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聖女(奴隷)と盗賊(外道)が、世界を救うはずがない  作者: 黒天
第一章「聖女攫いと黒鉄輪禍」 
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廃村ディラエル

 霧が濃く、地を這うように流れていた。


 北方の廃村ディラエル──魔禍種によって滅ぼされたその場所には、生の気配はなく、空気に漂う瘴気だけが未だに異形の爪痕を伝えていた。


 「こんな場所にまで来る羽目になるとはな……」


 ラグドは黒鉄輪禍こくてつりんかを背に、瓦礫の街道を踏みしめる。隣を歩く聖女リーネは、額に薄く汗を浮かべながら祝詞を小声で唱えていた。


 「ここは、瘴気が強すぎます……。祝詞の加護を絶やせば、意識が持っていかれそうです」


 「だったら、早く見つけて、とっとと帰るぞ。笑う主とやらの痕跡をな」


 そんなやりとりをしていた二人の前で、骨を砕く音がした。


 警戒したラグドが建物の陰を覗くと、そこには異様な光景が広がっていた。


 瓦礫の中に座り込み、魔禍種の残骸を解体する少女。黒い呪衣に白銀のツインテール、赤い瞳。少女は無感情に骨を割り、肉を削ぎ、何かの液体を小瓶に詰めている。


 「……子供、じゃねぇな。何してやがる」


 ラグドが声をかけると、少女はようやく顔を上げた。


 「……研究。観察。あと、記録」


 感情のこもらない声。だが、次の瞬間――。


 聖女リーネに視線が向いたとき、少女の目が僅かに見開かれた。


 「祝詞の残滓ざんし……本物の聖女。しかも、かわいい」


 ポツリと呟いた声には、明らかに先ほどとは違う、微妙なテンションの上昇があった。


 「ねぇ、それ、もう一度だけでいいから唱えて。今すぐ。すごく貴重。記録したい」


 「えっ、あ、あの……? は、はい……?」


 困惑しつつも反応するリーネに、ラグドが割って入る。


 「おい、そいつに何の用だ。化け物の仲間じゃねえだろうな」


 「ううん。私はフィリル=ノクターン。魔禍種研究者。呪術師。聖女と祝詞と可愛いものが好き」


 「……最後のが本音か?」


 「大事な要素。とても重要」


 フィリルは頷きながら、懐から取り出したノートにリーネの特徴や祝詞の痕跡を殴り書きしている。


 「“笑う主”の眷属痕、ここにある。多分、孵化前の影響でこの村が滅んだ。今なら追える。協力する。ついでに、祝詞のサンプル、定期的に聴かせて」


 ラグドは呆れ顔で髪をかき上げた。


 「……ま、面白え女だ。知識もありそうだし、使えそうだな。いいぜ、同行させてやる」


 「やった。これで現場調査が捗る。あと、聖女の観察も。あと……」


 と、再びリーネに近寄ろうとするフィリルを、ラグドが小突いて止める。


 「……お前な、まず距離感ってもんを学べ」


 「……はーい」


 感情のない返事の中に、ほんの少しだけ楽しそうな響きが混じっていた。


 霧の廃村での奇妙な出会い。だがそれは、さらなる“深淵”への導入に過ぎなかった。

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