40.コア
俺の身体は泥だ。
正確には、ほぼダンジョン産の土。
泥人形と呼称される、両腕が長く、腕をひきずるような前傾姿勢でのろのろと動く迷宮怪物である。
俺は泥人形を強い怪物だと思っていない。なにしろ、俺の腕の一振りで破壊できてしまうほどに脆いのだ。まあそのほかの迷宮怪物も大概脆いけれど、俊敏さに欠ける時点で与しやすい恰好の的だと思っている。
けれど一般的には『面倒な』怪物に分類されるらしい。
その理由も聞いたが、いまいち理解できなかった。たぶん俺自身が泥人形だからだろう。
迷宮怪物は基本的に、何も残さずに消滅する。骨も皮も肉も、融けるように消えていく。魔石を残すこともあるが確率は高くない。
そして泥人形もまた、何も残さず消える怪物だ。身体が土だからか、融けるというよりはダンジョンの土に還るという感じではあるが、やはり低確率で魔石を残すのが関の山。
ただ、泥人形は魔石以外にも残すものがある。
それが『コア』とよばれるものだった。
「材料になるのよ。こういう、装飾品のね」
そういってカウンターの上にいくつかのアクセサリーを並べて見せるのは、雑貨店の店主、フィルマだ。
『フィルマ雑貨店』。
店主の名を冠したこの店は、冒険者ギルドから少し離れた場所にある。
ひっそりと周囲に埋もれるような佇まいで、窓も扉も固く閉じられ、わかりやすい看板もない。
一見するとただの民家、それもうち捨てられた廃墟の様相だったが、扉の上部に雑に打ち付けられた赤い布が『営業中』の証であるらしい。
もちろん、これが常識ではない。
他の雑貨店や武具店などは大きな看板を掲げているし、なんなら不用心に扉を開け放っているような店もある。営業中かどうかは外から見ただけでわかるのが普通だ。
ここはそういった一般的な店とは少し毛色が違う店のようだ。
「これとこれがコアを使ったもの。こっちのふたつは宝石、それからこれは魔石」
並べたアクセサリーを指さしながら説明するフィルマ。
フィルマは、眼鏡を掛けた若い女性だ。ゆったりとした衣服に、癖のある長い髪をそのまま背中に流している。まるでたった今目覚めたばかりのような気怠げな雰囲気だが、これが彼女の常らしい。
俺がこの『フィルマ雑貨店』を訪れたのは、コアの価値を調べるためだ。
先日の魔術鞄の件で、俺もまた魔石のようなものを拾っていたことを思い出した。その時はコアという名称は思い出せなかったが、どこかに所持していないものかと探したところ、記憶のとおり10数個見つかった。
コアがなんたるかをよく知らなかった俺は、正体と価値をジークに尋ねたのだ。勿論、俺は喋れない設定なのでノアを介しての問いかけである。
ジークはコアという名称を教えてくれたあと、価値については自分より詳しいからとフィルマを紹介してくれた。
「コアはね、魔石と同じで魔力の含有量も多いから魔道具の材料にもなるの。
ただ職人には魔道具の依頼は断られることが多いわね。ちょっと癖が強くて使いにくいんですって。だからよほどじゃない限り、装飾品に加工されるのよ。ほら、綺麗でしょ?」
「うん。キラキラしてる。中が透けてみえるよ」
「そうなの。透明度がすごいのよね。宝石の輝きとはまた違った魅力があるから、結構人気が高いのよ」
コアは泥人形からしか入手できない上に、魔石よりも低確率。更には、泥人形は『面倒な』怪物として冒険者に広く知られている。
人気がどれほどのものかはわからないが、入手難易度を思えば希少性は高い。
しかもコアには色々と謎が多く、そうした一種の神秘性に惹かれるコレクターも多いのだとか。
「あたしが売るのは加工品がメインだけど、あえて未加工を買っていく人もいるわ。コレクターとか、あと自分のお気に入りの加工師がいる貴族とかね。ちなみにこれは銀貨60枚かな」
