39.贈り物
穏やかな昼下がり、孤児院にロビンがやってきた。
ロビンはノアの「お兄ちゃん」であり、ジークたちと同じDランク冒険者だ。
孤児院の出身者で、これまでも何度か姿をみかけている。依頼の一環であるジークたちほどではないものの、定期的に孤児院を訪れているようだ。
滞在時間はそう長くはない。ノアを含め子どもたちと少しだけ触れあって、さらりと帰って行く。
側で見ているだけの俺にわかるのは、彼の表面的な情報だけである。ひととなりはまだよくわからない。
ただ、彼が訪問の度に結構な量の食材や菓子などを差し入れていることは知っていた。
ここの出身者なら内情、もとい困窮具合も知っているだろう。
金銭での寄付が手っ取り早いのに、と首を傾げていたら「院長が止めてるんだろ」とローレンが教えてくれた。
教会及び修道院の運営は、おおまかに本部からの予算と寄付で賄われている。
「公平を期すために」という建前でもって、寄付金を含めた収支に応じて予算が決まる。高額の寄付金があれば次の予算は削られ、寄付以外の副収入があった場合も同様に削られる。
寄付が多く集まるだろう王都や、豊かな領地であれば痛手でもないかもしれないが、辺境の、言ってしまえばド貧乏なマリードでは予算の削減はそのまま生活に直結する。
そのため、寄付はあくまで例年と同じくらいかそれ以下、副収入となる薬草の加工なども同程度の水準を維持する必要があるらしい。
結果、「金銭より食べ物のほうが有り難い」と伝えられたロビンは、訪問時に食材や日用品などを『寄付』しているのだ。
だが現実として孤児院は困窮している。
予算うんぬんの理屈はわかるが、増額されていないならば意味はないし、そもそもたかがいち冒険者の稼ぎから出される寄付がそこまで影響するとも思えない。
そのあたりどうなのかとローレンに尋ねたら、「いや理屈わかるのかよ。お前本当にらしくねぇなあ……」とぶつぶつ呟いていたが、「まあ、そういうコトにしてんだろうよ」と肩を竦めた。
つまりは、ロビンに負担をかけないための方便らしい。
聞けば、ロビンは冒険者として独り立ちしているものの、生活はまだカツカツの状態だそう。ギルドが斡旋している安宿を定宿にし、数人の冒険者で協力してなんとか生計を立てている状態らしい。
それをアンジェリカが知らない筈もない。そして知ってしまえば確かに、さらなる負担を強いるのは望まないだろう。
納得して頷いていたら「院長からどんな本借りてんだ」と呆れた顔をされた。どうやら俺の知識は、アンジェリカから借りた本由来だと思われているらしい。実際本も借りているのでまったくの嘘でもない。
「ノア、別の従魔を貸して貰ったのかい?」
ノアと顔を合わせたロビンが、不思議そうに俺を仰ぐ。
ロビンは現在17歳。上背もあり、体つきも恐らく年相応だが、冒険者ギルドに出入りする冒険者と比べると少し頼りなく見える。ジークのほうがもう少したくましいだろうか。
そして俺は、今や生前とほぼ変わらない姿になっている。
レテの村では、俺くらいの体格はどちらかというと「小さい」部類だったのだが、今の時代ではそうでもないらしい。
少し見下ろすような位置にあるロビンの、やや癖のある茶色の頭を眺めつつそんなことを考える。
「ううん、一緒。ルーチェだよ」
ロビンと手を繋いでご機嫌なノアが首を振る。
「え? でも……前はもう少し小さかったような……?」
首を傾げて己の記憶を疑っているようだが、その記憶は正しい。
前回ロビンが来た時は、俺はまだ以前の姿だった。15歳かそこらの、エレンやアリシアと同じくらいの身長だ。村内の女性たちよりも小柄なので、よく性別を間違われていた時期である。まあにょきにょき伸び始めてからはそんなこともなくなったけれど。
