25.ノアの魔術
更新だいぶ開きましたが、そろそろ再開しようと思います。
ちょっと体調崩して寝込んでました。えへへ……
雑草すらろくに生えていない土の上に、ぽつんと赤い火が燃える。
地面からわずかに離れた空中。当然ながら燃えるような素材はそこにない。
蝋燭のように頼りない炎がゆらゆらと揺れて、ふたつにわかれた。
そこからさらに揺らめく炎はわかれて、四つの炎がくるくると回る。円を描いて小さな炎が踊り続ける。
「できたよ!」
ほら、と得意げに胸を張るのは、頬を紅潮させたノアだ。
「おー! すげぇ!」
「すごい! ジークより覚えが良い!」
「俺と比べるなっつーの! いいんだよ、俺は剣士なんだから!」
「ちゃんと制御できてますよ~魔術は向いているのかもしれませんね~」
『炎の剣』に口々に褒められて、ノアは喜んで両手を挙げた。その拍子に四つの炎が不安定に揺らめくが、散らばったり消滅することもなく、変わらずその場でくるくると回っている。
エレンの言うようにきちんと制御できているのだろう。
あれから、ノアは魔術を勉強することになった。
教師役は『炎の剣』である。
とはいえ魔術をきちんと扱えるのはエレンだけなので、彼女がメインだ。アリシアは多少心得があるようなのだが、ジークに至っては発動すらままならないらしい。
エレンが使えるのは風と光、火の魔術であり、ノアに教えるのは火の魔術のみとなっている。ちなみに、『光』属性の魔術は回復系の魔術のことだ。聖職者が扱う場合に限り『聖魔術』と呼ばれるそうだが、行使する魔術はほぼ同じなのだとか。宗教的な事情が窺える。
魔力を集めるための魔道具――魔力収集器については、ジークが用意してくれた。小指ほどの大きさのペンダント型のものだ。初心者用のものらしく、高価なものに比べれば性能は落ちるそうだが、それでもノアには十分な代物のようだった。
簡単な魔術を発動できる程度にはうまく使えている。
魔道具はどれも高価なものかと思っていたが、実際はそうでもないらしい。駆け出しの冒険者用にと販売されているものの中には、子どもの小遣い程度でも買えるものもあるそうだ。
ただ孤児院にはそんな余裕はない。むしろ、自らの稼ぎを一部、孤児院へと還元している子どももいるくらいだ。
ノアには到底払うアテはなく、出世払いというやつだろうかとぼんやり思っていたが、どうやらアンジェリカが自腹で補填してくれていたようだ。
俺が直接確認できるはずもないので、このあたりはアンジェリカと『炎の剣』のやりとりからの推測である。
というのも、ノアが魔術を学ぶにあたって一悶着あったのだ。
ノアの夢は応援する姿勢の修道女たちだったが、魔術と聞くと途端に難色を示した。
聞けば、過去に魔術の暴走による大きな事故があったらしい。
当時はいまより多くの孤児と修道女、修道士がおり、設備も充実していた。孤児院内には絵本を始め、やや難解な本まで所蔵されていたそうだ。
孤児たちも自由に出入りできたそこに、魔術関連の本があった。ある程度魔術を学ばねば使えないような、初心者向けではないその本を手にした孤児のひとりが、たまたま魔術の素質があったのが不幸だった。
興味を惹かれた子どもは見よう見まねで魔術を使った――使えてしまった。
結果、制御を失った魔術が暴走し、建物の半分が崩壊する大事故に繋がった。『奥の庭』にあった残骸はその当時のものだ。
「誰が悪いとも、魔術が悪いとも思いません。あれは痛ましい事故であり、不幸な偶然が重なっただけ。けれどどうしても、あの時のことが脳裏を過ぎってしまって……」
『炎の剣』に事情を語ったアンジェリカは、そう苦く笑っていた。
「だめですね。歳を取ると怖いことばかりが増えてしまう。……ノアに、魔術を教えてあげてください。彼にはもう従魔術がありますから、きっと他にも適性を持っているはずです。貴方たちが側にいて下されば、私も安心できます」
貴方たち、のところでジークたちだけでなく、俺にまで視線を寄越すのがいまいち解せなかったが、まあ頼まれなくとも見守るつもりではある。
ちなみに当事者であるノアは、他の子どもたちと庭で遊んでいた。陰鬱な事情は大人たちだけで、ということでアンジェリカの執務室で話し合いが行われたのだ。
