表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女(奴隷)と盗賊(外道)が、世界を救うはずがない  作者: 黒天
第一章「聖女攫いと黒鉄輪禍」 
7/12

【第7話】迷う剣と、揺らぐ祈り


森が、喚いていた。


閃光弾が空を裂き、煙が視界を閉ざす。至る所で爆ぜる仕掛け罠、傾斜に張られた滑り油、足を縛る蔓の罠――

聖騎士団の部隊が、次々に隊列を崩していく。


「落ち着け! 敵は……数は少ない! 罠と陽動でこちらを翻弄しているだけだ!」


クラウス=レインハルトは、咄嗟に剣で罠を断ち切りながら、散った部下たちへ指示を飛ばす。

だがその眼差しの奥には、焦りと怒りが渦巻いていた。


(この布陣……やつは、最初からこちらの動きを見越していたというのか……!?)


爆発音。木片が飛び、横の騎士が吹き飛ばされる。

それでも、彼の剣は揺るがない。


 


◇ ◇ ◇


「騎士ども、ざまあないなぁ」


木陰から様子を見下ろす盗賊・ダルクが、不敵に笑う。

彼の部隊が仕掛けた罠は、相手の動線・心理・聖騎士の“正義感”すら逆手に取った、徹底した“遊び”だった。


「ラグドの野郎、悪趣味な計画立てやがって……ほんと、楽しいぜ」


 


◇ ◇ ◇


一方、リーネは森の中、隠し通路のような小径でひとり佇んでいた。


あの混乱の隙に、縄を解かれ、ラグドから解放されていた。

――否、「逃がされた」方が正確だろう。


(……これは、選ばせようとしている?)


そう、ラグドは言っていた。


「逃げたければ逃げりゃいい。俺は聖女なんざ一人いなくても化け物は狩れる。

……だが、お前は“人を救う力”を持ってる。それを“誰のために使うか”は、お前の好きにしな」


それは、支配ではなかった。ただの放棄でもなかった。

けれど、それが――妙に彼女の心を締めつける。


「リーネ……!」


声が、聞こえた。木々を掻き分けて現れたのは、クラウス。

鎧は傷つき、息も荒い。それでも彼の目は、迷いなく彼女を捉えていた。


「無事で……よかった……!」


「クラウス様……!」


ふたりは、短い距離を駆け寄る。

だが、そこでクラウスはリーネの姿に違和感を覚える。


縄は切れている。衣も汚れていない。

何より――その目が、“救われたい者”の目ではなかった。


「……どうやって逃げてきた?」


「……ラグドさんが、解きました。逃がす、と……」


「……なぜ、逃げなかった?」


リーネは、答えられない。

それでも、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「彼は……とても、冷酷な方です。人の心も踏みにじるような、酷い……

けれど、化け物に対しては、誰よりも……“真剣”でした」


「……!」


クラウスの顔がこわばる。

彼はずっと信じてきた。神の力、聖女の加護、そして正義の剣。

だがリーネの言葉は、そのすべての“外側”を語っていた。


「クラウス様。どうか、聞いてください。あの方は、ただの盗賊ではありません。

この世界に蔓延する“穢れ”を、最も深く知る者です。

……たとえ、その方法が間違っていたとしても」


「……っ、リーネ様。あなたは……奴に、心を――」


「囚われてなどいません!」


リーネは叫んだ。自らも驚くほどの、強い声で。


「でも……見たいのです。

あの人が、どこまで“人でいられるか”。

“化け物を狩る”という道が、どこに辿り着くのか。

そして、それが……もし間違っているなら、その時こそ私が止めたい」


クラウスは、言葉を失った。

かつて、ただ祈るだけだった聖女が、自分の足で“意思”を選ぼうとしている。


それが、どうしようもなく――遠く感じた。


 


◇ ◇ ◇


「クラウス様、どうか――今回は、見逃してください。

私は、自分の目で……この世界の真実を見届けたいのです」


そして、リーネは森の奥へと走った。

再び、ラグドのもとへ。自らの意志で。


 


「……リーネ様……」


クラウスは、その背に手を伸ばせなかった。

剣を振るうべきなのか、祈るべきなのか――

その答えが、見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