【第2話】聖女の価値は、血より高ぇ金になる
あの夜、森を焼き尽くした後。
俺――“泥喰いのラグド”は、グールの死骸から呪金をかき集めながら、空を仰いだ。
腐った空気。焼け焦げた大地。
そして、もう一つ──化け物の強さの異常な進化。
団員の一人は左腕を呪蝕に喰われ、別の奴は噛まれた脚から黒煙を吐き始めてやがった。
「対策が要る。もっと、効率よく、確実に“悪意の塊”を狩る方法がな……」
そう呟いたとき、ある女の名が脳裏をよぎった。
──“浄化の祝詞”を使う聖女、リーネ・マルセラ。
祝詞ひとつで魔禍種の呪気を打ち払う、聖堂の聖なる象徴。
その力は、兵の一個中隊に匹敵する、とさえ言われてる。
だが、そんな女が聖都でぬくぬく祈ってるのは勿体ねぇ。
“祈り”なんざ、戦場でこそ活きるもんだ。
だから俺は、攫うことにした。
――翌夜。黒の森、峠道。
「……馬車が来たぞ、全員配置につけ」
「荷は白衣の嬢さんひとり。間違いねぇ」
盗賊団《屑星》の残党十数人。森の闇に潜み、息を殺す。
標的は、大聖堂が派遣した聖女を乗せた小規模な移動馬車。
護衛はたったの三人。すべて神殿騎士だが、奇襲にゃ意味がねぇ。
俺は黒布で口を覆い、チェンソー《黒鉄輪禍》の起動音を殺したまま、合図を出す。
「──突っ込め」
雷鳴のような怒声とともに、馬車が囲まれる。
火の矢が木々を割り、土煙が舞う。
騎士の一人が剣を抜いた瞬間、俺の刃が奴の首を裂いた。
「貴様……っ、神に……仇なす者め──!」
「俺ァ神に借りはねぇ。だが、お前らには恨みがある」
二人目を叩き伏せ、三人目は手首だけ残して吹き飛ばす。
聖女は、馬車の中で震えていた。金糸の法衣に白銀のティアラ、吐き気がするほど清浄な存在感。
だが、それがいい。
「見つけたぜ。神様の生け贄か、それとも化け物狩りの道具か……どっちが似合うか試してみるか?」
俺は手を伸ばし、彼女を腕ずくで引きずり出す。
「や、やめてっ……私は、人を祈るために……!」
「祈るだけの奴は、戦場じゃすぐ死ぬ。祈る力があるなら──俺のために使え」
そう言って、俺は聖女を背負い、馬車を背に黒の森を去った。
そして聖女は、《屑星》の鎖に繋がれることとなる。
その光が、果たして救いとなるのか、地獄の灯火となるのか……
それを決めるのは、もう神でも、大聖堂でもない。
俺だ。