瘴気の檻にて
──数日前。
霧雨が降り注ぐ中、廃村ディラエルの外れにて、盗賊団は二手に分かれていた。
「いいか、南の物資路を潰しておけ。あとは俺が戻るまで動くな。ダルク、てめえはまとめ役だ。勝手に騎士団に喧嘩売るなよ」
ラグドが低く命じると、副官のダルクは渋い顔で頷いた。
「へいへい。……だが本気でこっちの戦力削ってまで、あんたが直接動くとはな。例の“主の巣”っての、そんなに厄介なのか?」
「……ああ。悪趣味な連中が蠢いてる匂いがする」
ラグドは黒鉄輪禍のグリップを軽く叩き、背を向けた。
彼と共に北へ向かうのは、聖女リーネ、そして自称・呪術師のフィリル=ノクターンだけ。
聖女と呪術師と盗賊という異色の三人組が、魔禍種の巣を目指す異常な旅路が始まった。
* * *
数時間後──。
ディラエルからさらに北西、瘴気に包まれた断崖地帯へと辿り着いた三人。
「……ここ。魔禍種の痕跡、密集してる。視えすぎて気持ち悪い」
フィリルが額の識魔眼に手を当て、淡々と告げる。眼球の中心には禍々しい刻印が浮かんでいた。
「この空間全体が……魔禍種の“息”に包まれています。祝詞で抑え込まなければ、正気を失います……」
リーネは祝詞を静かに唱えながら、二人に加護の結界を広げる。
しかし、その霧の奥から、不自然な音が響いた。
「……ずる、ずるる……ず、ず、ず──」
「出やがったな……!」
霧を割って姿を現したのは、四つ足で這う異形の魔禍種。背中に人面のようなものを無数に張り付け、嗤うような口が腹から裂けている。
《“拾い口”──低位魔禍種/主の眷属》
「これで低位かよ……。聖女、下がってろ。こいつは俺の黒鉄輪禍で──」
ラグドがチェンソーのエンジンを唸らせ、突撃する。
だが、瘴気によって視界が揺らぎ、魔禍種の動きが読めない。
「くそっ、目が……!」
「呪詛文:蝕」
フィリルが短く詠唱すると、空間に黒の印が浮かび、魔禍種の動きが鈍る。
「今。チェンソー、突っ込んで」
「おうよ……!」
ギャリィィイイイ──ッ!!
黒鉄輪禍が肉を裂き、骨を断ち、異形の魔禍種は断末魔を上げて地面に崩れ落ちた。
だが──その瞬間。
「……あ、やば。増える」
フィリルの識魔眼が光り、空間に新たな瘴気の裂け目が生まれる。
そこから、さらに二体、三体の魔禍種が這い出してくる。
「聖女の加護を目印に集まってる……! これじゃ埒があかねえ!」
「このままでは、瘴気に呑まれてしまいます……!」
「逃げるぞ。いったん距離を取れ!」
三人は霧の断崖を走り抜けながら、フィリルの呪詛とリーネの祝詞で足止めを繰り返し、なんとか巣の奥から脱出した。
荒い息を吐きながら岩陰に身を潜めるラグドの額には汗が滲んでいた。
「……巣の中心には、あの“笑う主”がいるってことか」
「うん。確証はある。“主”の残滓、瘴気に溶けてた。ここにいる。まだ孵化してない。けど……目覚めかけてる」
「なら……その前に叩く。次は、盗賊団と合流して本格的に仕掛ける」
「了解。じゃあ準備、進めとく。あとで聖女に祝詞、もう一回頼む」
「……い、いったい何に使うつもりなんですか……?」
呆れるリーネの声をよそに、フィリルは満足げにノートを広げていた。