2.副官ノアの報告
レオニス邸内でアベルと無事に再会を果たしたノアは、レオニスの執務室へと通された。陽の差す落ち着いた室内には、テーブルに掛けるアベル、レオニス、ノアの三人。それぞれの前に茶器が置かれている。
ノアは姿勢を正し、口を開いた。
「改めまして、アベル様がご無事で何よりです。この度は無断の訪問、深くお詫び申し上げます。お目通りかなったこと、心より感謝致します」
アベルが心配のあまり、使者を出す余裕も無くレオニス邸に訪れてきてしまったのだ。落ち着きを取り戻したノアは、レオニスに丁寧に詫びた。
「……しかしながら、その……アベル様がこのようなお姿になられた事情について、私にも詳しい伝達がなされておらず……。不躾とは承知の上で教えて頂けないでしょうか。何が……あったのですか」
すっかり姿が変わってしまった上官にノアは視線を寄越す。大人用の椅子では高さが足りず、座面に置かれたクッションを重ねてアベルが座っている。
「……それについては、俺から話そう。まだ、不明な部分も多いが」
アベルが静かに口を開いた。西方戦線の凱旋から、自室に戻り戦の構えを解こうとした瞬間に鎧の呪いが発動し、子供になってしまった事。その後、自身の正体は証明してもらえ、宰相の抱える魔術師団の施設へと「保護」された経緯を語った。
「国としても、対策は進めている……そうだ。ただ、原因が黒鋼の鎧に掛けられた呪いという以外に、今のところ結果は……」
レオニスが口ごもる。
「……結果は?」
ノアの金色の目が鋭く光る。
「……出なかった。中身も進展もねぇ酷ぇ検査ばかり。アベルの身体に負担が掛かりすぎた。無理な検査の連続で、衰弱が進んでいたんだ。だから俺が無理矢理この屋敷に連れてきて静養させている」
「……衰弱……ですか……」
ノアの返答は静かだが、目の奥に怒りが迸っている。
しばらく沈黙したのち、ノアの低い声が震えた。
「……つまり? アベル様を『保護』と預かっておきながら、検査と称して、何の成果も出ない苦痛ばかり与え続けてたってことですか? 食事も睡眠も最低限に?」
静かに目を伏せるアベルの代わりに、レオニスがわずかにうなずいた。
その瞬間、ノアの目が鋭く細まる。
「……クソが」
滅多に口汚い言葉を使わない彼の口から、それがぽろりと落ちた。
「……前から気に入らなかったんですよ、あの連中。妙に気取った物言いと、誰に指揮されてるのかもはっきりしない組織図。魔術の扱い方も鼻につく。王直属って言えば聞こえはいいけど、やってることは何でもありの野放しじゃないですか」
拳が震えていた。
「……ノア。口を慎め」
その声音に、ノアの肩がびくりと震えた。
「……アベル様」
驚いたように顔を上げたノアの視線を受けながら、アベルはじっと見上げる。
「怒るなとは言わない。お前の言葉は、俺のためにあるものだとわかっている。……だが」
その金の瞳が、淡く揺れる。
「感情に任せて声を荒げるのは、お前の矜持に反するだろう。俺が傷つけられたからといって、お前まで品位を捨ててどうする」
ノアはハッとしたように頭を下げた。伏せた瞳の視線がテーブルの上を滑る。
「……申し訳ありません、アベル様。取り乱しました」
その声は、もういつもの冷静なノアに戻っていた。アベルはふっと目を細めると、小さく頷いた。
「……怒ってくれて、感謝してる。だがそれと、俺が将であることは別の話だ。この話はもういいだろう。お前から何か、報告は無いのか」
アベルの言葉に、ノアがまた普段の調子を取り戻す。
「では失礼して。……現在の軍務体制についてご報告いたします。アベル様の不在期間中、元帥閣下がアベル様直属部隊の統括をご担当くださっております」
アベルは小さく息を飲み込んだ。
「重大な判断については、定期的に書状でアベル様に、という形で今は落ち着いています。お体の状況も考慮しつつ、ご負担のない範囲でと対応をお願い致しました。勿論、今後は私も可能な限り支援致します」
アベルにとってもそれが望ましい。
「ああ、すまないな。ノア」
「いえ。むしろお支えできることが私にとっての本望です。それと……」
ノアの声の調子が落ち、視線がぐるりと周囲を巡った。内密の話をする際の無意識から来る癖である。
「先の、西方戦線完遂の折、私に残地指揮と民間保護をお命じくださいましたね」
「ああ。そこで疫病が発生し、封じ込めに尽力してくれたと報告を受けている。ご苦労だったな」
こくりとノアが頷く。
「……実は疫病封鎖というのは嘘です。王都への報告の隠蔽措置を取らせていただいたんです」
「……!」
レオニスとアベル、二人の空気が同時に引き締まる。
ノアの語る「報告」は、耳を疑うものだった。




