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34.ひとらしさ

本文の最後にルーチェのイメージイラストを載せています。

あくまで作者のイメージですので、小説を読む上でのちょっとした参考にして頂ければと思います。

苦手な方はスルーして頂けると。

 きれい、と言われた言葉を脳裏で繰り返す。

 いくらノアが少々変わった感性を持っているとはいえ、あののっぺりとした泥人形の顔にその表現は使わないだろう。

 目については綺麗と褒められた記憶があるけれど、わざわざこの場面で言うことでもない。

 脳内で疑問符を大量生産していると、それがノアにも伝わったようで、興奮した様子で説明してくれた。


「えっとね、お目々が前よりずっときらきらしてるの。それからお鼻もおくちも、ええと、先生たちみたいなかんじ! きれい!」


 それはつまり、より人に近くなっていると受け取っていいのだろうか。きらきら、はよくわからないが、水分量が増えたとかそういうことかもしれない。


「うん、ひと!」


 大きく頷いたノアに、密かに安堵する。泥人形形態になっていないならもうなんでもいい。


「……ひと、なあ……いやでも、まじかこれ」


 再起動したジークが呆然とした顔のままぶつぶつと呟いている。

 そんなジークを見遣って、エレンとアリシアが互いの顔を見合わせている。少しではあるが、彼女たちとは距離がある。このくらいの明るさでは、こちらの微妙な変化まではわかりづらいようだ。


「ジーク? ノアは大丈夫なの?」

「怪我されてるようでしたら私が治しますよ~」

「いや、ノアは大丈夫だ、たぶん。なんかあったわけじゃなくて……いや、あるにはあるんだけど……二人ともちょっとこっちに」


 歯切れ悪く応じたジークが、不思議そうな二人を手招く。


「ルーチェをよく見ろ。俺の幻覚じゃねぇよな?」

「ルーチェですか~?」

「幻覚って、またまた……」


 ジークの隣に並んだ二人が、俺を見てがちんと固まる。既視感。


「だよな、そうなるよな。よかった、俺、正常だわ」


 目をやられたかと焦った、とジークが笑う。


「……えっ、え~? あれ……えっ、ほんとにルーチェ? 他の冒険者とかでなく?」

「はわ……」

「ここに来た時他の冒険者なんていなかっただろ。ルーチェだぞ、なあノア」

「うん」


 にこにこのノアが肯定し、アリシアとエレンが挙動不審になる。いや、挙動不審なのはアリシアだけだ。エレンは俺を見たまま動かなくなった。大丈夫か。

 ノア曰く「ひとらしい」のだが、彼らの反応をみていると不安になってくる。

 元の泥人形の姿を思えば驚くのもわかる。わかるけれど、俺に関してはもはや今更だしここまで過剰な反応をされてしまうと、何かおかしなところがあるのではないかと勘繰ってしまうのだ。

 ノアの言葉を疑うわけではないが、「ひと」とはどのくらい標準的な「ひと」なのか。

 かつて泥人形状態の俺に向けて「いいひと」と言い放ったノアの言葉が脳裏を過ぎり、途端に発言の信憑性が怪しく思えてきた。

 さすがに自分の目で確かめたい。かといってここで『目』を移動させたら、彼らがさらに混乱しそうな気がするので、できれば鏡になりそうなものを手に入れたい。


「かがみ? ルーチェも気になるの?」


 俺の焦りがノアにも伝わったらしい。

 全力で肯定すると、ジークたちが鏡代わりになるものを探してくれた。

 そうして渡されたのは、ジークの剣だった。

 渡されたというか、向けられたというか。膝をついている俺と、その正面で剣先をこちらに向けるジーク。構図としては、泥人形の首を今まさに刎ねようとしている冒険者、といったところか。


()いたけど、どうだ? 映るか?」


 モンスターは死体が残らないため、どれだけ血を浴びても時間と共にそれらも消失する。そういった意味では武器や防具は傷まないのだが、攻撃を受けた際の傷、摩耗などはそのまま残るのでまったくの無傷とはいかない。

