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その従魔おかしくないですか?~ダンジョンボス(元人間)ですが、主人の平穏な生活目指して頑張ります~  作者: 東風 晶子


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42.★森淵猪 上

新年だいぶ明けましたがおめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

※他視点

 

 重低音の咆哮(ほうこう)が響き渡る。

 樹上の鳥が一斉に飛び立ち、小動物や小型の魔物が我先にと散っていく。

 低木の枝をなぎ倒し、憤怒の雄叫(おたけ)びを上げて姿を現したのは、巨大な姿。『森淵猪』と呼ばれる、野生の猪よりも3倍ほどの巨体を誇る魔物だ。

 反り返った鋭い二本の牙に、額から突き出す捻れた角。

 その切っ先が、転倒してしまった子どもへと向けられる。

 年端もいかない子どもだ。その背丈に見合ったローブを纏い、身体の前でぎゅうと握り締めた手の中には杖がある。魔物を仰いだ緑の双眸は驚愕に見開かれていたが、怯えている様子はない。


「火……っ、燃えろ!」


 その小さな唇からほとばしったのは、呪文ではなかった。

 何かが起こるはずもない。詠唱とも呼べない、ただの言葉なのだから当然だ。一陣の柔らかな風が子どもの金色の髪を揺らしたが、それだけだ。

 だがその攻撃の意思は、相手に正しく伝わったらしい。

 巨大な顎を開け、森淵猪が再び咆哮し――ガツ、と地を蹴った。

 鋭利な角で串刺し、或いはその牙で貫くべく、真っ直ぐに突進したその巨体は。


「だめだよ」


 攻撃が届く、その寸前で止められる。

 最大の脅威である角は片腕であっけなく弾かれ、自らの勢いでバランスを崩した巨体に横合いから強烈な拳がめり込む。

 ひしゃげる顔面。勢いそのままに振り抜かれた拳は、巨大な森淵猪の頭部を吹き飛ばした。

 瞬時に頭部を失った巨体は当然失速することはなく、けれどもいともあっさりとその場に転がされる。どう、と巨体が横倒しになった衝撃が、地響きとなってあたりに響いた。

 抉れた地面と見る影もないほどに踏み荒らされた茂みが、森淵猪の勢いを物語る。それを前に、突進を止めた乱入者は息一つ乱さず、首なしの巨体を見下ろした。


「ああ……失敗したな」


 残念そうに、そう零す。

 暗い色のローブを纏い、フードを深く下ろした、恐らくは男性。鳥を模した黒い仮面をしているため、顔貌は判然としない。

 帯剣していることから、少なくともただの住人ではないだろう。一番あり得るのは冒険者だろうか。


「っ、ルーチェ!」


 子どもが、はっとした様子で呼びかけた。それに振り向いた仮面の男が、辛うじて露出している口元にうっすらと笑みを浮かべる。


「ノア。怪我は?」

「僕は平気! それよりルーチェは」


 慌てて立ち上がった子どもが、男へと駆け寄る。見るからに怪しい恰好の男だが、どうやら子どもと知り合いのようだ。


「大丈夫……ほら、この通り」


 男は両手を軽く広げて子どもを宥めている。森淵猪と素手で対峙していたが、その両手に負傷は見られない。ローブにも傷や破れは見当たらなかった。軽装を好む冒険者向けに作られた、防刃性の高いローブだと思われる。


「よかった……助けてくれて、ありがとう」


 ほっと微笑む子どもに、ステアは我に返った。

 助けられたのは彼だけではないのだ。むしろ、子どもは巻き込んでしまったようなものである。そして彼らの様子から察するに()()()で助けられたのはこちらのほうだった。


「あ、あの……ありがとうございました。きみも、巻き込んでしまってごめんなさい」


 ステアがそう頭を下げると、子どもはきょとりと目を丸くした。

 そうして改めて見ると、愛らしい子どもだった。自らを『僕』と呼称していたから少年だと思っていたが、もしかしたら少女だろうか。尋ねるのも失礼だろうから、口にはしないけれど。


「えっ、えーと。あの、大丈夫です。僕が、その、たまたま近くにいただけだから」

「それでも私たちが巻き込んでしまったことに違いはない。悪かった」

「あたしからも謝らせて。アイツに最初に目を付けられたのはあたしなの……ほんとうにごめんなさい」


 慌てて手を振る子どもに、パーティーメンバーのリュレーとメディが、続けて謝罪する。

 ステアたち3人がここを訪れたのは、薬草などの素材採集のためだった。

 場所柄、強い魔物がでない地域ということで装備も比較的軽めにしてあったが、この辺りで出会う魔物くらいなら難なく屠れる自信はあった。せいぜい雷兎などの小型ばかりだろうと思っていたから。

 まさか、Cランクの森淵猪が現れるなんて、想像すらしていなかった。

 森淵猪は、名の通り深い森を住処とする魔物だ。人の生活圏に近い森ではなく、それこそ人が入ることができないような深い森の奥に棲息している。本来はこんな町近くの浅い場所に出てくる魔物ではない。

 他の魔物に住処を追われ流れてきたか、あるいは獲物となる魔物を追ってきた結果か。

 事例としてはまったくのゼロではないが、それでも珍しい事態に居合わせてしまったのは不運としか言いようがなかった。

 突然現れた森淵猪に驚いて、メディが咄嗟に逃げを打ってしまったのも仕方ないだろう。なんの心構えも装備もない状況で凶悪な角を前にしたら、ステアも冷静でいられる自信はない。

