4.★マリードのギルドでは
タイトルに★表記は主人公以外の視点です。
『迷宮』。
それは、大陸の各地に点在する『遺跡』だ。
未知の技術によって作られた道具や構造物、解読不能の書物などが内部に数多く眠っている場所。先史時代の遺物だと言われているが、真偽のほどは定かではない。そのため、かつて存在した古代王国の遺跡とも、悪魔の悪戯とも言われている。
そうしたダンジョンは、発見されているものだけでも数え切れないほど多く存在する。その規模は様々で、規模の大小にかかわらず国の管理下にあるものが殆どだ。
中でも大陸の端にあるトルーゾ王国は、国内に7つの大規模なダンジョンを所有しており、いわゆる『ダンジョン事業』で潤っている国のひとつであった。
ダンジョンは本来、非常に危険な場所だ。
近隣にひとつ存在するだけで「町を捨てろ」と言わしめるほど、厄介な存在だった。
なぜならダンジョンはただの遺跡ではなく、固有の魔物という番人を内側に抱えているからだ。
この固有の魔物は、基本的にダンジョンから出てこない。それどころか、外からはうなり声ひとつ、威嚇ひとつ聞こえず、
それがある日突然、崩壊する。
複数の条件が揃うことで、魔物が堰を切ったようにダンジョンから溢れてくるのだ。
前兆があるとはいえ、ほんの数日の猶予しかないため逃げるのにも限界がある。そして溢れた魔物が自然に消滅するはずもなく、それらの魔物を倒さねば元の町へ帰還することも叶わない。
それ故に、ダンジョンは頭痛の種でしかなかった。いつ爆発するともしれない理不尽な災厄として、長く人々に認知されていた。
だが、時代の移り変わりと共に、魔物討伐を生業とする人々がダンジョンの管理に乗り出した。
魔物が溢れてくる現象の原因と解決策を模索し、災厄の制御を目指した。
長い時間をかけてそれはある程度の成功を収め、国主導の下、ダンジョンが適切に管理されるようになる。
そうなると、ダンジョン内に眠る遺品もとい未知の財宝を求めて、腕に覚えのある人々が群がった。
彼らは『冒険者』と呼ばれ、彼らの動向とダンジョンの管理を担う機関は『冒険者ギルド』と名乗るようになる。
いち早く、ダンジョンの管理と冒険者を受け入れたトルーゾ王国は、大陸各地から集まった彼らによって好景気に沸くことになった。これがいわゆる『ダンジョン事業』のはじまりである。
同じようにダンジョンを抱える各国も、これを積極的に自国に取り入れた。
以降、ダンジョンは各国家の資源扱いとなる。
だが当然ながら、これは諸刃の剣だった。
ダンジョンは未だ多くが謎に包まれた場所であり、管理下に置くといっても「溢れさせない」くらいしか制御しようがない。人が手を加えられるのはダンジョンの周辺と内部のごく一部のみで、それすらもダンジョンの機嫌次第ではあっさりと崩れ去る代物だ。
管理自体が安定しているとは言い難い状態で、経験も技量もばらつきのある冒険者を送り込む。
それはひとたびダンジョンが牙を剥けば、大量の犠牲者を生みかねない状況だった。
そこで、冒険者ギルドは冒険者側の管理に注力するようになった。
ダンジョン探索は許可制となり、名簿登録と審査、様々な指導が義務付けられた。一定の基準を満たさない者はダンジョンへの入場許可は下りず、ダンジョンの入り口で追い返される。
冒険者の質を上げることで死亡率を下げ、ひいてはダンジョンの管理をしやすくする狙いだ。
もちろん、どれだけ安全策を敷いても死傷者は後を絶たない。
ただそれによって、ダンジョン探索を直接の原因とした死亡率はずいぶんと下がった。ダンジョン探索は「稼げる仕事」として冒険者を目指す若者も増え、冒険者全体としては質の向上が認められるようにもなった。
現在、最も取り上げられる問題が『人間関係が原因の死傷』であるところから見ても、かつての取り組みが功を奏しているのは間違いない。
ダンジョンとの共存が実現したという人々もいるくらいである。
けれど、それは砂上の楼閣にすぎない。
肝心なダンジョンの管理自体は、初期のころからほとんど進歩しておらず、昔から伝えられているそれらの手順をなぞるのみ。