 鮮やかにモンスターを(ほふ)っているように見えた彼らの防具も、ところどころ汚れ、傷ついている。それはジークの剣も同様だ。

 きらりとカンテラの灯りを跳ね返すそこに、無数の薄い傷と僅かな曇り。

 それでも村にあった古い鏡よりは十分に鏡の役目を果たせるだろう。

 構図の不穏さからそっと目を背け、鏡代わりの剣を覗き込む。


 青と金色の瞳。

 額にかかる前髪は白っぽい灰色。

 以前よりも立体感が増した鼻と口。

 よくみれば、睫や眉などの細部まで作り込まれている。

 あれほど苦労した人肌っぽさもうまく再現されていた。そっと唇に触れてみると、中身が土とは思えない弾力を返してきて驚く。

 結論、人っぽい。


 ――というか、これ『俺』では。


 細部を確認して「人っぽい」と安堵したところで、はたと見覚えがある顔だと気付いた。

 見覚えがあるはずである。記憶の上ではつい最近まで、毎日鏡で見ていた顔なのだから。

 色こそ違えど、生前そのままの俺の顔。

 なぜ、と思うも、すぐに理由に思い至る。きっと、一番馴染んだ姿を形作ったのだ。

 原因やきっかけはともかく、仮に自分で「人らしい」姿を作るとしたら、やはり自分の記憶を参考にする。もちろん同じ顔にはしないし、なんならもう少し理想像に近づけた容姿にするだろうけれど、それでも馴染んだ姿に近づくはずだ。

 即ち、もっとも長くみてきた「ひと」の形である。

 まあ、かつてと同じ顔ならそれはそれで安心である。なにしろこれで17年間生きてきたのだ。自信があるわけではないが、少なくとも化け物ではないと思う。さすがにこれで指をさされるようなことはないはずだ。


「あんしん、した?」


 聞いてきたノアには肯定を返して、ジークを見遣る。

 目が合ったジークは、軽く目を見張ったあと、やや険しい顔をして剣を引いた。微妙に機嫌が悪そうだ。不快になる要素がどこにあったのかわからず、首を傾げる。


「ノア、こいつがこんな感じになってんのっていつからだ?」

「こんな……ええと、さっき?」

「手を突っ込む前からか?」

「ううん。えいって入れて、ジークにおこられて、痛くないよって……ルーチェ見たら、きらきらしてたの」

「じゃあホントにさっきだな。なんでこうなったかわかるか?」

「わかんない」


 何が問題なんだろう、と言わんばかりのキョトンとした顔で、ノアが首を振った。普通に驚いていたので、ノアが意図したことではないだろう。


「ルーチェは」


 当然のように尋ねられたが、わかるはずがなかった。恐らくノア以上に俺のほうが驚いているし、これが異常事態だという自覚もある。

 心当たりはない、という意味で首を振って答える。


「当事者がわかってねぇと。……うーん、エレン、わかるか」

「……」

「エレン? おーい、大丈夫?」


 エレンの肩をアリシアが控えめに叩く。エレンはどこかぼんやりした様子でこちらを見ていたが、どうやら本当に心ここにあらずだったらしい。バシバシと叩かれて、我に返ったようだった。


「あっ、大丈夫、大丈夫です~すみません、すこしぼんやりしてしまって~」

「まあ、わかるわよ。アレはちょっと刺激が強いもんね」

「いえあの、驚いてしまって~その、天使さまがいらっしゃったのかと……」


 そんなはずないですよね、と恥ずかしそうにエレンが答えている。

 天使とは七天教の崇拝対象のことだろう。七人いるという話だったが、俺が知るのは修道院に彫像がある『セラータ』くらいである。背中に一対の翼を備えた、成人女性の姿をしていた。

 ここにいる誰にも合致しない特徴だ。可能性としてはアリシアだが、エレンは彼女を見ていない。

 他の天使がこの中の誰かと似た風貌であるとして、次点でありそうなのはノアくらいだろうか。

 そう思って近くにいるノアをしげしげとみる。

 ふわふわの金色の髪に、緑色の宝石の目。出会ったころと比べれば、少し背が伸びただろうか。相変わらず痩せ気味ではあるものの、頬はふっくらと、まろい曲線を描いている。

 ひいき目は自覚したうえで、十分に愛らしい子どもだと思う。ただ、天使を幻視するほどかと言われるとちょっと首を傾げてしまうのだが。それとも、幼い身目の天使もいるのだろうか。


「ノアじゃなくてお前だぞ」


 呆れたような声が降ってきた。

 俺? なんで?