「ルーチェは土妖精だもの。どんな姿にもなれるよ」
という『設定』である。
堂々と嘘をつくノアの視線が少しだけ泳いでいたが、ロビンは気付いていないようだった。
「そうなのか……なんというか、不思議だな」
ロビンは「スヴェンから貸し出された従魔」という俺の設定を知っているひとりだ。そして、最近のアレコレを知らないひとりでもある。
この場合どうすべきかと俺が悩むより先に、修道女たちから「隠しましょう」と提案された。
孤児院出身者でありノアが懐いているとはいえ、ロビンは今や外部の人間だ。所属が冒険者ギルドである以上、『炎の剣』同様、ギルドへの報告義務がある。
個人の判断で黙っていてくれたとしても、後から露見した際に報告を怠ったと責められては可哀想だ。
ロビンのためだと周囲に言われ、ノアも納得して頷いていた。
そのため、俺もフードに黒い鳥の仮面を装着して対峙している。まごう事なき不審者だ。
「このお面はどうしたんだい?」
「おすすめされたの。トラブルにまきこまれなくなるよって。それにカッコイイでしょ! 僕もおそろいのお面が欲しいんだけど……」
「ああなるほど、近寄りがたくはなるね。
確かにかっこいいけど……ノアはどうかな? これ、色は違うけど紫毒鳥のやつだよね? ノアには大きすぎるんじゃないかな?」
劇物扱いである俺の顔が隠れればトラブルは回避できるらしいので、嘘ではない。色々説明を省いているだけである。
冒険者の間ではよく知られているのか、ロビンも一目で仮面の正体を見抜いていた。
ちなみに、量産品だからかサイズ違いなどのバリエーションはないようだ。
「そっか……はやく大きくなりたいな」
気落ちした様子でノアが呟いている。仮面つけたさに成長を望むのはどうかと思う。
「すぐに大きくなるよ。しばらく見ないうちに随分背も伸びたし……ああ、それと、冒険者になったんだって?」
「うん! たくさん依頼うけてるよ!」
「すごいなあ、あんなに小さかったノアが冒険者か」
「討伐依頼も受けてるよ!」
「へぇ! それは立派だ。どうやって戦ってるんだい? 剣かな?」
「魔術だよ! 火!」
にこにことノアが答える。小さな胸を反らし、得意満面だ。
ロビンが束の間固まった。
ノアとよく似た緑の瞳が見開かれ、唇がはくりと空気を噛む。
「……魔術?」
信じられないと言いたげな呆然とした声。
そんなロビンの様子にノアは勢い込んで言う。冗談や嘘ではないのだと主張するように。
「うん、これなら大丈夫よって、エレンも言ってた!」
「エレン?」
「あっ、ええと、『炎の剣』の回復術士のひと。前にぼくを助けてくれた人たちなの。魔術のことを教えてくれたんだよ」
「……ああ、あの時の。そうか……うん、よかったね」
ロビンは幾分ほっとした顔で、ノアの頭を優しく撫でた。口元に小さく浮かんだ笑みは、どこか寂しげに見える。
それを瞬きひとつで明るいものに切り替え、ロビンは「それならお祝いだ!」と声を上げた。
「お祝い?」
「冒険者登録のお祝いだよ。幾つか持ってきたからね」
側に置いた彼の荷物の中から、ロビンが取りだしたのは小さな鞄だ。
長方形の、両手のひらに乗るような大きさのそれ。素材は皮だろうか。蓋も本体も濃い茶色で、飾りらしい飾りはない。腰に巻くためのごついベルトが付いており、ちょっとした小物を入れるには便利そうだ。
「魔術鞄。冒険者ギルドとかで見たことあるかな」
ロビンの説明によると、これは魔道具の一種で『魔術鞄』と呼ばれるものらしい。その名の通り、鞄の中に魔術的な細工がされているそうだ。機能としては、容量の増大。