人々の意識は変わろうとも、ダンジョンは今も昔も変わらない。
人知の及ばない『災厄』であることに変わりはないのだ。
トルーゾ王国、マリード。
大陸に数多あるダンジョンのひとつ、マリードダンジョンを抱えた街である。
マリードダンジョンは別名『石棺の迷宮』とも呼ばれ、初心者から中堅の冒険者に人気のダンジョンだ。街は訪れる冒険者と常駐している冒険者で賑わい、王都から離れた場所でありながらも活気のある街のひとつである。
街の中心部に建てられた冒険者ギルドには、早朝から日暮れまで多くの冒険者が詰めかける。
依頼や申請、買い取りなどはギルドの1階で。2階より上はギルド関係者以外立ち入り禁止となっており、主にギルド内の事務処理のために使われていた。
その3階部分、ギルドマスターの執務室へ、とある報告がもたらされた。
「『赤狼の牙』が全滅?」
その知らせを受けたのは、王都へ出かけていたギルドマスターが帰還した矢先のことだった。
やや草臥れた様子で外套を脱ぎながら、ギルドマスター、エドガーは困惑気味に問い返す。王都へ旅立つ前の記憶をたぐりつつ、手近なソファーの背に外套を放り投げた。
「『赤狼の牙』ってぇと、確かCランクになったばかりだったか?」
「ええ、先々月の試験で昇格したばかりでした。調査員の話ですと、メンバーの役割分担がしっかりしていて連携が取れていたと」
ソファーに崩れ落ちるように座ったエドガーへ、副マスターのフレデリックが淡々と報告をする。
長旅をねぎらう様子もない彼へ、エドガーは半ば死んだ目を向けた。長い付き合いだけあって色々と遠慮がない。これ見よがしに溜め息をついて疲労をアピールしてみるが、案の定「だから?」と言わんばかりの冷たい視線が返ってきただけだった。
仕方なく、エドガーは手渡された書類を捲る。
フレデリックは書類仕事が得意と言うだけあって、渡された紙面には綺麗な文字でわかりやすく纏められている。
脳筋が多い傾向のある冒険者ギルドにとっては、文系の職員は非常に助かる存在だ。
とはいえ、副マスターの肩書きは書類作成能力だけで得られるものではない。有事の際には矢面に立たねばならない役職だ。彼もまた冒険者としての実力は相応にある。
勿論、それはギルドマスターにも求められるものだ。各街に存在する冒険者ギルドの管理者は最低でもBランク相応の実力が必須となっている。
ここマリードのギルドマスターであるエドガーもまた、かつてはBランクの冒険者だった。
「先々月ってことはまだそこまで依頼はこなしてねぇか……ランク上がって狩り場を変えることはよくあるが、こっちに報告が来てるっつーことはそうじゃねぇんだろ? 全滅ってのはどういうことだ?」
Cランクにあがるほどの冒険者となれば、近隣の魔物の生態は知り尽くしていると言ってもいい。不測の事態がないとは言わないが、能力に見合わない獲物に挑んで返り討ちに遭う、なんてことは滅多にないはずだ。
「第一報は『雷光の矢』からです。彼らによると、当時『赤狼の牙』と『遺跡の影』の3パーティーでダンジョンに潜ったと。中層でトラブルが発生し、撤退。『赤狼の牙』と『遺跡の影』が全滅したと報告を受けましたが、後に『遺跡の影』は無事に帰還しています。
『遺跡の影』からあらためて『赤狼の牙』の全滅の報告がありました。遺体も確認したとのことです。彼ら曰く、3パーティーで"泥木の王"に挑んだとのことでした」
なるほど、とエドガーは息を吐く。
マリード近郊には、ダンジョンだけでなく深い森もある。そこからもたらされる獣害や魔物の襲撃などは"依頼"として冒険者ギルドで掲示されているため、ダンジョンではなくそちらの依頼報酬で生活している冒険者も少なくない。先の『赤狼の牙』は、そうやって経験を積んだパーティーのひとつであり、ダンジョン探索の経験はさほど豊富ではなかった。
――だから恐らく、彼らは見誤ったのだ。
「よりによって"泥木の王"か」
マリードダンジョン中層のボス"泥木の王"。
中層に徘徊する一般モンスター『泥人形』のボス個体であり、危険度の高い厄介なモンスターである。