 本気で意味がわからずにジークを見返すと、すっと視線をそらされる。さきほどからジークの挙動がおかしいのだが。


「くっそ、調子狂うな……お前なんでそんな顔になってんだよ……」


 ジークには俺の顔は不評らしい。

 ほぼ生前の顔のままなので地味に傷つく。そう酷い顔ではないと思っていたのだが、2000年の間に美醜の感覚はだいぶ変わったのだろうか。


「ルーチェはきれい……えっと、びじんだよ?」


 俺の困惑を感じてか、ノアが言う。

 そのちいさな手がぺたりと俺の頬に触れて、「あったかい」と目を丸くする。


「え、体温まであんのか? あったかいって、」

「んっとね、ルーチェ、おてて貸して?」


 言われるがまま、手を差し出すと、ノアは俺の手をとってジークへと向けた。


「はい。触ってみて」

「え」


 いや、俺の許可は。

 そんな俺の内心もジークの動揺も気付かぬ素振りで、ノアはなおも促す。動かないジークを不思議そうに見上げ、「ルーチェは噛まないよ」と見当違いの気遣いをみせた。


「いやそれは心配してねぇけど……あー……じゃあ、ちょっと握るぞ、いいな?」


 ジークがおずおずと手を出して、俺に確認しながら触れてくる。

 指は震えてはいないものの、緊張に強張っていた。骨張った手が俺の手を軽く掴んで、束の間止まる。


「……人肌の温度だな……っていうか、土じゃなくねぇ……? 骨がある気がするんだけど……」


 しっかりと握って、次いで指を確かめるようににぎにぎとされる。


「この固いの骨だよな……筋肉もあるのか……?」


 困惑顔で俺の手を握ったり撫でたり押し込んでみたりと、当初の躊躇いが嘘のように好き勝手に弄っている。

 というか、骨?

 土でできているのは間違いないので、骨だとか筋肉だとかは存在しないはずなのだが。

 ノアも温かいと言っていたし、もしや顔以外も変化しているのだろうか。

 改めて、弄られていないほうの手を見る。

 修道女たち監修のもと懸命に練習したときよりも自然な、「ひとらしい」手があった。

 つるりとした爪に、関節、手の甲に浮かぶ筋。皮膚の下に骨や筋肉の存在を感じさせるような、精巧なそれ。

 思わず自分でも、ほんとうに土なのかと疑ってしまったほどだ。

 ついでに軽く前を合わせただけの身体を見下ろす。服はあくまで、中身が土塊なのを誤魔化すためのものだ。なので中身が少々(いびつ)でも問題ないように、少し大きめのものを着ている。

 そのサイズ感は変わりないが、こうしてみるとなんとなく()()がきちんと纏まっているように感じた。ひとの形になっていると言えば良いのか、ちゃんと骨や肉が備わっているような印象を受ける。

 だが、そう()()()だけだ。

 外見がどうなろうと、中には土しか詰まっていないということは、俺自身の実感として理解できてしまう。腕を落せば、切断面から覗くのはただの土だ。血も肉もない、人の形を模しただけの土の塊。

 ――泥人形はひとにはなれない。


「お前ほんとにルーチェだよな?」


 通りすがりの冒険者とかでなく、とジークが再び血迷った事を尋ねてきて、思考が中断された。

 冒険者(ジーク)怪物(おれ)に惑わされてどうするのか。

 ずっと目の前にいただろうに、という意味を込めてしっかり頷いてやった。お望みなら腕を落として証明してもいいが、さすがにそこまで良識は捨てていない。

 ジークだけならともかく、アリシアやエレンに猟奇的な光景をみせるわけにもいかないだろう。

 ノアの教育上にも良くないはずだ。……けろりとしていそうな気もするけれど。


「たぶんですけど~従魔術が関係しているんじゃないでしょうか~」


 こちらのやりとりを眺めながら考えていたらしいエレンが、ぽつりと発言した。


「従魔術……ノアがなんかしたってことか?」

「ぼく? 何もしてないよ!」

「いえ、ノアさんがご自分の意思でしたというわけではなくて~」


 ノアの無意識の行動が、従魔術の発動のきっかけになったのではないかとエレンは言う。

 そもそも従魔術は魔物を一方的に従わせる術であり、術者の命令は絶対の強制力を持つ。そこに魔物の意思は介在せず、術者の命令を忠実にこなす()()となるのが、従魔術の一般的な認識だそう。

 ところが、ノアは「命令」をしない。

 俺自身がそういった強制力を感じたことが一度もないので、間違いない。

 それはきっとノア自身の性格や考え方のせいだけでなく、俺とある程度意思疎通ができていることも原因なのだろう。

 話が通じるのなら、「命令」せずとも解決する問題は山ほどある。

 その結果、「命令」にも満たないちょっとした願望や羨望などが「強制力の伴わない願い」として俺に伝わったのではないかというのが、エレンの意見だった。


「ノアさんがなんとなく”こうだったらいいな”と思ったこと、ルーチェさんがそれを”嫌だ”と思わなかったこと、他にも色々な条件が偶然重なって、発動してしまった……という感じではないでしょうか~?」