彼女の細い指が示したのは、並べられた装飾品の一番端。大人の親指ほどの大きさのコアが嵌まった、ネックレスのようなものだ。
「えと、もし未加工ならどのくらいなの?」
「そうね、この大きさなら銀貨30枚かしら。まあ魔石の相場より少し高めって覚えておくといいわ」
魔石はかつてよりもだいぶ価値が下がっているようだ。
2000年前ならば、小指ほどの大きさでひと家族の半年分の食費を賄えた。今の価値で言えば金貨8枚相当なのだが、現在では銅貨10枚程度にしかならない。
原因は、ダンジョンである。
ここマリードのダンジョンでは魔石が容易く手に入る。むしろ魔石以外の素材がレアな扱いだ。2000年前のダンジョン事情には明るくないが、それでもここまでではなかったと断言できる。
現状、銀貨30枚ほどの魔石というと、大人の拳くらいの大きさだろう。最も多い入手先はマリードダンジョンの中層と聞く。
そう思えばやはりコアの方が魔石よりは価値が高い。
まあ用途を聞く限り、価値の高さはそのまま希少性由来とも思えるが。
「ダンジョンに入れるようになった? ああ、ランクがまだなのね。なら、コアを拾ったらうちに持っていらっしゃい。高く買うわよ」
そう笑ったフィルマが、ふと思い出す素振りで言葉を継ぐ。
「でもなるべく早くね。加工しちゃわないと劣化するから」
「劣化するの?」
「するわよ。中に魔力が入ってるって言ったでしょ? すこしずつ魔力が減っていくの。だから魔力が出て行かないように加工しちゃうわけ」
「ぜんぶ魔力がなくなったらどうなるの?」
「こうよ」
ぱん、とフィルマが両手を合わせる。なるほど、壊れてしまうと。
「じゃあ魔石も?」
説明を聞いて、ノアもまた疑問を持ったらしい。
魔力が詰まっているのは魔石も同じだ。だが魔石が劣化するという話はこれまでに聞いたことがなかった。村長のところにあったあの魔石も、随分古いモノだと聞いた気がする。
「魔石は……そうね、心配するほどじゃないかな。魔力は減るけど、すごくゆっくりなのよ。貴方が今手に入れたとして、壊れるのはおじいさんになる頃じゃない? 大きさとか保管の仕方にもよるけどね」
「そうなんだ、よかった」
首から提げた小さな袋を握り、ノアがほっと息を吐く。どうやら先日ロビンに貰った魔石のことを気にしていたらしい。
「お守りね。教会の?」
「うん。お兄ちゃんがくれたの」
「そう、よかったわね。私はてっきり、あんた達がやったのかと思ったんだけど」
ちらりとフィルマの視線がノアの後ろへと投げられる。
そこに並ぶ面々は、揃って顔を背けた。
「いや俺らはホラ、忙しくて」
ごにょごにょと弁解しているのはジークだ。アリシアとエレンも、気まずそうにしている。
「ふぅん、そう。まぁね~あんた達もどっちかというとまだこの子側だもんねぇ」
「いやいや俺らもう一人前だから」
「一応これで生活できてるのよ」
からかう口調のフィルマに、ジークとアリシアが即座に言い返す。
「でもエレンちゃん抜けたら大変でしょ?」
「……っ、エレンは仲間だし!」
「確かにそうだけど! エレンのおかげだけど、エレンも私たちの仲間ですぅ!」
「まあまあ、そのへんで~。私もお二人と離れる予定はありませんので~」
エレンは回復術士、且つ魔術士でもある。回復術士は引っ張りだことも聞いたし、その上魔術も十全に使えるとあればパーティーにおいては貴重な人材となるだろう。
だが、ジークとアリシアもエレンの能力に頼り切りというわけでもない。それぞれができることをきちんとこなしていて、とても息の合ったパーティーに見える。
「それで? 今日はこの子の社会勉強ってやつ? まさか何も買わないつもりじゃないよねぇ?」
「うぐぅ」
詰められたジークが視線を泳がせる。
フィルマの店は雑貨店の名の通り、様々なものが売られている。装飾品だけでなく、魔道具をはじめとした冒険者に必要な消耗品、食糧、武器や防具など、取り扱いは多岐に渡るようだ。