建前上護衛の俺は、ノアの傍ではなくなぜかこっちに呼ばれていた。確かに中身は成人済みだが、そもそも魔物だということを彼らは忘れてやしないだろうか。
ともかく、アンジェリカからの正式な許可が下りたことで、学び始める前にノアの魔術の『適性』を調べることになった。
魔術は呪文によって魔力を制御し、魔法と同じ現象を起こす仕組みだ。理論上は、呪文さえ正しければどんな魔術でも使えるはずだが、現実はそううまくはいかないらしい。
それは個人の持つ元々の魔力の性質が影響していた。今の世では魔術に利用できるほどの魔力をもたないものの、人の体内には僅かながら魔力が存在している。その魔力の傾向によって「使いやすい」魔術と「使いづらい」魔術があるのだという。
そのため魔術士は、己の「使いやすい」魔術を中心に磨くのだそうだ。器用貧乏になるよりは、特化型の魔術士となったほうが結果的に稼げるらしい。
『俺に素質があったら、大魔術士になって荒稼ぎしてた』
稼ぐ方法なら色々調べてたんだぜ、と残念そうにぼやいていたジークは、魔力が少なすぎて適性が判別不可だったそうだ。
話をきいたノアが不安そうにしていたが、従魔術なんてものを無意識に発動するくらいなので魔力が少なすぎることはないだろう。まあかけられた俺自身、これといった変化はわからないのだが。
『適性』は教会に備え付けの専用の魔道具で調べて貰った。ちなみに適性を調べることも教会の重要な仕事のひとつらしい。
結果、ノアの適性は『火』だった。
ノアは目に見えて肩を落していた。判別不可だったわけでもなし、なぜ萎れているのかと首を傾げていたら、「土がよかった」と零した。
いわく、「ルーチェとおそろいがよかった」と。
わかりやすく口を尖らせて拗ねていたので、「違うほうが一緒に戦いやすい」という主旨のことを伝えたら、俄然元気になった。
「一緒に」というところが嬉しかったらしい。なんとなく頭を撫でておいた。
「ルーチェもやって! じゅもんはこれ」
自慢げなノアを、『炎の剣』と一緒にすごいすごいとベタ褒めして暫く。
にこにこ顔のノアが、いきなり無茶ぶりをしてきた。
エレンが持参した初心者用の魔術の教本を開き、俺に呪文を見せてくる。
期待にきらきらと輝く目は、俺ならできるはずと疑ってもいない。
確かに、教本の呪文は読めるし意味もわかる。
この怪物、言語の理解能力だけはとてつもなく優秀なのだ。
呪文に使われている文字は、これまで読んだどの本にもない文字である。恐らくは、呪文専用の文字であり、専門の学院がある理由でもあるのだろう。普通ならまず読めないそれらだが、しばらく眺めているだけでするすると理解できてしまうのだ。かつての俺よりモンスターの方が優秀な件。
ただ、発音は無理である。
物理的に声帯がないのでどうしようもない。
魔術は呪文が発動の鍵なので、発音できなければどうにもならないのだが。
「だめ?」
ノアが不安そうに首を傾げる。
そうだね、ダメだね。内心肯定しながらも、期待の眼差しを裏切るのも心苦しいので、俺なりに解釈することにした。
要はこの呪文に書いてあるとおりの結果となればいいのだ。
魔法も魔術も、過程が違うだけで起きる結果は同じ。そこに違いはないのだと、エレンも言っていた。
なので。
さきほどまで赤い火がぽつりと灯っていた場所に、ゆらりと青い火が現れる。
「あっできた!……青い?」
喜んだノアが、火の色を見て首を傾げる。その言葉に、自分のうっかりに気付いた。同じ呪文であれば同じ現象が起きなくてはおかしい。
「えっ、まさか本当に!?」
「いやでも色違うぞ」
「凄いですねぇ」
今から赤い火に変えるべきかと考えて、思いとどまる。青くなってしまったものは仕方ない。ここで誤魔化すように変化するほうがかえって面倒なことになる気がする。
「これ、まじゅつ?」
ノアが痛いところをついてきた。
もちろん魔術なわけがない。
ダメ元で呪文を心の中で念じてもできなかった。やはり発音が大事なようだ。
ならば結果さえ同じならば良いだろうという結論で発動したこれは、彼らが言うところの『魔法』である。
