5.穏やかな食事
事の発端は、昼食を部屋に配膳に来たレオニスの誘いだった。
「なあアベル、一度広間で飯食ってみねえか? 一人で食うのも味気ないだろ。会話しながら食った方が美味いってうちの料理長も言ってたぜ。出来立ての熱いもんを食って欲しいんだとよ」
アベルに出される食事が粥などの柔らかい物から普通の食事に切り替わったタイミングの事だった。
確かに、王都での食事は忙しい時は自室で摂ることもあったが、兵舎の食堂で配下と食事を囲むことが殆どだった。あの賑やかさがすでに懐かしい。
「……そう、だな。毎度二階の俺の部屋に運んで貰うのも悪いしな」
「それは別にいいんだけどよ」
どこまでも真面目な返答のアベルに、レオニスは肩をすくめて笑った。
夕食の時間になり、アベルが緊張の面持ちで案内された広間へと通される。既に肉の焼ける匂いが漂ってきている。
そこは、普段使われる大広間に比べるとずっとこぢんまりとしていた。だからこそ落ち着く。
卓も、煌びやかな装飾の施された長卓ではなく、上質ながら温かみのある木の丸卓で、椅子は二脚だけしか据えられていない。
アベルがあまり気負わないようにさせるためのレオニスの配慮だった。
給仕の人数も最低限、アベルも落ち着いた様子で椅子へと掛けようとすると、給仕がさりげなく座面に小さなクッションを敷く。
「……気遣わせて、悪いな」
低く呟くと、レオニスは豪快に笑った。
「気にすんな。お前がいちばん食いやすいようにすりゃいいんだ」
そのやりとりの間に、給仕が料理を運び始めた。
鋳鉄の蓋が持ち上げられた瞬間、蒸気とともに芳ばしい肉の匂いが広間を満たす。焼き加減が絶妙な野菜のグリル、優しい香りのする温かいスープ、丸く手に取りやすい小ぶりのパン、そして整えられた肉のプレート。
食欲をそそる匂いがあたりに充満する。
「……む」
アベルが気づく。カトラリーは子供の手でも扱いやすい小さな物だ。
それでも、美しい細工が施され、「子供用」では決して無い。手に馴染むそれを、アベルは静かに持ち上げた。
ナイフの切れ味も申し分ない。あまり力を込めなくても静かに滑り、鉄板の上の肉が綺麗に切り分けられる。
「それ、良い物だろう。うちにゃお抱えの腕のいい鍛冶師が居るからな」
レオニスが得意げな顔をする。だが、アベルはさらに気がついていた。
「ああ。それもある。だが……」
子供の力でも問題なく切り分けられるのは、肉に目を凝らさないと分からない細かな切れ目が入れられているからだ。
味付けも辛くない物が選ばれているが、それを思わせないように代わりに香草が使われ、味に深みを出している。
子供の身体だからといって、子供向けの食事ではなく、「今のアベル」が満足できるよう、全力で向き合ってくれている。それが端々で感じられるのだ。
それを驕ることなく、自然に楽しませようとしてくれる。アベルはそれが嬉しく、久しぶりに穏やかに過ごすことができた会食だった。
食事を終えて小広間を後にしたアベルは、部屋に戻る前に厨房へと足を向けた。
「……料理長はいるだろうか」
入り口で見習いと思われる青年に声をかける。見習いが厨房の奥に呼びに行って程なく、軍人と見紛う屈強な男が奥から姿を現した。ただの子供なら怯えて泣き出している顔だろう。
「私だが」
料理長バルト・グランツ。レオニスが幼少の頃からこの邸で厨房を守るヌシだ。アベルはほぼ真上を向く格好で、バルトに言葉を放つ。
「今夜の料理、とても美味しかった。それに……食事の不便さに気を取られずに食べられた。感謝する」
アベルの礼に一瞬意外な顔をしたバルトは豪快に笑った。
「まだまだ修行が足らんな! 将軍様にはお見通しだったか!」
豪快なバルトの笑いに、アベルの表情も緩む。
「香草の配分も好みの味だった。グリルにも岩塩を使っているのだな。あれも好きだ」
アベルの言葉にバルトはわずかに目を見開いた。
「……あんなもんで良けりゃ、いくらでも拵えますよ」
「ああ。またよろしく頼む」
ぺこり、と一つ頭を下げたアベルを見送り、バルトは大きく息を吐き出した。
「気に入ってもらえたみたいですね」
見習いが厨房から顔を出しバルトの背に声をかける。
「……おいおい、ありゃ相当な舌と目を持っているぞ。とんでもねぇお客人だ」
言葉とは裏腹に嬉しそうなバルトを見、見習いは小さく首を傾げた。




