29.肩書き
青天花は見つかっていない。
町の近辺で採取可能だと聞いたのだが、俺たちの行動範囲ではなかなか見つけられなかった。薬草図鑑にも「一般的な薬草」と記載されているのになぜ。
元より、緊急の依頼でもなければ期限を決められているものでもない。実際はノアはまだ町の外に出られるような年齢の子どもではないし、エリアーテも急がないと言ってくれている。
猶予はたっぷりとある。
ただ、ノアがとても張り切っていた。
町の外に出る許可が下りたことが嬉しかったのだろう。未知の世界への興味が小さな身体の中で膨らんで、依頼などなくても飛び出さんばかりである。
もちろん目的は忘れていない。
出かける度にあれこれ採取し、修道女たちにダメだしされるのがここ数日のパターンだ。
肝心の青天花は見つけられないものの、薬草以外の植物を採取することはなくなってきた。
ちなみに以前「植えて」持ち帰った薬草は、せっかくだからとそのまま薬草園の片隅に植え直された。その後順調に葉を茂らせているらしい。
今日こそは目的を果たしたいものだが、と考えながら幾度目かの再挑戦の準備をしていたら。
「今日は冒険者はお休みよ」
パメラから待ったがかかった。
曰く、町の外に魔物が出たらしい。
それ俺のことでは? とちらりとよぎったが、どうやら違ったようだ。
町の外で暴れているのは、『白氷狼』と呼ばれる狼に似た形態の魔物らしい。
白い体毛、氷や水の魔法を使うことからその名がついたそうで、行動も習性も狼に近い魔物だという。ただ、その体躯は狼よりも二回りほど大きく、その分強靱で凶暴。一体であっても数人がかりでの討伐になるそうだ。
基本的に群れで行動する習性があり、町の外に現れたのも10頭前後の群れだという話だった。
「冒険者総出で討伐するんですって。だから二人はお留守番ね」
総出というなら俺たちも該当するのでは、と思ったが、狼の群れの前にノアを出したくないので大人しく従っておく。
討伐作戦が行われるのは3日程度らしい。その間は俺たちに限らず、住民たちも町の外へ出ないように通達されているが、町の外に用があるのは全体のごく一部。大多数の住民にとっては「町の外は怖いな」という程度の認識のようだ。
壁や塀があることで安心感があるのだろうか。多少の塀など、強い魔物が相手ならばあっという間に壊されてしまいそうなものだが。
俺たちに警告するパメラもさほど危険は感じていないようで、どこか他人事感がある。
町の外に魔物が出ること自体は珍しいことでもないのかもしれない。
「かわりに、少しキャロルの手伝いをお願いしてもいいかしら」
「お買い物にいきましょう」
おかいもの、と聞いて、ノアがわーいと返事をする。
冒険者活動の一環で町歩きをすることは増えたし、色々な店を眺めることも増えたのだが"買い物"はまったくといっていいほどしていない。
お金はある。依頼によってそれなりに報酬も貰っているのだから。
だが、いくらしっかりしているとはいえ、6歳のノア自身に金銭の管理をさせるのは不安が残る。
怪物の俺が管理するわけにもいかないし、冒険者ギルドの金銭管理サービスを受けるには年齢がひっかかってしまう。
結果、当面はアンジェリカに預けることになった。
ノアは単純に「あげる」感覚でいたようだったが、アンジェリカにそれはダメだと諭された。
『これはノアが頑張って稼いだお金です。まずは自分のために使うこと』
なくさないように代わりに預かるだけだと言うアンジェリカは、不思議そうなノアに「杖を買うのでしょう」と言った。
その言葉にはっとした顔をするあたり、思い至らなかったらしい。
どうやら杖を購入するために金銭が必要なことは理解していても、いまいち『報酬=自分のお金』という認識が育っていなかったようだ。
『お金がちゃんと貯まるまで私が預かります。貯まったら一緒に杖を買いにいきましょう』
ノアはそれで納得したようで「ルーチェの分も」と頼んでいた。いや、俺は杖要らないんだが。
ちなみに、俺は一応成人した冒険者なのでギルドのサービスを受けられるのだが、さすがにどうかと思って利用していない。ギルマスは俺の正体を知っているので。
よって、俺の報酬はそのままノアに渡している。
それこそ使い途がないので孤児院に入れても構わないのだが、それをアンジェリカに伝える過程が面倒なので黙っている。孤児院の経済状況を気にする魔物とか、普通におかしいだろう。
