32.ダンジョン探索と泥人形
俺たち、もとい『金色の羽』の冒険者活動は地道なものだ。
配達や清掃を中心に、町の中で完結する軽度の依頼ばかりである。
一般的には駆け出しの冒険者が受けるものであり、ベテランには敬遠される依頼だ。最低ランクから受けられる依頼だけあって報酬が低く、ランクアップ時の点数にもなりにくい。
冒険者のランクは、一定の点数を満たすことで段階的に上がる。依頼の達成率や内容によって適宜与えられるそれらは、ギルド内の秘匿情報として扱われており、冒険者側が詳細を知る術はない。ただ、達成困難な依頼ほど得点が多いことは周知されている。
そのため、冒険者はこぞって討伐依頼を受ける。討伐対象は危険度やランクがわかりやすく記されているため、"困難"かどうかの判断がしやすいのだ。
だが、ノアには討伐依頼を受ける許可が下りていない。
ギルドの許可ではなく、孤児院の修道女たちからの許可である。
ちなみにアンジェリカは、それについては可とも不可ともいわず、困ったように微笑んでいた。彼女は俺たちの事情を知っている。ノアが討伐依頼を受けたとして、いざとなれば俺が代わりに倒すとわかっているはずだ。俺はノアの従魔で、俺自身がある意味ノアの『武器』なのだから。
泥人形の強さのほどはわからないが、魔法も駆使すれば多少は役に立つだろう。
だからきっとアンジェリカはそこまで心配していない。ただ修道女たちの意見と、ノアの幼さ、一般的な常識に照らし合わせた結果、「まだ」と判断されただけだ。
その判断にノアも意を唱えなかった。もちろん俺も。
確かに、報酬だけみれば早々にランクを上げたほうが良いこともわかる。ノアが欲しがっている杖を買うにはそれなりのまとまった額が必要なのだから。
けれど、ノアはまだ6歳。
いずれそうなるとしても、現状はまだ生活のための冒険者活動ではない。安全に、無理なく経験を積めればそれで良い。
ノアの内心はわからないが、少なくとも俺はそう思っていた。
「とりあえず前と同じとこまで下りるか」
「ここからはノアもじゃんじゃん魔法使ってね」
「ちゃんと援護しますからね~」
ジークたちの言葉に、ノアが満面の笑みで頷いている。
今日は『炎の剣』と一緒にダンジョン探索に来ていた。
おなじみの『石棺の迷宮』、マリードダンジョン。そろそろ中層に移動するための転移門にさしかかるあたりだ。
Eランクの俺たちは単独でダンジョンに入れないため、『炎の剣』に引率してもらう形である。
ダンジョン探索は、討伐依頼に次いで稼げるとして冒険者には人気だ。
依頼は相手ありきなので色々と制約が多い。その点、ダンジョンは自らの都合で探索でき、内容によってはランクアップの点数にも加算される。報酬はダンジョンから回収した魔石などの様々な素材、それらを売買することで得る。
一番の欠点は安全性が著しく低いことだが、ダンジョン探索で生計を立てる冒険者も多いのだとか。
正直なところ、俺はダンジョンに興味はない。
目覚めてからこちら散々徘徊させられた場所である。陰鬱でとにかく魔物が鬱陶しかった思い出しかないのだ。
なので、ランクアップして正式に探索許可が下りてからでいいと思っていた。何ならノアが成人してからでも十分だと。
だが、ノアは違ったようだ。
子どもらしい純粋さで「ダンジョンでの冒険」に憧れているし、「ちゃんとした」戦闘をしてみたいらしい。
勿論、修道女たちから討伐依頼を止められている理由も理解している。
ただ、元々そのために魔術の練習を頑張っていたのだから、どこかで力試しをしてみたいと思うのは当然の心理だろう。
同じオトコノコとしてはとても理解できるので協力してやりたいところだが、反面危険なことはさせたくない。
試し打ちなら町の外で雷兎あたり、と考えていたところに、ジークが「久々に一緒に行くか?」と話を持ちかけてきた。
ノアは、諸手を挙げて大喜び。
ダンジョン探索が決定した瞬間である。
ありがたい申し出とわかっているが、内心舌を打ちたい気分だった。余計な事を。
ダンジョンなんて魔物が群がってくる無法地帯だ。町の外のほうが格段に安全な気がするのは俺だけだろうか。
「がんばる!」
俺のハラハラなど知らぬげに、ノアは元気に拳を握っていた。
