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聖女(奴隷)と盗賊(外道)が、世界を救うはずがない  作者: 黒天
第一章「聖女攫いと黒鉄輪禍」 
9/12

【第9話】 名を持つ禍、交わる剣


――わざわいは、名を持ったときから災厄となる。


世界に“魔禍種まかしゅ”と呼ばれる怪異が現れはじめたのは、百年ほど前とされている。

だが、記録に残らぬ“前触れ”は、それより遥か以前から続いていた。


この化け物たちは、魔力でも呪いでもない。

人間の心に渦巻く「恐怖」「憎しみ」「後悔」……そういった感情の澱が、姿と力を与えてしまったものだ。


とりわけ厄介なのが、“名を与えられた”個体。

それは、人々が無意識に抱いたイメージが形となり、この世界に定着してしまった“概念の化身”である。


その一体が――


《笑うラフィンド

高位悪意存在(魔禍種)/人間の感情を喰う怪異

皮膚のない巨大な顔に、六本の脚。

その表情は常に笑ったまま、無声のまま人の“心”を嗤う。


奴は人の「恐怖」「羞恥」「罪悪感」に反応して膨張する。

その存在に触れた者は、次第に己を保てなくなり、ついには仮面のような笑顔を張り付かせ、自我を溶かす。


かつてラフィンドは、小国の貴族社会を崩壊させた。

陰謀、裏切り、失脚――その醜い人間関係に惹かれた魔禍種は、何もせずとも勝手に人の中で育ち、最後には国そのものを喰い潰した。


そんな怪異が、今――“北の森”に現れている。


 


◆ ◆ ◆


「まるで悪い夢のようだ……」


クラウス・レインハルトは、負傷した兵の治療を終えた聖女リーネの姿を見ながら、呻くように呟いた。

彼女は既に、盗賊団のリーダー――ラグドの傍らに立っている。


鎖は外されていた。だが、自由とは言えなかった。


クラウスは幕舎に戻り、対峙する男に目を向ける。

焚き火の火に照らされたその男、ラグドは、油の滲んだチェンソー――《黒鉄輪禍》を肩にかけたまま、座っていた。


「俺が奴らと手を組んだのは、仕方なく、だ。聖女を攫った理由もそうさ」


クラウスが眉をひそめた。


「貴様、それを今さら正当化する気か」


「してねぇよ。……ただ、“聖女”ってのが、あんたらの言うとおりのお綺麗な象徴ってだけなら、俺はあんなもん必要ない」


「ならばなぜ攫った!?」


「力があったからだよ」


焚き火がパチリと弾けた。


「俺たち盗賊は、泥を啜って生きてる。お前らのように“正しさ”の陰に隠れて、人を裁く立場じゃねぇ。

だがな――その“汚さ”でなきゃ、化け物とは戦えねぇ」


ラグドの声には、感情がこもっていなかった。まるで道具の機能を語るように。


「聖女リーネは“希望”じゃねぇ。便利な道具だ。俺にとってはな。

使い道があるうちは利用する。それだけの話だ」


「お前という男は……!」


怒りを露わにしたクラウスを、リーネが止めた。


「クラウス様。……私は、この人の言葉を否定しません」


「リーネ……」


「私自身が……“世界を祈るだけの聖女”でいようとした。

でも、ラグド様のやり方で、目の前の命が救われたことも、また事実なのです」


リーネは静かに微笑む。


その笑みは、ラグドには見せない。


「あの方の手のひらの上であろうと……私は、この手で命を救いたい。それだけです」


 


◆ ◆ ◆


夜明けと共に、クラウス率いる騎士団は南へ引き、聖堂へ報告に戻ることとなった。

リーネは「自らの意思」で残ると宣言し、仮初めの同盟が成立する。


ラグドは、森の深部に残された“笑う主”の巣の探索に着手する。

手負いのままでは戦えない。だが、それでも、何もしなければ全てを喰われる。


クラウスは、去り際に言った。


「お前のやり方には、心から賛同できない。だが――あの子が、自分の意思で共に戦うというのなら……俺は、見守る」


「それでいい」


ラグドは、煙草をくわえたまま、彼に背を向けた。


「正義も、信仰も、覚悟も――全部くれてやるさ。

その代わり、化け物の首は俺に寄越せ。最後まで、な」


 


◆ ◆ ◆


――こうして、聖女と盗賊の奇妙な共闘は、幕を開ける。


これは、世界を救う物語ではない。

これは、世界の“壊れかけた歯車”たちが、化け物をぶっ壊していく物語だ。


 


第一章「聖女攫いと黒鉄輪禍」 完

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