 あくまで私の想像ですけれど、と自信なさげにエレンが締めくくる。


「……ぼく、ルーチェに嫌なお願いしちゃったのかなあ……」


 今までの姿も好きなのになんで、と眉を下げたノアに、周囲が慌てはじめた。


「違うぞ、言っただろ、無意識なんだって。無意識ってのはノア自身も知らないことなんだ。絶対にお前が悪いんじゃない」

「そうよ。無意識ってタチわるいのよ! ジークだって付き合ってた彼女に無意識で違う名前で呼びかけちゃって修羅場になったんだから」

「おい、今それ関係ないだろ?!」

「あの時めっちゃ笑った」

「ノアさん、違うんです~ノアさんのせいというわけではなくて、むしろ従魔術のせいというか……そもそも私の勝手な想像なので、私が悪いというか~」


 ジークの過去がばらされている横で、エレンが余計なことを言ってしまったとあわあわしている。

 だが、俺は少しすっきりしていた。

 従魔術についてはエレン以上によくわかっていないのだ。その術が勝手に気を回した結果だというのなら納得できる。

 責任を感じている様子のノアには悪いが、俺はまったく気にしていない。

 ひととかけ離れた見た目になってしまっているのならまだしも、ひとに近づいているぶんには問題ないのだ。この姿ならば、今までみたいに隠すのに苦心しなくても済むし、堂々とノアの隣を歩ける。

 これで身体の性能、もとい、動きの鈍さも解消されてくれれば万々歳だ。もしかしたら剣を振るうこともできるかもしれない。


「……嫌じゃなかった?」


 俺の少し浮ついた気持ちが伝わったのだろう、ノアが窺うように俺を見る。

 嫌なものか。エレンも言っていたではないか。「嫌だと思わなかったこと」も条件のひとつだったのではと。

 突然の変化に戸惑ったことは否定しないが、この姿がこれまでのように楽に維持できるなら何も問題ない。「これならどこにでも行けるからむしろ歓迎」という趣旨を伝えたら、ノアがふにゃりと笑った。


「そっかぁ……うん、いっしょだもんね」


 俺のひとらしくなった手を握って、ノアは嬉しそうに頬を染める。


「え、なんかまとまった?」

「……解決してるな」


 やいのやいの言っていたジークたちが、にこにこ顔のノアをみてほっと息をついている。

 とはいえ、結局のところ原因は不明である。エレンの意見は俺にとってはそれなりに納得できるものではあるが、発動条件もきっかけもはっきりしていない。そもそも従魔術由来かどうかも疑問が残っている。

 つまり、単純に泥人形(おれ)自身の変異である可能性もゼロではないのだ。それにしたところで、やはり発動条件なり原因なりが不明なままなのだが。

 まあ、この程度の結果で済むのなら、別にそう気にするものでもないだろう。

 結果的に俺としては得をするし、ノアに悪影響がないなら言うことはない。


 そんなことより、いつまでも握られたままのこの手はどうすればいいのか。

 特にジーク。

 思い切り振り払ったら腕がもげそうで怖いので、自主的に気付いて放してほしいのだが。








↓以下イメージ絵

※衣装は作中のものとは違いますが……

挿絵(By みてみん)


リニューアルしたルーチェ。

挿絵の衣装はちょっと良い感じに盛ってしまったので、こう……いつかこんな恰好するかもなって感じで流して頂けると……ちなみに、フードなしverもあります。

次話かその次あたりで他視点が入る予定です。


よろしければ、評価(↓の☆)やご感想など頂けますと大変励みになります。

一言、「面白かった」だけで十分です。長文は更に大歓迎です。

お手数をおかけしますが、作者のメンタル救済&モチベーション維持のためによろしくお願いします。

こちらでコメントしづらいという方は「ましゅまろ」(Xの固定ツイ)もありますのでよろしければ。

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― 新着の感想 ―
ストーリーの流れもキャラの感じも好みすぎます…!! 美人な従魔最高です! 他視点のお話も好きなので、次の更新を楽しみにしてます!
更新ありがとうございます! ノア君の優しさが良い!フードなしverも見ました! 絵バチくそに良いですね!
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