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聖女(奴隷)と盗賊(外道)が、世界を救うはずがない  作者: 黒天
第一章「聖女攫いと黒鉄輪禍」 
6/12

【第6話】森にて、信仰と罠が交わる


森は、静かにざわめいていた。


風に揺れる梢の音、鳥のさえずり、虫の羽音――

だがそれらすべてを、騎士たちの重装と足音が塗りつぶしていく。


「……不自然な静けさだ」


クラウス=レインハルトは、馬上で小さく呟いた。

騎士団の中でも先鋭で知られる部隊を率い、彼は聖女奪還の命を受けて、盗賊団《屑星》の足取りを追っていた。


「副官、確認を」


「はっ。西の斥候より、煙の痕跡あり。間違いなく奴らのキャンプ跡です。三刻ほど前かと」


「ならば、まだ近くにいる可能性が高い。全軍、警戒態勢で進軍を続けろ」


その声には迷いがなかった。だが心の奥には、焦りがある。

――リーネ様は、あの下劣な男に何をされているのか。

考えるたびに、喉奥が焼けるような怒りに襲われた。


 


◇ ◇ ◇


「――来たか」


森の高所。枯れた木の上に腰かけながら、ラグドは遠くの騎士団を双眼鏡で見下ろしていた。


「さすが“聖騎士団”ってわけだ。思ったより、ずっと早い」


背後に気配。副官のダルクが、木陰から顔を覗かせる。


「全隊、配置についた。お前の予想通り、あいつらは一本道に誘導されたぞ」


ラグドはニヤリと笑う。


「いいね。まっすぐで真っ当なやつらは、狩るには楽で助かる」


「だが、殺しは?」


「するな。怪我くらいなら構わんが、“聖女を殺された報復”って名目を作られたら、さすがに面倒だ。俺たちは“ただの盗賊”でいい」


「了解。足止め優先、殺さず撃退……ってとこか」


「ダルク、お前の部隊にかかってるぞ。あいつらを躊躇させろ。“信仰”ってやつは、割と簡単に足枷になる」


 


◇ ◇ ◇


その頃、隊の後方にいたリーネは、木の根元に座らされ、縄でゆるく縛られていた。


見張りの盗賊たちは、彼女にそれほどの警戒心を向けていない。


彼女が逃げ出さないことを、ラグドは知っている。

リーネ自身が、“この男が何をしようとしているのか”を見極めるため、ここに残っているのだ。


(クラウス様……いらっしゃるのですね)


森に微かな鉄の匂い。軍靴の音。聖句の唱和。彼女には、それが聞こえていた。


「……助けを呼べば、私は戻れるのでしょうね」


小さく呟くリーネの手が、縄をそっと解こうとする。

だが――止まる。


(けれど……)


視線の先にあるのは、《黒鉄輪禍》。歯車がむき出しの異形のチェンソー。

それを整備するラグドの横顔には、どこか奇妙な“真剣さ”があった。


(この人は、ただの盗賊ではありません……)


リーネの胸に、ひとつの問いが芽生える。


――この男は、化け物を“狩る”者なのか、それとも、化け物に“なる”者なのか。


その答えを知る前に、森が爆ぜた。


「伏兵!? 包囲されて――っ!」


騎士団の叫び。毒のない煙弾。絡み罠。幻術めいた視界の分断。


そして、遠くで聞こえるラグドの笑い声。


「ははっ、ようこそ白い騎士様! 化け物と盗賊の境目、見に来たのか?」


リーネは、思わず立ち上がっていた。

思考は混乱し、感情はねじれ、だが――足は自然と、“あの男”のほうへ向かっていた。


(どうして……私は)


この混沌のなかで、聖女の心に生まれつつあるのは、

“神”ではなく、ある“人間”への興味と――それ以上に、抗いがたい関心だった。

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