まあいざとなったら俺が全部たいらげてしまえばいいか、と開き直ったら少し気分が上向いた。
周囲に広がるダンジョン内部の光景は、相変わらず陰鬱だ。
石畳の床に、朽ちかけた壁と天井。隙間を蛇のように植物の根が張っている。細い路地からは小さな魔物――迷宮怪物の鳴き声が聞こえてくる。
薄暗いが見えないというほどではない、というのはあくまで俺の感想だ。
人間にとっては互いの顔も怪しい暗さのようで、全員がそれぞれにカンテラを持っていた。
ちなみに、ノアの分は俺が持っている。ノアに持たせてたらカンテラの重さによろめいたため、そっと取り上げた。手を繋ぐことで妥協してもらっている。
「あっち! 魔物いたよ! ばんってしてもいい?」
脇の通路をスッと横切った影を目敏くみつけて、ノアがジークに強請る。
モンスターを怖がる様子もない。出会った当初は怯えていたのに、と感慨深く振り返り、そうでもなかったことを思い出した。暗闇に響く断末魔にびくびくしてはいたが、モンスター筆頭である俺の手をがっちり握って離さなかったのはノアのほうである。まあ、俺を人間と誤認していたこともあるだろうが。
ジークに許可を貰ったノアが、声高に呪文を唱えている。
特訓の甲斐あって、淀みなく唱えられた呪文はきちんと効果を発揮した。
鼠のような姿のモンスター――確か『土竜』』――が、短い断末魔を上げて燃え尽きる。
「えっ」
驚きの声を上げたのはノアだけではなかった。
何かあったときの援護にとノアの様子を窺っていたエレンもまた、同じようにぽかんと口を開けている。
「も、燃えちゃった……」
いいんだよね? と不安そうなノアがエレンを見遣り、エレンが慌てて頷く。
「お上手です~! 特訓の成果がでましたね~!」
「ほ、ほんと? ぼくちゃんとできてた?」
「ええ、ちゃんと制御もできてましたし、大丈夫ですよ~。魔術は心を落ち着かせるのが一番大事ですから、この調子で頑張りましょう~」
「うん!」
ぱっと顔を明るくしたノアへ、エレンが優しく微笑む。
「ではリーダーのジークさんに、ちゃんとできましたよとご報告してきてください~」
報告は冒険者の基本ですからね、と促されて、ノアはすぐにジークの元へと駆けて行った。
まあさほど離れてもいないし、ジークもカンテラを持っているから大丈夫かと眺めていたら、エレンの視線が俺を向いた。
「ルーチェさん、ノアさんに気をつけてあげてください~」
そっと潜める声で、エレンが言う。
先ほどノアが発動した魔術は、ごく初歩のものだったこと。本来は、あれほどの威力をもたらすものではなく、この事態はある意味「普通ではない」のだと。
「ノアさんはきっと、普通の方より魔力が多いのだと思います~。魔術士としてはとても良いことですけれど……暴走する危険性もあるんです~」
エレンの危惧に、納得する。
注ぎ込む魔力が多すぎると、魔術という制御から外れてしまいかねない。
これは魔術に限らず、魔法でも同じ事が言える。魔術のように決まった形はないものの、自分の許容量を超えた魔法を発動してしまうと、その負荷に制御の手綱が取れなくなってしまうのだ。重すぎる荷物に身体がふらついて、しまいには倒れてしまうように。
制御しきれなくなった魔法は周囲に甚大な被害をもたらし、術者自身の命をも奪いかねない。
魔法のそれとは違うだろうけれど、ノアの様子を注視しておく必要はあるだろう。
ただまあ、それを怪物の俺に言うのもどうかなと思うのだけれど。
最近、ジークたちも俺の扱いがおかしくなって来た気がする。修道女たち? だいぶ前からおかしいので逆に変に思わなくなってきた。
「よし、ここから中層だぞ」
転移門を抜け、中層へと移動する。
目に入る風景にさほど違いはなく、遭遇する怪物の顔ぶれにもあまり変化はない。
普通のウサギのような外見の『石兎』に、ダンジョンで最も遭遇率の高い『土竜鼠』。冒険者の間ではかなり危険視されている『飛蛇』に、無機物系怪物と言われている『石人形』。
上層で障害となる怪物はこの4種が有名で、中層に移動しても普通に遭遇するため、階層を移動したという実感はあまりわかない。
