■庭師ヨハンの静観
夜が明ける。
日が昇ると同時にベッドから起きて、顔を洗い、まだ慣れない小さな手で着替えをする。
そっと物音を立てないように部屋を出て、渡り廊下から中庭へと出る。
黒い髪が、朝のまだ温まりきっていない空気に揺れる。
ヨハンが用意してくれた子供の手でも扱いやすいジョウロに水を汲んで、「狼の瞳」の元に運ぶ。
「……これは、雑草か」
植えた花の横に、昨日まで見当たらなかった小さな細い草が頭を出している。根本を摘んで引き抜き、それから水をたっぷりと注いだ。残った水は周りの花にもかけて、ジョウロを空にする。
やるべき事が一つ終わった、という顔で、ふう、と一つ息を吐くと、ジョウロを元の場所に戻し、また自室に戻って行く。これがここ数日のアベルの日課となった。
「坊ちゃんのお客人は、随分と世話がまめでございますね」
その日の夕方、庭師のヨハンと行き合ったレオニスは、そんな言葉をかけられた。
「あぁ、あいつは昔っから部下にもあんな感じさ」
配下となった者の名前と顔は即座に覚えて、不得意な部分にはさりげなく補助を付ける。
盾術が苦手な者が自主的に鍛錬をしていれば僅かに空いた時間に訪れて指南まで行う。
配下同士で衝突があれば、双方の話をじっくりと聞いた。自分の責任下にある者にはどこまでも付き合うような男だった。
狼の群れの頭のようだと過去に元帥は笑っていた。
そんなことをレオニスが語ると、ヨハンは小さく笑う。
「あの花も良い名前を貰ったものです」
「ああ、そうだな」
レオニスも同意を返した。
狼の瞳は蕾が膨らみ、程なくほどけようとしている日の事だった。