この身体では使ったことがなかったから、うまく発動できるかどうか不安はあったのだが。
やはり魔物だけあって魔法への親和性は高いようだ。
かつての俺よりも魔法が使いやすい。元々これといって使いにくさは感じていなかったが、思考から間を置かずに発動できるのはとても便利だ。
これなら、かつては体調に配慮して我慢していた大きめの魔法も楽に使えるかもしれない。
「魔法なの?」
俺の思考が薄らと伝わったのか、ノアがぱっと顔を明るくする。
「すごいね! ルーチェ、火の魔法も使えるんだね!」
「属性どうなってんのよ……」
「泥……じゃねぇ、魔物は複数属性持ちってあんまいないんじゃなかったか?」
「いるにはいますよ、長生きの個体とか~あ、あとダンジョンモンスターも複数属性持ちって聞きますね~」
「ああ……」
はしゃぐノアと俺を眺めて、ジークとアリシアが遠い目をしている。
そんな彼らに気付く素振りもなく、ノアは俺のローブを握り締めてやや興奮気味だ。
「他は? 他にもできる?」
尋ねられて考える。
俺の記憶では、簡単なものであれば一通りの魔法が使えた。体調の関係で魔力を食う魔法は使えなかったので、特化した「何か」というのはない。今風に言うならば、浅く広くの器用貧乏というやつだ。
ただそれは以前の『俺』の話だ。泥人形になっている今、魔物の特性として使えないものはあるかもしれない。
未検証なのでなんと答えようもなく、且つジークたちの反応を見る限り、ここは自重したほうがよさそうな気がしたので、正直に「わからない」と返しておいた。
「あっ、でもこれでおそろい? あとはぼくが土、まじゅつおぼえたら、」
「いやいや、そこは欲張るな」
「火だけでいいのよ。出来ない分は他で補えばいいんだから。火の大魔術士になっちゃえば問題なし!」
アリシア曰く、冒険者向けの魔道具には魔術に関連したものが数多くあるらしい。
それこそ魔術士でなくともなんとかなる程度には、各種の魔術が封じられた魔道具が売られているそうだ。その全てが使用回数の制限付きの消耗品であり、利用するとなると出費は嵩むそうなのだが。
魔術士の中には、そうした魔道具に魔術を『封印』することを生業としている者もいると聞いて、『稼げる』というのはそれかと納得した。
自ら冒険に出るよりはリスクが少なく、少額であれど安定した収入を手にできる。
「じゃあ次はこっち使うよ! これだよ、みててね!」
教本を広げ、ノアが俺に呪文を見せる。
今からそれを発動してみせるつもりのようだ。呪文は本を見ながらでもいいらしいが、実戦で役立てるにはやはり暗記ほど強いものはない。
そのため、ノアも懸命に呪文を暗記している。
その姿を見ていると、「魔術」より「魔法」が楽そうだなと思ってしまうのは、俺が魔法に親しんで生きていたせいなのだろう。
長く難しい呪文を覚えずとも、感覚で使えたら楽だろうに。
それが可能なのは、体内により多くの魔力がある場合だということもわかっている。外から魔力を集めるしかない現状では呪文なしではどうにもならない。きっと俺がノアに魔法を教えても、魔法として発動することはないのだろう。
まあ、例え発動できたとしても教える気はない。
今の世では、「人間は魔法を使わない」というのが常識なのだ。俺が余計なことをして、ノアが周囲から迫害されるようなことになっては目も当てられない。
ノアにはちょうど良い教師がついているのだから、順当に強くなって冒険者の夢を叶えてほしいところだ。
なかなか発動しない魔術に唸っているノアを眺め、そう遠くない未来を夢想する。
その頃には一人前の冒険者になっているのだろうか。
早くても10年は先だと思っていた俺だったが、6歳の誕生日祝いに「冒険者登録したい」と強請られることになろうとは、この時は欠片も想像していなかったのだった。
よろしければ、是非評価やご感想をお願いいたします。
大体の構想はふわっとまとめているのですが、今後の展開の参考にもさせて頂きたいので、できれば主人公の印象とか気になる所とかいろいろ教えて頂けると嬉しいです。
豆腐メンタルなので甘口で……