まあノアの杖が買えてから、いろいろ考えれば良い。
現状、欲しいもののトップが「杖」であるところのノアは、そんな経緯もあって自分で支払うような買い物はまだ経験していない。
キャロルが持ちかけた「手伝い」は、ノアに買い物の経験をさせるのが目的なのだと思う。
俺は単なる護衛兼荷物持ちだ。
外出に際して、俺はいつも通り口元を布で隠す。足元まで覆うローブも、下に着ている衣服もいつも通り。露出を極力抑えた不審者スタイルでノアとキャロルの後を追う。
端から見れば警備兵を呼ばれそうな光景だが、通りすがりにぎょっとした顔をされるのは慣れっこだ。
ただ、思ったよりも注目は浴びていない。依頼でノアと共に町中を彷徨いていたので、見慣れている人たちもそれなりにいるのだろう。
「こんにちは。果物はありますか」
キャロルが声を掛けると、店主は愛想良く応じる。
顔見知りのようで親しげに世間話などをしながら、昨日入ったばかりだという果物を見せてくれた。
「ここあたりは少し値が張るけど、こっちなら銅貨3枚で売れるよ。見た目が悪いだけだからね……おや、今日は可愛らしい連れがいるんだね」
「ええ。教会の子です。普段は冒険者をしているんですけれど今日はお休みで」
「あれまあ、こんなに小さいのに立派なもんだね。ああ、しばらくは外は危ないからね、仕方ないさ。……その後ろのお人も冒険者かい?」
「そうです。最近入った助修士なんですが、一応この子の保護者として」
助修士?
聞き覚えのない単語が出てきて、思わずキャロルに視線を遣る。
キャロルの隣でノアも同じように視線を向けるが、不思議そうに見上げるだけで口は挟まない。ノアなりに空気を読んだようだ。
キャロルはそのまま世間話を交えつつ品物を選び、手早く会計を済ませて店を後にした。
店から離れて暫く、そわそわした様子のノアが「ねぇ」とキャロルに声をかける。
「じょしゅうしって、なあに?」
首をかしげるノアにキャロルは悪戯っぽく笑う。
「助修士はね、修道院でいろんなお手伝いをしてくれる人のことよ。ローレンさんと同じ」
「ルーチェ、護衛だよ?」
「ええ、そう。だけどルーチェは今冒険者でしょ? だから、そういうことにしたのよ」
往来での会話なため、具体的な名称を濁しながらのキャロルの説明によると。
俺とノアは別々に行動することはまずない。冒険者として活動するときも、こうして孤児院の手伝いをするときも大抵は一緒だ。そうなると、場面によって俺の扱いを変えることになる。
つまり、冒険者活動中の俺とノアをみかけても、俺に対して『従魔』のように接するわけにはいかないということだ。
いつかうっかり間違えてしまいそうだという話になり、修道女たちの間で俺のことを『助修士』――ローレン同様、住み込みで雑務を担う宗教関係者とすることにしたらしい。
正直、やってることは変わりないので人間扱いだろうと従魔扱いだろうと差はないのでは? という気がするのだが。
まあ彼女たちが混乱するというのならそれでいいと思う。
だが「正式に本部の教会に名簿登録した」のはさすがに悪乗りしすぎである。
どこの世界に魔物を教会の関係者にする人間がいるのか。……ここにいるな。
その後、あちこちの店で果物やお菓子などを選び、ノアがお金を払うという行動を暫く繰り返した。
購入したものはどれも少量且つ少額で、必需品というわけでもなさそうだ。
やはり、ノアに買い物の経験を積ませるための練習だったようである。
あと、時々判断に迷ったノアが俺にも尋ねてくるので、俺も勉強になった。大体の相場はわかったし、ちょっとした買い物くらいなら俺でもできそうだ。
これを機に、時たま買い出しを手伝うようになった。
もちろん荷物持ちとしてである。
俺の立場は正式に『助修士』になったものの、実態はノアの護衛であることは変わりないため、ノアも一緒だ。
ついでに俺の待遇というか扱いもまた、以前と変わりない。
子守りをしたり荷物持ちをしたり、ちょっとした軽作業の手伝いをしたり……相変わらず俺が魔物だということをすっかり忘れていそうな扱いではあるけれど、まあ今更である。
だから味見はできないとあれほど。
今回は少し短めではありますが……一般的にはこのくらいの文字量が普通なんですかね……?
なお、
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