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聖女(奴隷)と盗賊(外道)が、世界を救うはずがない  作者: 黒天
第一章「聖女攫いと黒鉄輪禍」 
3/12

【第3話】祈りは、穢れに届くのか


黒の森、谷の仮設野営地。

月明かりがわずかに差す中、俺は鎖に繋いだ聖女を連れ、焚火の中央へと引き出した。


「おい。こいつを手当てしてやれ」


地面に転がる盗賊の一人――ガルドの腹には、化け物の爪痕が刻まれている。

紫に変色し、皮膚の内側から黒い煙のような呪気が漏れていた。


「ぐっ……ラグド……おれ、もう……」


「まだ死ぬな。まだ祝詞ってやつ、試してねぇからな」


俺はリーネに目を向けた。


「お前の祈り、呪気を祓えるんだろう。やってみろ」


リーネは黙して動かない。

神殿で教わったであろう、揺るがぬ聖女の矜持か。それとも恐怖か。


だが、俺は怯まねぇ。


「目の前で仲間が死んでるんだ。あんたの“祝詞”一つで救える。

 それでも、見殺しにするってのか?」


「……あなたたちは、人を殺してきた……」


リーネが絞り出すように呟く。


「あなたの仲間は、私の同胞を斬り伏せました。それでも、救えと?」


「正義の話はしてねぇ。これは、命の話だ」


しばしの沈黙のあと、リーネは小さく息を吸い、両手を組んだ。


「……神よ、穢れし血に清き光を。

 悪意を裂き、命に還らせたまえ……《祝詞・浄化一節》」


掌からほのかな金光が広がる。

ガルドの身体に巻かれた呪気が、じゅぅ、と音を立てて蒸発した。


「っ……!? お、おい……痛みが……引いてやがる……!」


盗賊団《屑星》の面々が、息を呑んで見守る。


「マジか……ただの言葉で……」

「化け物の呪気が……祓われた……!」

「これが、聖女の“力”……」


ざわつく団員たちの視線が、一斉にリーネへと集まる。


羨望、驚愕、そして──欲望。


「なぁラグド……こいつ、売ればいくらになる?」

「いや、囲っておいた方が儲かる。こいつがいれば、化け物の戦利品取り放題だぜ」


「……黙れ。こいつは売らねぇ」


俺は低く呟きながら、リーネの足元に《黒鉄輪禍》を突き立てた。


「こいつは、俺たちの刃になる。

 祝詞ってのは、神棚に飾るもんじゃねぇ。“戦場”で唱えてこそ、生きる力になる」


盗賊たちは一瞬戸惑い、そして笑い出す。


「はっ、聖女様にしては似合いすぎるな!」

「神の使いが、俺たちの道具かよ!」


リーネの顔からは血の気が引いていた。


リーネの葛藤

「祈る相手を、私は選べないのですか……」

夜、縛られたままのリーネは、膝を抱えてうずくまっていた。

だが、彼女の目に涙はなかった。ただ、深く苦しい問いだけが胸にあった。


(あの男たちは、確かに罪人。盗賊で、人を殺めた者たち……)

(でも、あの男は、仲間を“助けろ”と……そう言った)


自分の祈りが“穢れ”に届くのか。

それとも、それすらも“利用”として歪められていくのか。


鎖の重みが、正義と現実の間で揺れる彼女の背を冷たく引きずっていた。


(私は……本当に、神の器なのか……?)


その問いに答えられる者は、今や隣にいる外道だけだった。


だが、それこそが、彼女にとって最大の皮肉だった。

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