だが、その襲撃頻度が跳ね上がる。加えてここからは『土狼』というCランク相当の怪物も参戦してくるので、Dランク冒険者にとっては気が抜けない場所になるそう。
「あと泥人形もいる。まあこいつは中層でも奥の方にいるから、そこまでいかなきゃ大丈夫だとは思うけど」
「泥人形……ルーチェ?」
「あー、そうだな……いやでもどうかなあ。俺ら泥人形と戦ったことねぇから」
「適正レベルではあるんだけどね。あ、泥人形もDランクモンスターなのよ。さっきの石人形とか、鼠とかと同じ」
石人形になんとなく親近感を覚えていたが、やはりランクもどっこいどっこいだったようだ。素材の違いだけで、動きや全体的な形はよく似ている。
「泥人形は私たちとあまり相性が良くないんです~」
「正確には俺と相性がよくない。俺の武器はコレだろ? 接近しないとどうしようもないんだが、泥人形、接近するのが一番ダメな対処法なんだよなあ」
「どうして?」
不思議そうなノアに、ジークはちらりと視線を俺へと向ける。そして少し困ったような顔で続けた。
「えっとな、泥人形はすごく力が強い。捕まったらまず逃げられないし、噛みついてくる。暴れても力では敵わないからそのままパクリと食べられちまうのがオチなんだ」
「えっ、食べられちゃうの?」
「……たぶん? ギルドで散々聞かされた」
だからお前はまだやめとけ、と言われてるとジークが締めくくった。
ノアはびっくり眼で固まった後、パチパチと瞬いて俺を見上げた。雄弁な確認の視線に、俺は「知らない」と適当に答えておく。
泥人形の生態はおおよそ間違いではない。俺が以前遭遇した泥人形はそんな感じだった。獲物にのしかかって捕獲し、攻撃の一環として口を用いる。実際に捕食しているのか、捕食行動めいた攻撃なだけで食べてはいないのか、そこはわからない。『土狼』だって思い切り噛みつこうとしてくるが、こちらを食糧とみなしているわけでもなさそうだし。
そもそも「生きていない」らしいモンスターに捕食なんて概念が必要なのだろうか。
などという内心を「知らない」の言葉に集約して伝えると、ノアは「そっかあ」と納得したようだった。
「……ノア、ルーチェはなんて?」
「知らないって」
「知らない……えっ、食われたりはしないのか?」
どうなの? と視線で問われたので、自分以外の泥人形については詳しくないと伝えておく。遭遇したのは一度きりだし、脆かった記憶があるので『力が強い』のもあまり納得できていない。
「まあ土狼も一撃だもんな……うーん、ルーチェの意見はあんま参考にならんか……」
否定できない。
俺にとっては上層も中層も、特別警戒するような場所ではないのだ。何しろ、大抵が腕の一振りで倒せてしまうので。
ただ、ノアやジークたちも一緒なので「腕を振り下ろす」は封印している。他にも、広範囲に影響を及ぼしそうな攻撃手段は使えないため、そういう意味ではそれなりに緊張はしているのだが。
「まあ奥にはいかない方向で。そうだな……様子を見ながらだけど、『王の間』手前くらいまでを目指すか」
「大丈夫かなあ、この勢いでこられたら途中で疲れそうじゃない?」
「土狼がちょっと厄介ですよね~」
やはりCランクはまだキツイ、と零す三人だが、先ほどから襲ってくるモンスターを危なげなく討伐している。こうやって雑談をしながらもきちんと倒せているあたり、彼らの実力もなかなかのものだ。
そんな三人へ、ノアが再び問いかけた。
「『王の間』ってなあに?」
「ああ、ギルドでそういう風に名前が付けられた場所があるんだよ。中層のど真ん中あたりにある、ちょっとした部屋みたいなとこ。この中層のボスがいる部屋だな」
「ボス?」
「『泥木の王』って呼ばれてる怪物さ。泥人形よりずっとでかくて強くて怖いらしいぞ。ま、俺も見たことはねぇんだけどな」
「いやあ、気軽に見に行くようなヤツじゃないでしょ。こないだもパーティーが全滅したって聞いたもの」
「泥人形とは戦い方もだいぶ違うみたいですよ~」
「でいぼくの、おう」
ノアの目が、ふと俺を仰ぐ。
とても身に覚えかつ聞き覚えのあるそれらに、なんとなく視線を逸らした。状況証拠から『泥木の王』と呼ばれていた個体はこの身体だろう。
だが、何かの勘違いではないかと今では思うのだ。