ただそのどれもが一癖も二癖もある品物なので、あまり売れないらしいとはジーク談。
そんな事情をよく知るジークだからこそ、渋りに渋っている。買いたくないらしい。
「あのね、これ拾ったの。買い取ってもらえますか?」
そこへ、ノアがカウンターに石を置いた。
カウンターに並んだ装飾品の石と、勝るとも劣らない、透き通る赤い石。
泥人形のコアだ。
先日見つけた10数個のうちのひとつである。
今回、価値を知ることも目的のひとつだが、可能ならばひとつくらい売ってみようとノアに預けていた。
残りのコアは俺が持っている、というか、体内のどこかに収納されている。
それが胃なのかただの空洞なのかはわからない。ただ、取り出す際にどういうわけか『口』からコロリと吐き出されてくるので、『口』の奥のどこかにそういった謎空間があるのだろうと思っている。
ちなみに消化などされている様子はなく、拾った時のままの状態だった。そもそも消化なんて機能はないのかもしれないが。
さすがにこの光景を堂々と見せるのは憚られたので、ノアが持っているコアは彼が寝静まった後に取り出したものだ。ノアには「拾って体に埋めていた」と説明した。それだけであっさり納得するあたり、信用されていることを喜べばいいのか、危機感のなさを嘆くべきか、判断に困るところである。
「えっ、これ」
「『炎の剣』のみんなに連れて行ってもらったの。えっと、ルーチェが倒して」
フィルマの目が、この日はじめてまともに俺に向けられた。眼鏡の奥の双眸には、隠しきれない不信感が滲んでいる。
最初に店に入った時から、フィルマの警戒には気付いていた。『炎の剣』の連れなのでギリギリ許容されたのだと思う。俺は相変わらずの出で立ちだし、最近は黒い仮面も追加されたことで、不審者度は爆上がりだ。警戒するのも無理はない。
だがノアの申告はほぼ事実である。『炎の剣』の引率でダンジョンに入ったし、泥人形は俺が倒しまくった時のヤツだ。あくまで同日に起きた出来事でないだけで、嘘は言っていない。
「きみのパーティーメンバー?」
「うん。ぼくたち、『金色の羽』っていうの」
「そう……ああ、買い取りだったわね。勿論よ、二言はないわ。この大きさなら……そうね、銀貨70枚にはなるかしら」
「わ、すごい」
「凄いのはこのコアよ。これだけの大きさは珍しいわ。全く出回らないわけじゃないけどね……貴方、随分腕がいいのね?」
なるほど、冒険者としてそれなりの実力があると認められたらしい。
間違いなく買いかぶりなので無言で首を振っておく。戦闘というか、技術的なものは一般的な冒険者には劣ると自覚しているので。俺がコアを手に入れられたのは、この身体がバカみたいに力が強いからだ。
「まぁいいわ、品質にも問題なさそうだし、買い取らせて貰うわね。次はこのお金で買い物してくれたら嬉しいわ」
コアをくるくると回して確認したあと、フィルマはカウンターに袋を置いた。
音からして随分と重そうなそれを、ノアが受け取ってロビンから貰った魔術鞄に入れる。
これで本日の目的達成である。
そうして思わぬ収入を得た帰り道。
依頼を確認するという『炎の剣』の面子とは冒険者ギルドの前で別れ、孤児院への道を並んで歩く。今日は特に依頼を受けなかったため、まだ日は高い。
見慣れた通りには売り込みの声が飛び交い、屋台には様々な食材が積まれている。
「すごいね、コアってお金になるんだ」
俺と繋いだ手を揺らしながら、ノアが楽しげに言う。
「杖、買える」
これだけあれば十分だろうと告げると、ノアはぴたりと口を閉ざした。
ぱちぱちと瞬く緑の瞳が、思案に陰る。
「うん。でも、買わない」
「なぜ?」
「……なんか違うかなって。だってこれ、ルーチェのお金だもん」
ぼくは何もしてないから、と言葉を探しながらのノアの台詞だ。
