地の底に笑うもの
夜が訪れる。
廃村ディラエルのはずれ、かつて鉱石を掘り出していた坑道跡近くの野営地に、焚き火の光が揺れていた。
「おいおい……まじかよ。あんた、本当にガキを連れて帰ってきたのかよ……」
ダルクが呆れた声をあげた。その視線の先、聖女リーネの隣にちょこんと座るフィリル=ノクターンが、無表情に干し肉をかじっていた。
「……呪術師。魔禍種研究者。あと、かわいいもの好き」
「最後いらねぇだろ」
ダルクが突っ込む横で、ラグドは簡潔に説明を始めた。
「こいつはフィリル。瘴気の視認ができる。魔禍種の構造もわかってる。いまから仕掛ける“笑う主”への突入に、欠かせねぇ知恵袋だ」
「……チビでも役に立つってわけか。ま、俺らの中にも背丈だけなら似たようなのいるけどな」
「背丈じゃなくて年齢も近いとか言ったら呪う」
「……ッ!?」
低く呟いたフィリルの目が赤く光り、ダルクは本気で一歩退いた。
「やめとけダルク、そいつはマジで危ない」
「……おう、わかった」
和やかなのか険悪なのかわからない空気の中、ラグドが焚き火の上に一枚の地図を広げた。
「さて。遊びはここまでだ。次にやるのは、“笑う主”の本拠、坑道の制圧。目標は完全殲滅……じゃない」
「……ん?」
「主の“核”は祝詞でも完全には浄化できねぇ。だから動けなくする。あとは協会に情報をリークして、奴らに後始末させりゃいい」
盗賊たちの顔が険しくなる。
「要するに……あの化け物を、囮にするってわけか?」
「正確には、化け物の“根”を止めることで、あっちに引導渡させる。うちの損害は最小限に。使えるのはお前らの【爆薬部隊】と、【坑道戦に慣れた二組】。あとはフィリルの情報と聖女の加護で進軍する」
リーネは少し驚いた表情を浮かべながら、控えめに口を開く。
「……あの、私も、戦力として……数えられているのですか?」
「当然だろ。お前の祝詞がなきゃ、魔禍種の瘴気に全滅させられる。今回はお前が要だ」
ラグドの言葉に、リーネはそっと目を伏せる。
(私の力が……誰かの助けになる。神の導きではなく、誰かの策略の一部でも……)
「わかりました。やります、ラグドさん」
「おう。そんでフィリル、例の魔禍種の巣構造──あの“目”みてぇなやつの配置、もう一回確認させろ」
「……うん、記録した。ここ。坑道の第七坑。ここに“笑う主”の瘴気核がある。けど、罠がある。たぶん……精神を奪う“夢”の呪い」
ラグドは顎に手を当てて考えた。
「夢か……祝詞で抑えきれなきゃ、夢に囚われて死ぬってわけか。だったら、前衛には精神抵抗の強い奴だけを出す。後衛はフィリルの呪詛で制圧。俺が核まで行って、斬る」
「無茶だな、ラグド」
「……知ってる」
作戦は綱渡りだった。それでも、笑う主がこれ以上目覚めれば、騎士団だけでなく王都さえ危うい。
──そして翌日、薄曇りの朝。
坑道の入り口に、ラグドと盗賊団、聖女リーネ、呪術師フィリルが立っていた。
「いよいよですね……」
「うん。主の巣。人間の“罪”が固まった場所」
坑道の入り口には、奇妙な文字が浮かび上がっていた。
それは、人間の感情を喰らう者が、嘲笑するように遺した“歓迎の言葉”だった。
《──おかえり、僕の餌たち》
「くたばれ、化け物が」
ラグドは黒鉄輪禍を構え、坑道へと足を踏み入れた。
廃村ディラエル、その地の底で――地獄のような戦いが、始まる。