王の間と呼称される場所から動くことはないが、室内に限りどこでも知覚できるらしく、王の間での戦闘は事実上死角がなくなる。主な攻撃手段は地面に埋まる木の根の操作と、地面そのものの操作。
触手のように俊敏に動く木の根、瞬時に奪われる足元に、多くの冒険者が討伐を断念してきた。否、させられてきたのだ。
これまでボスに挑んできた冒険者は、記録に残っているだけでも軽く三桁は越えている。そのうち、生きて戻ってきた人数は両手で足りるほどでしかない。
故に、「危険度2」に指定されている『泥人形』に対し、ボス個体である"泥木の王"は「危険度4」に指定されている。仮に街へ現れれば、即座に王国軍が動くレベルの魔物だ。
通常の『泥人形』への対処法では、到底勝ち目どころか生き残ることすらできない、隔絶した強さを持つモンスター。
それほどまでに、ダンジョンのボスモンスターとは理不尽な存在だった。
「ボス個体はAランク相当だぞ。Cランクじゃあ難しすぎる」
魔物のランクと冒険者ランクは必ずしも一致する必要はなく、適性ランクに関係なく挑むことは可能だ。当然、ギルドとしては無謀な挑戦は推奨していないし、積極的に依頼を回すこともない。
だが、そもそも冒険者という人種は冒険したがる傾向があるのも事実。大物狙いにあこがれる連中ばかりと言ってもいい。いつの間にか、適正ランクより上の獲物を狙うのが暗黙のルールとなっているのが現状だ。
辞めろと勧告したところで、身の丈に合わない強敵に挑む連中は後を絶たない。装備をボロボロにしてギルドで少額の借金をしては新調に走る、なんて話で済めば可愛いほうで。
こうして、彼我の戦力差を見誤った結果、命で贖うことも決して少なくはない。
「ギルドでは依頼は受けていませんでした。受付では"上層での薬草と魔石の採集"と申請されています」
それはそうだ。マトモに申請すれば、受付で止められるのは目に見えている。
申請はあくまで出入りを管理するためのものであり、申請内容に忠実である必要はない。ましてダンジョン内は何が起きるかわからないのだ。薬草目的で入って、たまたま現れた強敵を倒したとして誰も咎めはしない。
ギルドが目的を申請させるのは、ひとえに冒険者の生存率をあげるためだった。日々ギルドに集まる様々なダンジョンの情報を開示し、安全に目的を達して帰還できるように手助けするのもギルドの役割のひとつだ。
「ダンジョン内は自己責任とはいえ、ボスは無謀だな。死んだのは……えーと、4人か。こういっちゃなんだが、残りの連中はよく生き延びたな」
「その生き残った彼らですが、少し妙な報告が上がっています」
「ほう?」
「"泥木の王"の挙動が、ギルドにある情報と違うと」
「挙動が違う? そいつらが偽の情報掴まされたってことは?」
「提供者は3年前に"泥木の王"に挑んだパーティー唯一の生存者、マロウです。内容については、ギルドで開示されているものと齟齬はありません。とはいえ、彼らが知らなかった情報があった可能性は否めませんが」
「……具体的にはどう違うと?」
「追撃が一切なかったそうです。大きさ含め、外見も普通の泥人形とほぼ変わらないように見えたと」
「は? "泥木の王"が? 見間違い……いや、ボス個体じゃなかった可能性はないか?」
思わずエドガーは声を上げる。
『泥人形』は人より一回りほど大きな、胸部に口を持つ人型を模したモンスターだ。
すがりつくような形で獲物を捕獲し、胸部の口で捕食する。接近すれば面倒な相手だが、距離を取って遠隔武器や魔術で対処すれば、倒すのは難しくない。ただ、ダンジョン内の暗さで判断が鈍り、人間と誤認して攻撃範囲に入ってしまうのが難点だった。
そのボス個体である"泥木の王"は、当然ながら泥人形と似通った部分もある。暗さや全滅しかけた恐怖で見間違う可能性もないとは言い切れなかった。
「対象を中心に"根"があったそうです」
「ボス個体だな。……だがその姿は……新たな個体が生まれたか? いや、"泥木の王"の討伐記録はいつだった?」