これひとつで、同じサイズの鞄3つ分の容量があるらしい。
雑に放り込むと取り出す際に苦労するので、こまめに整頓するようにと注意されていた。思い浮かべるだけで簡単に取り出せる魔術鞄もあるそうだが、庶民には手が出せない高級品らしい。
ちなみに、鞄の中を覗いても小さな魔石が幾つか縫い付けられているだけで、素人目にはその仕組みがさっぱりわからなかった。
「すごい!」
「はは、喜んでくれたならなによりだよ」
「お兄ちゃんは? お兄ちゃんも持ってるの?」
「ああ、俺も持ってるよ。これとは少し違うけどね」
魔術鞄もまた、他の魔道具同様にピンキリのようだ。店で買えるものの上限は倉庫ひとつぶんほどの容量で、それ以上となるとマリードでは売っていないらしい。
「魔術士を目指すなら、次は魔石がいいかな……」
魔術鞄をためつすがめつして喜んでいるノアを眺め、ロビンがぽつりと零す。
魔石は「お金になるもの」くらいの認識だったので内心首を傾げる。
この場では尋ねようもなかったので、後からローレンに聞いたところ、色々と教えてくれた。
魔石の基本的な用途は魔道具だ。従魔証だったり杖だったり、ともかく色々な魔道具の「動力」として利用されている。魔力収集器に関しては動力というより「器」だが、それも魔石の品質次第なので起動させるという意味での「動力」ではあるのだろう。
そんな魔道具だが、既に製品となっているものを購入するのが一般的だ。
だが、自前の魔石があればそれを持ち込んで魔道具に加工してもらうことも可能らしい。その場合、単純に魔石分の代金を抑えることができる。他にも、直接交渉するから色々とカスタマイズできるという利点もある。
ノアはいずれ杖を買うつもりでいる。魔力収集器付きの既製品のつもりだったが、魔石が持ち込めるなら選択肢が変わってきそうだ。
――というか、魔石とは違うけれど、良く似たものを持っていたような。
まだダンジョンを彷徨っていた頃、泥人形を倒した際に拾ったアレだ。
適当に身体の中に埋め込んだまま忘れていたが、あれから形状も大きさもだいぶ変わってしまった。
変化した際に落とした記憶はないので、どこかに埋まっているとは思うのだけれど。
「ああ、そういえばお守りを持ってきたんだよ。ほら、覚えてるかな、黄色の」
「持ってるよ!」
ロビンの言葉に、ノアがいそいそと布袋を取り出す。確か、琥珀のような黄色っぽい魔石がはいっていたはずだ。
「ぼくのお守り!」
「ちゃんと持っててくれたんだね。新しいのを貰ってきたんだ。教会でちゃんと祝福してもらったやつだよ。ノアを危険から守ってくれるお守り」
ロビンが荷物から小さな巾着袋を取り出す。ノアが持っているそれと同じくらいの大きさだ。
「ぼくもう持ってるよ?」
ひとつあれば十分だと首を傾げるノアに、ロビンが言葉を選びつつ説明する。
どうやらあの巾着袋の中にも魔石が入っているようだ。そして、教会で祝福された魔石というのは特別らしい。特に魔物に対しての守りが強く、高い効果が認められるのだとか。
ノアが今持っている『お守り』はそうした効力のあるものではなく、市井で出回る簡易的なもの――要は、気休め程度の品らしかった。
けれど、と俺はそう遠くはない過去を振り返る。
ノアがダンジョン内に迷い込んだ時、彼は「お守りを握っていたらダンジョンにいた」と証言している。ノア自身にそういった能力がなく、ギルドが知らないダンジョンへの入り口がないとすれば、この『お守り』が関わっている可能性が高い。
単なる気休めのお守りに、そんな力があるとは考えにくい。周囲の人間もそう思ったからこそ、ノアがダンジョンで発見された理由を「攫った連中がダンジョンに置き去りにした」としたのだ。
