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3.自分さがしに

 俺は身体が弱かった。

 病弱というよりは、単に体力がない虚弱体質だ。身体を鍛えれば良いと頑張ったこともあったが、筋肉では解決できない類いの体質だったため、早々に断念した。

 少々疲れやすい程度で日常生活には問題なかったし、何よりあまり活発な子どもでもなかったのも理由だ。

 周囲は俺が成人まで生きられないと思っていたようだった。俺自身は、畑に出た害獣をひとりで撃退できる程度には元気だったので、なんだかんだ長生きするに違いないと楽観視していた。

 実際、そんな調子で成人は迎えられた。ただそこからは坂を転がり落ちるように虚弱に拍車がかかり、最近ではちょっとしたことで熱を出して寝込むことが増えた。

 だから記憶に残っているのは、見慣れた天井と寝台、開いた窓の向こうに見える青い空くらい。


 ――正直なところ、もしかしたら、と思わないでもなかった。


 あのまま目が覚めなかったという可能性。

 ある意味、いつ死んでもおかしくなかった俺だ。あの程度の熱くらいでと思うが、体質を思えばありえないとは言えない。

 そうなるとここにいる俺は何なのだろう。死者の国にたどり着けず、迷子になった挙句に魔物に入り込んでしまったのか。

 それはなんだか救えない話だ。

 できることなら、現実はいまも寝台の上で、これは夢だという可能性を信じたい。

 果てしなく長くて、臨場感溢れる夢をみているのだと。

 身体が重くて動きづらいのも、声が出ないのも、熱のせいだと考えれば納得がいく。

 けれど。


 ぐしゃり、と直前まで殺意をみなぎらせていたそれを潰して手を振る。

 頭を失ってぼとりと地面に落下したのは、狼に似た魔物だ。

 鋭い爪と牙、全身を覆う灰色の体毛。普通の狼よりは二回りほど大きく、攻撃手段に魔法が混じることから狼ではなく狼に似た姿の魔物であることが窺える。

 動物は魔法を使わないからだ。

 魔法を使うのは、魔物と人間だけ。生まれつき魔法が使えない人間はいるが、魔法の使えない魔物はほぼ存在しない。

 あたりに漂う血と死の匂いに、顔を(しか)め――ようとして、勝手がわからなかった。

 今、俺の周りには魔物の残骸が散らばっている。群れだったのだろう、同じような狼に似た魔物が複数、身体のあちこちを失ってこと切れていた。

 この惨状を作り出した俺が言うのは何だが、夢にしては凄惨に過ぎる。

 しょっぱな人ひとりを軽く殺したあと、続けざまに三人を殺した。そのうえでこの惨状なのだから、これが夢なら自分の精神を疑う。もしくは呪われているのではないかと思う。

 こんな夢を見るほど、闇を抱えていた記憶はない。まあ幼少期はよくからかわれていたから、その頃なら多少いろいろ抱えていたかもしれないが。

 ともかく、早いところここを離れよう。

 周囲を見回して、倒し損ねた個体がいないことを確認し、歩き出す。

 一歩踏み出すごとに、重心が定まらずふらふらと不安定に揺れる。

 まるで歩き始めたばかりの幼児のごとく、うまくバランスが取れなくてもどかしい。

 今俺が歩いているのは、朽ちかけた石畳の道だ。

 道の左右には同じく朽ちて崩れた壁があり、道幅はおよそ大人三人分ほど。頭上は空ではなく、同じく石造りの天井が広がっていた。

 白っぽい石の表面には(つた)が這い、崩れた壁からはねじれた樹木が枝葉を伸ばしていた。壁の向こうは外なのかと思う光景だが、残念ながら向こうも屋内らしい。

 崩れた箇所から覗いてみたら、こちらと大差ない通路が見えた。なんだろう、迷路のような構造になっているのだろうか。


 あのだだっ広い一人部屋から出てみたはいいものの、先ほどから同じ風景が延々と続いている。

 脇道というか、横に伸びた道はいくつもあるのだが、その先も同じような状態にみえたため、ひとまずまっすぐ進んでいる。

 そして脇道から飛び出してくるのが、こういったよくわからない魔物たちなのだ。

 獣の形をした魔物はそれなりに見たことがあったが、ここの魔物は少し違う。

 普通、魔物の死体はそこに残る。

 毛皮や肉、骨などの素材が目当てで狩ることもあるくらいだ。

 だが、ここで出会う魔物はすべて死体が残らなかった。死体となってそう幾ばくもしないうちに溶け崩れて、跡形もなく消えてしまう。流した血すら溶けるように消えていくのだから、幻覚の類かと疑ったくらいだ。