泥人形には木の根を操作する能力はない。その名の通り、土や泥だけで構成されているモンスターであり、せいぜいが自らの足元の土を多少動かす程度だ。
"根"を操作するならば、少なくとも普通の泥人形ではない。
消去法でいうならばボス個体。けれども、ボスの姿としては一度も報告のない形態だ。
泥人形と共通する部分も多い"泥木の王"だが、本来はかなりの巨体を誇る。
出来の悪い人型のような上半身と、植物の根や土の柱などで肥大化した下半身。地面から見えている部分だけでも人の三倍は大きいが、土中に根の大半が埋まっているため、全身をあらわせば王の間をほぼ埋め尽くすほどの巨体となる。
上半身だけを見れば泥人形と見間違ってもおかしくはないが……下半身部分を深く土中に埋めていたのだろうか。
「約140年前です。それより以前に一度討伐されたとの記録がありますが、時期についての記録は残っていません」
「つまり最低でも2回は討伐されて、そのたびに次のボス個体が生まれているわけだ。今の"泥木の王"は、140年生き延びている……となると、もしや進化か?」
「ダンジョンモンスターでその現象は聞いたことがありませんが」
「……まあいい。今回の件、全体への周知は?」
脳裏に浮かぶ幾つもの仮定を振り切って、エドガーはフレデリックに確認する。考察より先に、せねばならないことがある。
「死亡の件はいつものように掲示板に。再度、注意喚起と警告をしてあります」
フレデリックの説明によれば、受付で注意喚起をするほか、ギルド内の掲示板とダンジョンの入り口にも警告の張り紙をしたらしい。
「当面はそれでいい、ご苦労だった」
注意喚起の効果はさほど認められないとわかっている。
冒険者の大半は、依頼報酬や素材などの売買で糊口をしのいでいるのだ。例え死者がでようとも、ダンジョンに潜る者が減ることはないだろう。常に死が付きまとう稼業であることなど、彼ら自身が一番よく理解している筈だ。
まして、今回の相手はボスモンスター。所定の位置から動かないのが常識である。今後挑む予定がある冒険者はともかく、そうでない連中には「そうか」という程度の情報でしかない。
悲しいことに、ダンジョンで死者が出るのはよくある話なのだ。
「あとこれは念のためだが……4人は間違いなく王の間で死んだんだな?」
「生存者の証言からほぼ確実だと思われます」
詳細はこちらに、と渡された資料を軽くめくる。羅列された証言内容を見るに、間違いはないだろう。
疑いたくはないが、魔物のせいにして殺人を犯す連中も皆無ではない。冒険者間でのトラブルは日常茶飯事で、仲間割れからの同士討ち、果ては魔物やダンジョンモンスターに食わせて証拠隠滅、なんてことも起きる。
ギルドでも厳しく規制したり、内容によっては罰則を科したりはしているが、すべてに目が届くわけではない。
犯罪を取り締まり裁くのは公的な機関の仕事だ。それなりに古く、半ば公的な組織となりつつある冒険者ギルドであっても踏み込めない領域というのは存在する。
「これがなんかの予兆とかじゃねぇといいけどなあ」
「不吉なことを言わないでください」
「いや、だってよ。他のダンジョンでも妙な動きがあるって話だぞ」
「王都の会議でそんな話が?」
「おー、まあ議題は別だけどよ。アウムのギルマスがダンジョンがおかしいって言ってたんだよ」
「アウムに連絡を取りますか?」
「……いやあ、さすがに推測だけで騒ぐのもな」
手遅れになる前に判断せねばならないが、これがただのイレギュラーなのか、何かの予兆なのか、判断するのは難しい。他のモンスターにも変異が起きているなら話が早いのだが。
「もう少し様子見だな。情報だけは集めといてくれ」
資料を机の端に置いて、エドガーはフレデリックを仰ぐ。それにフレデリックは了承の頷きを返して、「では次ですが」と腕の中から別の資料を取りだした。
どうやら、彼の腕の中にある資料はすべて報告分らしい。
もうしばらくこの時間が続くことを悟って、エドガーは気付かれないようにひっそりと溜め息をついた。こんなことなら職場への顔出しを一日ずらせばよかったと後悔しながら。