、俺がおかしいのか? という目線をアベルに投げ、アベルは額に手を当てて天を仰いだ。その二人の様子を気にする事もなく、ノアの熱弁は続く。

「それに。そもそも! そもそもですよ! この姿のアベル様が、どれほど、どれほど尊いかお分かりですか。確かに見た目は小さくなられた。されどその振る舞いは普段と変わらず軍人としての矜持に満ち溢れ、誰よりも気高く、勇ましい! こちらの部屋を訪れる間のアベル様の所作をご覧になりましたか!? 使用人とすれ違う際に目を合わせ、小さく頷くこの誠実さ! まさに人の上に立つに相応しい風格を変わらずお持ちなのです。なのにそれと同居する儚げで目線を追わずにはいられない愛らしさ!」

 レオニスは口を挟むのを諦めたらしい。目の前の茶を飲みながらアベルの方をもう一度見た。アベルは目を覆い、眉間にしわを寄せて息を吐き出した。

「この際はっきりと申し上げますが、こんな奇跡のような状態を日常的に拝める環境、逃す手はありません! むしろレオニス様、よくこれまで平静を保っていられましたね? 椅子が高すぎて足が床に届いていないそのお姿! 不機嫌そうに見えない眉間の皺! 両手で器をもってお茶を飲まれるその所作! ……この世に「奇跡」の定義があるならば、それは今のアベル様です。正しさも強さも気高さもすべて備えた者が、姿が変わっても尚、凛として立ち続けている! その在り方そのものが尊いんですよ! おわかりになりますか!?」

 顔を覆うアベルの手の隙間から、小さな悲鳴が上がる。

「……ノア、もうやめてくれ……」

「わかった、わかったから! 俺が元帥に書状を出せばいいんだな!? 『療養中の将には信頼の大変厚い副官による補助が必要』ってな! これで正規の帯同者という事になる」

 頭の後ろを掻きながら、レオニスがノアの熱弁を止める。このまま何も言わなければまだまだ続いていただろう。たぶん、このままだとアベルがもたない。

「ありがとうございます!! 閣下、さすがのご判断です」

 満面の笑み。今日一番の深いお辞儀が出た。

「早速、屋敷の方々にご挨拶とアベル様の心身を健康に保って頂いたお礼を。滞在の準備もさせて頂きますね! 失礼いたします!」

 この部屋を訪れた時の重々しい足取りとは打って変わり、軽やかな足取りで部屋を後にする。


「……なあ、あいつ、あんなに酷かったっけ?」

「いや……あんなノアを初めて見た……」

「正直、俺は途中からアイツが何を言っているのか分からなくなってたぞ」

「俺もだ……」

 足音が遠ざかっていく。ノアによって丁寧に閉じられた扉を二人は茫然として見つめていた。

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