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聖女(奴隷)と盗賊(外道)が、世界を救うはずがない  作者: 黒天
第一章「聖女攫いと黒鉄輪禍」 
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【第8話】 森を笑うもの、共闘の刃


森に、異音が響いた。


それは風でもなければ、獣の唸りでもなかった。

笑っていたのだ。

木々の合間、土の下、影の奥――あらゆる方角から、ねっとりと、粘ついたような笑い声が。


「――っ、何だ……!? これは……!」


撤退を始めていたクラウスの聖騎士団が、思わず足を止める。

煙に紛れていた視界が少し晴れ、影が動いた。


次の瞬間、**“それ”**は木の上から降ってきた。


 


◇ ◇ ◇


現れたのは、まるで人の皮をかぶった獣のような異形だった。

人の顔に見える“それ”は、笑ったまま裂けており、肉は弛み、手足は異様に長い。

まるで“人間という概念”を模倣した、劣悪な模造品。


「“笑う主”の眷属……!」


クラウスが剣を構えた瞬間、五体、十体と森の影から姿を現した。

そのすべてが、笑っていた。声もなく、ただ顔の形を笑みに歪めながら、骨が砕ける音と共に異常な動きで襲いかかる。


「く、来るなァァァァァ!!」


若い騎士が悲鳴を上げ、盾を構えるが、眷属の一撃で吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。

鎧越しに肋骨が折れた音がした。


「負傷者多数! このままではまずい!」


指揮を執っていたクラウスも、戦線を維持するのに必死だった。

決して弱くはない――だが、“異形”との戦いは、異常の中で冷静さを保てる者しか耐えられない。


 


◇ ◇ ◇


森の外れ、木の高所からその様子を眺めていたダルクは、舌打ちをひとつ。


「……あれは、笑う主の眷属か。クソッたれ、こっちが仕掛ける前に化け物のほうが出張ってきやがった」


傍にいた盗賊の一人が問う。


「援護しますか、兄貴?」


「ああ。あの騎士どもがここで死ねば、遺恨で教会の追っ手が倍にはなる。

こっちの首輪が増えるだけだ……しかも、化け物相手にゃ奴らの剣も腐っちまう」


ダルクはフードを深くかぶり、指を鳴らす。


「《屑星》全隊に通達。戦線を北の斜面に展開し、眷属どもを押し返すぞ。

標的は“魔禍種”のみ。騎士は護っても殺すな。

“あくまで偶然、通りすがった善良な盗賊”だ」


 


◇ ◇ ◇


森の中。ラグドとリーネも、異様な空気を察知していた。


「来たか……“笑う主”の眷属」


ラグドは《黒鉄輪禍》のエンジンを引く。

ガリガリ、と金属がこすれる異音のあと、唸るようにチェンソーが目を覚ます。


「ラグドさん、あの騎士団が……!」


「分かってる。行くぞ、リーネ。今回ばかりは、“正義”と手を組む」


ラグドの背に続く形で、リーネは祝詞を唱え始める。

清らかな声が、森の穢れをわずかに後退させた。


 


◇ ◇ ◇


クラウスの背後に、金属の爆音が響いた。


「どけ、“正義様”。こっから先は、俺の仕事だ」


木陰から飛び出したラグドが、勢いそのままに眷属の一体を切り裂く。

《黒鉄輪禍》が火花を散らし、眷属の歪んだ体を粉砕する。


「っ、貴様……!」


「落ち着け。“今だけ”味方してやるよ。

お前らが全滅したら、俺が困る」


そう言って、彼はニッと笑う――だが、その笑顔の奥には、異様な“殺意の火”が揺れていた。


リーネが続き、聖句を唱える。穢れた森に光が走り、一体の眷属がその光に触れた瞬間、断末魔も上げずに消え失せた。


「……これが、“聖女”の力か。やっぱ、使えるな」


「……使える、とは心外ですね」


「褒め言葉だろ」


 


◇ ◇ ◇


その間、ダルク率いる盗賊団も別角度から突撃を仕掛けていた。


「野郎ども、やるぞォォ! 背骨は折ってもいいが、顔は残せ!」


盗賊団は騎士団と違い、集団戦での撹乱とゲリラ戦法に特化していた。

罠を巧みに使い、眷属の足を奪い、群れの中心を崩す。


「こいつら、硬ぇな! でも、燃やせば柔らかくなるだろォォォ!」


火炎瓶を投げつけ、短剣で腱を裂く。

その残忍な動きと異常な嗅覚は、明らかに“人間”のものではなかった。


「さすがは《屑星》……まさか、奴らが我々を……助けに?」


傷を負いながらも、クラウスはその現実に、剣を握る手を震わせていた。


「……“正義”と“悪”が、同じ敵に刃を向けるだと……?」


 


◇ ◇ ◇


やがて、眷属たちは森の奥へと姿を消していった。


気配が消え、森が再び静けさを取り戻す。


倒れた騎士は十名以上。致命傷はなかったが、戦闘不能者が多数。


ラグドは《黒鉄輪禍》の血を拭いながら、ぽつりと呟く。


「……次は、“本体”が来るかもな。笑う主は、眷属を試しに放っただけだ」


リーネもまた、蒼白な顔で頷いた。


「これは……ほんの、序章ですね」


森に再び、風が吹いた。

だが、その風の中に――笑い声は、まだ残っていた。

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