 事実、ここに至るまで狼のような魔物をはじめ、蛇や昆虫、鼠――すべて()()()だが――を散々屠ってきたが、背後の道は残骸ひとつないキレイなものである。

 つい今しがた屠ったばかりの死体も、いつの間にか消えている。

 なんとも不気味な状況だが、大人しく怯えてもいられない。

 ここの魔物は揃いも揃って非常に血の気が多いのだ。

 出会い頭に襲い掛かってくるのはまあ、わからなくもない。驚愕や混乱が攻撃行動を選ばせるのは、動物も魔物も同じだ。だがある程度距離があって回避しようと思えばできる状況なのに、攻撃一択なのは解せなかった。

 この身体は魔物である。しかも「泥人形」なんて呼ばれるほどに、全体的に土。あくまで人間目線だが、とても「おいしそう」には思えない。

 あとは単にこちらを弱者と見做(みな)しての行動だろうか。けれど大抵が一撃で片がつくので、むしろこちらが弱いもの虐めをしているような気になる。

 こんなに戦力差があって、それを理解できないほど魔物はバカな生き物ではなかったはず。


 そんなことをつらつら考えながら、またしてもどこからか飛びかかってきた魔物を勘で避ける。

 横切っていく長い体をつかみ、そのまま地面に打ち付けた。

 無惨に潰れたそれが事切れたのを確認して、適当に放り捨てる。風を切って飛んでいったのは、蛇に似た魔物だ。森にも街にも馴染みそうにない、派手な体色をしている。

 進行方向に立ち塞がる魔物を右へ左へ適当に捌いているが、別に確固たる目的があって道を選んでいるわけではない。

 最初にあの部屋を出ようと思ったのは、室内の惨状に気が滅入ったからだ。外の空気でも吸えば気分が良くなるかなと思った程度の動機でしかない。

 いざ出てみればそこもまたどこかの屋内で。ならばと外に出る道を探した。見える範囲にそれらしい手がかりはなく、考えた結果、先人の足跡を辿ることにした。

 つまりは、最前まであの部屋を覗いていた彼らの後を追うことにしたのだ。

 どこに通じているかはわからないが、彼らの様子からして帰還するルートだと思う。人が帰る場所といったら大抵の場合は人がたくさん居る場所で、街であり村であり、家だ。

 まあ、彼らの家が山奥とかだったらもう諦めるしかないのだが。

 もちろん、この姿で人里をうろつくべきでないこともわかっている。まだ夢である可能性を捨ててはいないけれど、現実だったら間違いなく討伐対象だ。

 ただ人の姿をみて安心したいだけなのだ。

 街や村、欲を言えばレテの村が見えれば。もしくは村に通じる道だけでも見つけられたら、それで十分だ。現在地を把握して、いつでも帰れるのだとそう思えたら。


「あ~あ、気が重いな」


 不意に聞こえてきた人の声に足を止めた。

 周囲を見回して、すぐそこの脇道の向こうに人がいることに気付く。飛びかかってくる魔物の気配はすぐに気付けていたのに、これは全く気付かなかった。

 話し声に気付かなかったらそのまま普通に通過してしまっていただろう。

 壁に身を寄せ、聞き耳を立てる。俺の身体は土なので、多少角からはみ出ていたとしても気付かれないはずだ。

 そうしてこっそりと声の方を窺うと、思ったよりも遠くに4つの人影が見えた。


「仕方ねぇよ。こういう仕事だ」

「わかってるよ。……けど、こういうのは慣れるもんじゃねぇだろ」

「おい、飲み過ぎるな。あとは上層だからって気を抜くと死ぬぞ」

「うるせぇな。俺はこれくらいじゃ酔わねえんだよ」


 どうやら酒を飲んでいるらしい一人を、周りが宥めているようだ。声からして、あの部屋を覗いていた人たちだろう。


「そういや『雷光の矢』はどうした」

「あいつらはもうとっくに帰ってんじゃねぇか。逃げ足速かったろ」

「下手したら俺らも死亡扱いになってるかもな。待ってたけど戻ってきませんでした~とかって」

「あいつらと組んだパーティー、必ず一度は死亡報告されてんだよ」

「まあ今回に限っては信憑性高いからなあ……挑んだのがあの"泥木の王"だしな」

「あー……けどよ、ちょっとおかしくないか」

「何?」

「ギルドの情報。"泥木の王"っつーと、デカイ上にグロいって評判のボスだろ」


 そういえば、俺が殺してしまった三人も似たようなことを言っていた記憶がある。

 ギルドで聞いた情報と違う、と。

 魔物関連でギルドというと、討伐ギルドだろうか。素材の売買や討伐依頼の仲介、魔物に関する情報も扱っていたはずだ。村にはなかったが、近くの街に支部があった気がする。

 彼らはそこで情報を買って、或いは討伐依頼を受けてここにきたのだろうか。

 流れから言って、討伐対象は俺、もといこの魔物のようだが。

 それにしても、と俺は自分の身体を見る。

 ただの土の塊だ。目測でしかないが、人より大きいのは間違いないだろうし、腕がやたら長いという不安定なフォルムは不気味かもはしれない。あと頭部の顔が適当すぎるのも不気味さを助長するだろう。