 『執念深い追跡者』という森淵猪の異名を思えば、悪手だとわかっているのだが。

 逃げながら、ひとまず広い場所に誘導しようと互いの意思を確認して。それぞれの装備と、手持ちの魔道具などから勝機を探していた、そんな時だ。

 聞き覚えのある、呪文の詠唱。

 共に逃げている仲間からではなく、少し離れた場所から響く、幼い声。

 迫っていた森淵猪の頭部に、火の球がぶち当たって爆ぜる。

 森淵猪は耳障りな悲鳴を上げて、焦げた頭をぶるりと振った。

 一体誰が、と思うも、確認するだけの余裕はない。森淵猪の気が逸れたのを良いことに、一気に距離を取ろうとした。

 だが、森淵猪の憤怒の咆哮が響き、思わず身が竦んだ。

 無意識に足が止まり、はっと周囲を見遣ると、すぐ近くで子どもが後ろ向きに転倒したところだった。

 あんな幼い子どもがどうしてここに。

 咄嗟に脳裏をよぎったのはそんなことで。


「ううん。でも……あの、僕もごめんなさい。冒険者、の人たちでしょう? 邪魔しちゃった……?」


 つまりは狩りの邪魔をしてしまったのでは、と懸念しているらしい。

 眉を下げる子どもに、ステアたちは互いに顔を見合わせた。

 討伐依頼であれば確かにそういうこともあるだろう。けれど、この幼さでそんなことまで気にするとは、と思う。もしかしたら邪魔をするなと怒られた経験でもあるのかもしれない。


「私たちは冒険者だが……正直、とても助かった。今日はとても戦えるような状態じゃなかったから」

「巻き込まれたあなたには悪いけどね。あなたがアイツの気を逸らしてくれたから、私たち助かったのよ」


 そう。確かにその通りだ。

 幼い姿に「巻き込んだ」ことばかりが気になっていたが、彼が魔術で攻撃してくれなかったら、ステアたちは準備不足のまま森淵猪と戦わねばならなくなっていた。時間をかければ倒せたかもしれないが、あくまで仮定の話。少なくとも無傷で帰ることはできなかっただろう。


「あの魔術……きみ?」


 思わず尋ねたステアに、子どもはうんと頷く。


「魔術士です! あ、僕たちもね、冒険者なの。僕がノアで、こっちがルーチェ」


 自分たちは『金色の羽』というパーティーなのだと、子ども――ノアが自己紹介する。


「冒険者って……ああ、いえ、私たちは『楽園の蛇』よ。私はステア」


 とても冒険者登録が可能な年齢には思えないノアに、思わず問いを重ねそうになって堪える。向こうから名乗ってくれたのだから、答えねばなるまい。


「私はリュレーだ」

「メディよ。魔術士なのねぇ、もしかして学生さんなのかしら?」

「ううん、学校には行ってないよ。冒険者の人に教えて貰ったの」


 ノアはどうやら人懐っこい性格のようで、少し水を向ければ喜んで色々なことを話してくれた。

 本人の言うところによると、現在7歳であり、魔術は知り合いの冒険者に習っているそう。現役の魔術士から学んでいるのならば、この年齢であれだけの魔術が使えるのも納得である。

 森淵猪の頭が吹っ飛んだのも魔術による攻撃が原因だろう。きっと、あの段階で致命傷に近いダメージを受けていたのだ。そうでなければ、拳ひとつで頭が千切れ飛ぶなんてとてもではないが信じられない。

 早すぎる冒険者登録についても、生活費のためということで許可が下りているらしい。


「けど確か10歳からじゃなかったかしら。お母さんに心配されなかった?」

「えっとね……」

「孤児院の院長からの許可も下りているよ。それに、そのために俺が一緒にいるんだ」


 それまで沈黙していた男――ルーチェが、話に入ってきた。

 ノアの身の上に話題が及んだからだろう。生活費のくだりでその可能性に思い至らなかった。


「……そう、ならよかったわ」


 失言を謝罪すべきかと思ったが、ノアが気にしている様子はない。話に入ってきたルーチェを不思議そうに見上げて「そっか、護衛だもんね」と笑っている。


「あなたも孤児院の?」

「助修士だよ、一応ね」


 仮面から覗く口元が、緩やかに弧を描く。一応、というのはノアと共に冒険者として活動しているからだろうか。

 その後、まだ採集依頼の途中だというノアたちとは別れ、ステアたちは一足先に町に戻った。

 森淵猪の素材については少し揉めた。

 すべてをステアたちに、という彼らを必死に説き伏せて、なんとか毛皮の一部と牙だけにしてもらった。それでも、どう考えても貰いすぎだった。

 ステアたちは追われただけで何もしておらず、攻撃し倒したのはあのふたりだ。権利は間違いなく彼らにあって、ステアたちはむしろ迷惑料を払えと迫られてもおかしくはない。タチの悪い冒険者相手なら、そうなっていても不思議ではなかったのだ。

 だが、彼らは荷物に入らないという理由で持ち帰りを渋った。

 Cランクの森淵猪の素材である。薬草採取の報酬などより遙かに良い稼ぎとなるのだが。

 ステアたちが持ち帰らないならそのまま埋めようなどと言う二人を懇々と説得して、ようやく「ならば角だけ持ち帰る」と翻意させたが、価値が伝わったのかどうか。

 幼いせいかぽやんとしたノアに、大人とはいえ浮世離れしたルーチェを思い出し、わかってなさそうだなとステアは思う。

 素材を売り払いがてら、ギルドにはきちんとした事実を伝えておこうと決意する。

 いずれ彼らも角を売りにくるだろう。その際に、妙な嫌疑がかかっては申し訳ない。



 だって、Eランクの冒険者が森淵猪を倒したなんて、誰も信じないに違いないのだから。



いつもよりちょっとだけ短め。長すぎたので切りよいところであげています。

ノアが「七歳」と答えていますが間違いじゃないです。ある意味ここから新章、みたいな……なんかそういうアレです(何)

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