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あれから五日、昨日ウーナ川を渡ったところだった。
もし追手が付くなら、上流のウヌス橋か、最下流の歩いて渡れそうなところを探すはずだ。
中流のこの辺りはほとんど人が来ない山間にあり、そこに縄はしごのような簡易的な橋を架けているのだ。というのも師匠が昔偶然見つけたらしい。
川を渡って気が抜けたのか寝過ごしたみたいだ。日が中天まで登っている。今日はこのままもう一日留まり、身体を休めることにしよう。
岩場を下り川へと向かい顔と口をゆすいだ。昨日仕掛けておいた罠を引っ張り上げる。ぐっ、と抵抗を感じながら持ち上げたそれには中々のサイズが二匹掛かっていた。特徴的な斑のある魚で美味しそう。腹を割いて内臓と一緒に中を洗い流す。
寝床へ戻ると手ごろな枝から串を二本削りだしておく。バックパックから小さな壺を取り出し魚の全体に擦り込む。尻尾は沢山付けた方が焦げなくていいけど勿体無いので少な目で。あとは串に刺して火に近付けて焼くだけ。こうやってちりちりと焼けていくのを待つ時間が好きだった。
海沿いの街で作られている塩は、ウヌス橋がある北部でほとんどが消費されていて、商会か教会への余程の伝手が無いと手に入れられない。南部なんて塩を持ってる教会を探す方が難しいらしい。私が生まれた村もそうだけど、この国は全てを制限されている。本人はそれが制限って分からないように。
私が今使っている塩は、秋に実るヌデという果実を使っている。一センチ程の細長くてうすい緑色の実で、寒くなっていくにつれて白く変化していく。そのまま齧ると塩気と少しの青みと酸味を感じる。これを乾燥させ粉末状にしたものだ。
生の実より乾燥させると酸味が薄くなってしまうが、海塩よりもさっぱりしてていい。だからって干し肉をヌデで作ってみたら塩気が足りなくて失敗してしまい、かといって海塩と混ぜて作るとヌデが消えた。この時師匠が”適材適所”という言葉を教えてくれた。
ぱりっとした皮を食むと身が柔らかくほぐれ、噛むと脂が口の中で広がる。ヌデのほのかな爽やかさが主張しすぎなくていい。ここまで火を使わずに来たのもあって暖かい食事が身に染みた。
焚火に土を被せて消しておく。木に背を預け脱力するとやっと人心地ついた。目を閉じるとさらさらと葉が揺れる音と、流れる水の音が心の平穏を取り戻してくれる。大丈夫。
あとふた山ほど越えれば北部入りする。そこからは平地が続いているし街を繋ぐ乗り合い馬車も出ているはずだ。