 けれどやっぱり、ボスというには……貫禄が足りない気がする。

 ここに来るまでに散々襲ってきた狼の魔物のほうがずっと強そうに見える。まあ実際は俺のほうが強いようなのだが、それでもボスというには物足りないような。

 彼らの情報、間違ってやしないだろうか。


「今回は収穫なしだな」

「仕方ねぇよ。命あっての物種だ。上で幾つか魔石拾えば酒代くらいは出るだろ」

「酒代じゃなあ。いい加減防具も替えてえんだが」

「防具って全部か? そんなの魔石50個あったって無理だろ」

「だから泥木の王なんだよ。全員で山分けしても余裕で足りる」

「そりゃあな。独り占めすりゃ家でも買えるからなあ」


 困惑している間に、彼らは別の話題に移っていた。

 魔石は魔物から摂れる、その名の通り"魔力が貯まった石"だ。魔物は人間よりも魔力に親和性が高く、それ故に身のうちに魔力が溜まってしまうのだと言われていた。

 とはいえ、そうやって魔力を溜め込むのは魔物でもごく一部。強かったり長生きだったりといった個体が稀に抱えている程度らしい。

 そのため、魔石は高級品だった。村では目にする機会なんて殆どなかったし、幼少期に一度だけ見たそれは小指ほどの大きさの石で、一家五人の半年分の食費が賄える価値があった。

 それが50個もあって防具が揃わないとは。

 彼らの防具が高価なのか、魔石の価値が違うのか。

 にわかにここが村とは遠く離れた地である可能性が高くなった。近隣の街はさほど貨幣価値の違いはないから、もしかしたら違う国かもしれない。

 隣国だろうか。それとももっと遠いどこか? できれば歩いて帰れる距離であってほしい。


「さて、そろそろいいか」

「そうだな。早いところ帰りてぇ」

「上の罠はどうなってる? モンスターの種類も同じか?」

「地図に変化はない……行きと同じだな。モンスターはまあ、戻ってみねぇとわからん」

「じゃあ行くか。魔道具起動しとけ。まったく毎度ながら厄介な場所だぜ、ダンジョンってとこは」

「それで稼いでる俺らがいうことじゃねぇだろ」

「違いねぇ」


 カラカラと明るい笑い声が響いて、彼らの声が遠くなる。

 彼らがいるのは脇道の突き当たり。俺がいるこの場所と大差ない石畳と壁に囲まれたそこは、けれども床に何カ所か杭のようなものが突き立てられていた。どんな仕掛けなのか、ぼんやりと青く発光している。

 そして、彼らの奥に闇が丸く口を開けていた。

 あれは恐らく、出入り口だ。

 闇の向こうは何も見えないし扉らしいものもないが、感覚的にあの向こうが()()場所だとわかる。

 かといって外かと言われるとそれも違う気がするので、彼らが言う()にもここと同じようなよくわからない通路があるのだろう。

 いや、そんなことよりも。

 彼らは『迷宮(ダンジョン)』と口にした。

 迷宮(ダンジョン)の存在自体は、以前、噂話で聞いたことがあった。

 曰く、命の危険があるものの一儲けできる場所。一晩で一生分の稼ぎだとか、家を新築できたとか、とにかく一山当てたい人間にはうってつけの場所だと言われていた。あとは何が何やらさっぱり理解不能な場所だとも。

 まさかここは、ダンジョンの中なのだろうか。

 そう考えれば、ここで出会った人々の行動にもある程度合点がいく。

 彼らは情報を買って、大金を稼ぐためにダンジョンに来たのだろう。あの口ぶりからするに、ダンジョンの魔物は魔石を抱えやすいのかもしれない。――死体はすべて消えるのだけれど、どうやって回収しているのか。

 これまで倒してきた魔物からは魔石を拾えなかったのだが。

 ぽかりと口を開けた闇の向こうに、人影が消えていく。

 ()もまたダンジョンのどこかなのだろう。きっと外はその先。

 後を追えば、俺も外に出られるかも知れない。

 そう思い、人の気配が消えてからそこへ近づいてみたが、途中で足が止まった。

 地面に突き立てられた杭の手前から、どう頑張っても足が進まなかった。見えない壁が存在しているかのように、一定の距離から近づくことができない。

 彼らが(くつろ)いだ様子だった理由がわかった。

 ここは人間にとっての安全地帯で、魔物は入れない場所なのだ。

 明確な拒絶が、存外堪えた。わかっている。この身体は間違いなく魔物だし、客観的に見たらどうしようもない化け物だ。

 ただ、『俺』は人間だ。何の力もない村人で、まったくの善人ではないにしろ悪人でもない。こんなことになってしまってから感情が鈍くなったような気はしているが、それだけ。

 俺はまだ、人間なのに。

 なんの因果か、見知らぬどこかのダンジョンでボス扱いの魔物として徘徊している。

 ああ本当に。

 悪い夢であってほしい。


 

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