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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
二章 異変の香り
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1.副官ノアの襲来

 レオニスの屋敷に滞在して、ふた月程が経過した。

 時折、自分の隊への指示出しや、王都から送られてきた報告の受理などを行う。朝には庭師の水やりを手伝い、図書室から本を借りて中庭で読む。

 二日に一度は鍛治小屋に顔を出して、手伝いになっているのかもわからない手伝いをする。そんな日々を過ごすようになっていた。「療養中」の時間の使い方にもだいぶ慣れつつある。

 なんとなく、そんな気がしていたある日のことだった。


 今日も鍛冶小屋に向かうためにレオニス邸宅の裏に周り、小道を歩いていた時のことだった。

「ん?」

 アベルは足を止めた。邸の正門方面から、馬の嘶きと怒号まじりの声が聞こえてくる。

「……何事だ?」

 ひとまず小道を逸れて、邸の脇にある高台の芝地へと上がる。門が見下ろせるそこから、勢いよく馬を降りる20代前半の青年の姿が見えた。

「……ノア?」

 見間違えようのない。アベルと同じ、この世界では珍しい金の目と黒髪。その髪を後ろに一つにきっちりと縛り、副官服を羽織ったまま、砂埃も払わず門番に詰め寄っている。

「ノア殿、申し訳ありませんが、ただいま領主様は……!」

 門番の言葉を最後まで待たずに、ノアは口を開く。

「構わん! 俺はアベル様の副官なのだぞ! こちらで療養中と聞いて馳せ参じた! 今すぐ会わせてくれ!」

 顔は真剣そのもの。目には不安と焦燥が浮かび、必死に礼節を守ろうとしてはいるが、声はどこか上ずっていた。

「……まったく、遠征が長期になったからって……」

 アベルは呆れ半分、しかし頬がほころぶのを止められなかった。

 

 ちょうどその時、門の内側からのんびりと歩いて現れた男がいた。

「おいおい、使いも寄越さずにいきなり押しかけとは、随分な副官殿だな?」

 レオニスだった。肩に外套を羽織り、苦笑を浮かべて門を開ける。

 ノアはレオニスが門を開けるなり、開きかけの門扉に縋り付くようにしてレオニスに駆け寄った。

「赤竜将……いえ、レオニス様! ご無礼をお詫びします。しかし、アベル様の容態が……!」

 アベルが心配でたまらないといったノアの表情に、レオニスは苦笑する。

「無事だ。療養中だが、命に関わるようなことじゃない。心配する気持ちは分かるが、落ち着け」

 言葉だけ聞けば落ち着きを失っているノアを咎めるような言葉だが、レオニスの目にはうっすらと笑いが浮かんでいる。焦るノアの様子が、親からはぐれた子犬のように見えて仕方ないのだろう。

「ならば、アベル様にお会いできますか?」

「あぁ。すぐにでも。……だが、ちょっと驚くかもしれないな」

 レオニスが様子を窺っていた高台のアベルにちらっと視線を寄越す。

「……?」

 レオニスが扉を開き、ノアは小首を傾げながら邸に足を踏み入れた。レオニスは肩を竦め、アベルのいる邸宅の脇の方を指さす。

「向こうにいらっしゃるぞ、ちょうど鍛冶小屋に行くところだったらしい。……ああ、心の準備はしておけよ?」


 その言葉の意味を汲み取れない様子のまま、ノアは言われた方向に小走りで向かう。

 そして、程なくしてアベルの元へとやってきた。

 高台に立っていた黒髪の少年の姿を見とめ、目が見開かれる。

「……ノア……」

 この姿の事は、伝えていない。

 瞬間、時間が止まったようだった。数秒間、ノアの視線が、目の前の小さな存在をまっすぐに捉えていた。

「……アベル、様?」

 かすれた声が落ちる。

 子供の姿になっても、特徴的な黒髪と金の目は誤魔化せない。失望しただろうか。

「……なにが、どうして……」

 言葉にならず、ノアはその場に立ち尽くす。

「……療養中ってのは、そういうことだ」

 レオニスが後ろから呟く。ノアの表情をちらりと見て、アベルは少しばかり困ったように眉を下げた。

「……すまない。驚いただろう」

 いつものように低く響く声には届かず、幼い声帯が紡ぐ言葉は、ほんの少し震えていた。

「……」

 それからノアは沈黙を続けたまま、ゆっくりと膝を折った。

「よかった……ご無事で……。本当に良かった……」

 絞り出すような声と息、張り詰めていた緊張が解けてたのが分かる。

 レオニスは頭をぽりぽりと掻きながら、そっと背を向けた。

「……まったく、忙しい副官殿だ」

 鼻から息を吐き出しながら、レオニスはつぶやいた。

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