まあ、これを乱獲したのはノアと出会う前の俺である。何もしていないというなら確かにそうなのだが。
「従魔、主人」
主従の関係である以上、そこは度外視してもいいのではないかとも思う。
俺は自分が人間だったことを知っているし、こうして人のように振る舞うことだってできるけれど、この身体はただの怪物だ。
俺はノアという主人がいるから平和に過ごせているだけで、本来ならばとうに討伐されている。魔物は人にとって「悪」であり、従魔術によって縛られれば「武器」になる。
なので、その武器が手に入れた素材はそのまま主人である人間の所有物となるのが、従魔術の常識なのではないかと思うのだが。
そうしたことをたどたどしく伝えれば、ノアは困ったように眉を下げた。
「……でも、やっぱなんか嫌だよ。このお金で買っちゃったら……嬉しくない、気がする」
言って、ノアは魔術鞄から袋を取り出した。固く口が閉まった、ずっしりと重いそれ。
差し出された袋を、俺は頷いて受け取る。
志の高いことだ。ノアが言いたいことはなんとなく理解できた。生死に関わることならそんなことも言っていられないが、そうでないのならその気持ちは大事にしたほうがいい。
だが、俺の分だと渡されたところで俺に使い途はない。ギルドに預けようにも色々と問題がある。
確実なのはアンジェリカに預ける方法だが、それだと結局ノアのお金と合算されてしまうので、後からノアが知った時に拗ねそうな気もする。
考えた末、銀貨の入った袋をそのまま『口』で飲み込んでみることにした。
もちろん、ノアが寝入ってからの決行である。
当然ながら味はしない。つるんと何のひっかかりもなく『口』の中に袋が消えて、さりとて同じだけの重さを身体の中に感じることもない。
試しに銀貨の袋がほしいなと考えてみると、口が結ばれたままの袋が吐き出されてきた。
以前コアでも確認したからわかっていたが、何度やっても不思議な感覚だ。それまでは何も感じないのに、思考すると同時に『口』の中にモノの存在を感じるのだから。
再度袋を飲み込んで、今度は、銀貨が3枚欲しいと考えてみる。
『口』から3枚の銀貨が出てきた。
その状態で袋を取り出すと、袋の口はしっかり結ばれたままだった。開いて中をあらためてみたら、3枚だけ減っている。
訳がわからなすぎて背筋がぞわぞわと寒くなる。怪物も風邪をひくのかな、と思考が明後日の方に逃避を始めたのを自覚して、首を振った。逃げてる場合じゃない。
もしかしなくても、この『口』の奥は魔術鞄と同じような仕組みになっている可能性がでてきた。それも、ちょっとお高いタイプの。
そう思いつき、少し迷ってから机の上に置いてある絵本を手に取る。
失敗した時の弁償だとか、謝罪だとか、色々なことが脳裏を過ぎったが、無視して『口』に放り込んでみた。
やはりつるりと飲み込めたそれを、暫くしてから取り出そうと試みる。
前述の銀貨同様に、あっけなく『口』からぽとりと吐き出された。出てきた絵本をまじまじと観察してみたが、どこにも瑕疵はない。草臥れてはいるが、それは元々である。
傷みがそれなりの紙ですらほぼ現状のままということは、やはり魔術鞄に近い構造をしていると考えていい。
――うん、便利だ。
本音を言えば、ちょっと気持ち悪い。身体の中に未知の機能があるなんて意味がわからなすぎる。
だが、生きていた頃も体内の構造なんて意識したことはなかった。心臓があって、内臓があって、ということは知識として知っていたけれど、どこをどう血が巡ってるなんていちいち考えもしない。
なので、これはこういうものだと納得してしまうことにする。
そもそもこの泥人形というモンスターは、「生きていない」のだから、気にするだけきっと無駄だ。
絵本をそっと元の場所に戻して、俺は考えることをやめた。
次話あたりに他視点が入る予定です。