だってボスにしては、あまりにも『弱い』。
俺の常識では、ボスとは他のそれらとは一線を画す強者である。確かに、他の泥人形とは色々違う部分もあるし、狼くらいなら簡単に倒せはするが、いまいち強者感がない。
元々の外見は他の泥人形と大差ない上に、前よりマシになったとはいえ、相変わらず動きも鈍い。
仮にも『王』が付けられている強者として、この「圧」のなさはいかがなものか。
だからきっと、俺はたまたまあそこに紛れ込んでいた普通の泥人形なのだと思っている。本物の『泥木の王』は誰かに倒された直後だったか、それともあの王の間のどこかで眠っているのかもしれない。
「おうさまは強いの?」
「強いぞ。なんせランクはAだからな! 倒しやすいボス、なんて言ってる奴らもいるけどさ、そんなの高ランク冒険者だけだろ。俺らみたいなぺーぺーじゃ死にに行くようなもんだって……って、ああもう蛇うぜぇな!」
ジークの剣が一閃して、飛びかかってきた飛蛇がまっぷたつになる。ぼとりと地面に落下したそれの下には、既に倒された複数の土竜鼠が散乱していた。残骸が消滅する暇もない勢いで、ちょこちょこと襲撃を受けている最中である。
「他のボスと比べたらってやつ。ここはさ、あたしたちみたいなDランクでもなんとか入れたりするから、ある意味ボスに挑戦しやすいんだよね。過去に何回か倒したって記録もあるから、余計みんな勘違いするのよ。ボスはボスだって話なのにさ」
「たおしたの? じゃあいまは誰もいないの?」
「いやいや。今は何代目かのボスがいるだろ。ダンジョンのボスってのは、誰かが倒しても必ずまた復活してくるんだよ。あー復活って言い方じゃアレか。なんていうの、次のボスが用意されてるっつーの?」
「前の『泥木の王』が討伐されたのは、140年くらい前なので~今の王さまはそこからずっと負けなしですよ~」
すごいですよね~とのんびり答えながら、エレンが風の魔術を放つ。飛びかかってきた土狼が煽られてバランスを崩したところへ、ジークの剣が振り抜かれる。
ぱっと散る赤い飛沫に、短い断末魔。
崩れ落ちたそれを一瞥し、ジークはすぐさま次のモンスターへと向かった。
凄惨な光景ではあるが、ノアはけろりとした顔でそれを見ている。むしろ、魔術を使うエレンを真剣な目でみていた。勉強熱心なことである。
「さすがにこう、気を抜けなさすぎるな。土狼がまじで厄介……!」
「ちょっと遭遇頻度があがってきましたね~」
「どうする? そろそろ戻る?」
ちらりと彼らの視線がノアへと向けられる。
ノアは明らかに動きが鈍くなっていた。上層では何度か魔術で攻撃していたが、中層に下りてきてからは殆ど使っていない。使っても、的を外したり見当違いの場所に当たったりと、著しく精度が落ちている。
「ノア、疲れてないか? ふらついたりは? 魔術はどうだ? 発動しにくくなってないか?」
慎重に問いかけるジークに、ノアはふるりと首をふりかけて、視線を落す。
「だいじょうぶ、だけど……」
「うん」
「すこし、疲れたかも」
申し訳なさそうに眉を下げて、ノアが申告する。実際は「少し」どころではないだろうが、ジークたちに心配かけまいと気を回したようだ。
「そうか、ちゃんと言えてえらいぞ。じゃあそろそろ帰ろうぜ。体力があるうちに帰る判断をするのも、冒険者には大事なことだからな。よく覚えとけよ!」
「……うん」
「次はもうすこし早めに帰ろうな。……ルーチェ、ノアを抱えてやってくれ」
途中で寝そうだから、と笑いながらジークがノアの頭を撫でる。
むくれて抗議するノアへ手を伸ばし、丁寧に抱き上げた。「歩けるよ!」と言うものの、早々に落ち着ける位置に納まって身体の力を抜いている。
当人の自覚以上に疲弊していたようだ。
メランは留守番です。
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一言、「面白かった」だけで十分です。長文は更に大歓迎です。
お手数をおかけしますが、作者のメンタル救済&モチベーション維持のためによろしくお願いします。
こちらでコメントしづらいという方は「ましゅまろ」(Xの固定ツイ)もありますのでよろしければ。