どうみてもただの綺麗な石ころでしかない『お守り』を眺める。
ロビンが新たに持ってきた『お守り』は、それよりか透明度が高くつるりとしていて、確かに高価そうに見えた。色は薄い青色だ。
ふたつも要らないと渋っていたノアだったが、現れた魔石をみてころりと態度を変えた。
視線が魔石に釘付けである。緑の瞳の輝きが増している。
「きれい」
「だろ? 魔物を遠ざける力があるんだ。ああ、もちろん皆の分も用意してあるからね。これはノアの分だ」
「……いいの?」
「もちろん。そのために教会で貰ったんだから。ノアが持っててくれないと困るよ」
ノアは口元をもにょりとさせながら、躊躇いがちにロビンから魔石を受け取った。
「……ふふ、きれい」
うっとりとした溜め息をついて、ノアがふたつのお守りを眺めている。気に入ったらしい。
魔石を祝福する、という話は初耳だ。
ロビンは教会から貰ってきたと言っていたが、ここではそういった話は聞かない。
やはりここでロビンに尋ねるわけにもいかないので、後で修道女たちに教えて貰ったところによると。
曰く、「魔石への祝福をしているのは一部の教会のみ」。
七天教にはいくつかの宗派があり、それぞれに領分、もとい得意分野が違う。孤児院を運営することが多い『セラータ教会』に、治療院を兼任する『ルフトゥ教会』など、おおまかに分けて7つの宗派がある。
そのひとつである『イスラ教会』が、魔石への祝福を行っている宗派だ。
イスラは戦いと勝利を司る天使であり、冒険者からの人気が高い。道中の安全や依頼達成の祈願が多く、その一環で武器や防具、魔石への祝福も行われている、と。
快く説明してくれた修道女たちは「ルーチェも助修士だものね」とにこにこしていたけれど、その肩書きは怪物が持ってても大丈夫なものなのだろうか。今更だけど。
「また来るよ」
ロビンは他の子どもたちにも『お守り』といくつかの土産を配り、帰って行った。
その後ろ姿をぼんやりと眺め、ふと、兄を思い出した。
俺と3つ違いの兄は、父とよく似ていた。顔は母譲りだったが、後ろ姿など父と見分けが付かなかったほどだ。今思えば、兄は父のようになろうと努力していたのだろう。
父が畑にいけば手伝い、父が狩りにいけば共に並んで戦う。年に一度、町に出かけるときには必ず兄が同行した。そして、土産だといって珍しいものを俺に寄越した。
俺がろくに働けなかった分、兄が倍以上働いていたように思う。
その兄が結婚することになって、何か贈り物をしようと妹と話し合った。妹もちょうど成人になる歳だったから、兄に用意するものとは別に、妹にも何か贈り物をしようと思って。
――そうだ。俺もまた、『お守り』を贈るつもりだった。
とはいえ、行動範囲の狭い俺に用意できるものなど限られていた。
距離的にも体力的にも町には行けないし、当時は教会で祝福したお守りなんてものもない。いや、あったのかもしれないが、少なくとも俺と妹は知らなかった。
だから用意できるとすれば、手作りのお守りで。
材料は、千年蜘蛛の糸と風霧狼の牙、それから虹鳥の実。
どれも濃い魔力を帯びた素材だ。兄も妹も日常的に魔法を使っていたから、補助的な役割を担うお守りならば役に立つに違いないと。
村のすぐそばの深い森ならば、材料は簡単に揃う。折を見て採取すればいいと思っていた。
けれど、そこからの記憶はおぼろげだ。
寝てばかりいたような気がするから、恐らくその頃から体調を崩しがちだったのだろう。
きっとお守りは完成しなかった。
代わりの何かを兄に贈ったのだろうか。
それとも、それすらもできなかったのか。
去って行くロビンの姿に、二度と会えない兄の姿が重なって見えた。




