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24.魔術と魔法

 

「後は……そうだなあ、せっかくだから職業のことも教えとくか」


 まだ早いかもしんねぇけどな、と前置きをして、ジークが説明を始める。

『職業』は、冒険者登録には必須の項目らしい。


「いくらでも変更できるから、難しく考えることじゃないんだけどな。まあ、目標設定にはもってこいだろ」


 職業は大きく分けて『戦士』『剣士』『魔術士』『回復術士』の4つ。

 実際はそこから更に細分化されるのだが、登録時はその4つから選ぶのが基本らしい。ある程度実績を重ねたところで、適宜更新していくのが一般的だそう。

 この中で最も多いのが戦士で、自分の特性がわからない、もしくは登録自体が初めてという冒険者がここに含まれる。迷ったらとりあえず『戦士』で登録、ということらしい。

 続いて『剣士』『魔術士』の順で登録人数が多いのだが、このあたりからは貴族階級出身者が含まれてくる。特に魔術士は専門的な知識が必要なため、養成学院出身者が大半を占めているらしい。


「魔術士って人気は高いんだけど、ちょっと難ありな子が多いのよね」

「なんていうかな、プライドがめっちゃ高い」

「まったく悪気無くこっちを見下してる感じ。性格合わないとか以前に、いる世界が違うなって」


 かつてはアリシアとジークも、魔術士の仲間を得ようとあちこちで探したそうだ。だが結果は彼らの口から零れる愚痴の通り、あまりいいものではなかったよう。


 学院は、当然ながら無償ではない。必然的に通うのは貴族階級などの富裕層ばかりで、上流思想やエリート意識が強くなりがちだ。さらには、卒業後にある程度の出世ルートが約束されていることもその傾向に拍車をかけている。

 とはいえ皆が皆、敷かれたレールの上を歩くわけではない。魔術とは無関係の道に進む者もいれば、こうして冒険者として生計を立てる者も少なくはない。

 その過程でうまく長年の「癖」を修正できればいいのだが、そう簡単にいくはずもなく。

 結局、有能だが対人関係に難あり、という評価を下される魔術士が多いのだとか。


 ちなみに、『回復術士』も広義では魔術士の職のひとつであり、基本的な術の発動は魔術士と変わらないそうだ。なので、魔術士ほどではないにしてもそれなりに魔術が使える者も多いそう。


「それでも回復に専念する方が殆どですね~」


 おっとりと笑うエレンは、登録上は『回復術士』らしい。だが、『炎の剣』では魔術士の役割も兼任しており、むしろ回復系よりそちらの魔術を使うほうが多いようだ。

 このスタイルに落ち着いたのは、『炎の剣』が少人数パーティーなのと、「無理をしない」戦い方であることが理由らしい。


「魔術はたくさん使うと疲れてしまうんです~。でも二人とも怪我をあまりしないので出番がなくて」


 堅実な彼らと一緒ならば、多少無茶をしても大丈夫だと踏んだそうだ。

 結果的に攻略できる範囲が増えたとのことで、彼らの相性はとてもよかったのだろう。

 回復術士には、修道士や修道女が数多く登録しているらしいが、実際に冒険者として活動しているのは半分程度だという。エレンのように、見習いの頃に修行を兼ねて活動することが一般的で、教会での役割が増えるにつれ自然と引退のような形になるのだとか。

 そんな事情なので、回復術士は魔術士以上に人気らしい。引っ張りだこといえば聞こえはいいが、勧誘からトラブルに発展することもよくある話のようで。

 エレンは、そうした面倒を避けるためにギルドからパーティーの斡旋を受け、『炎の剣』と行動するようになったそうだ。


「これも天使様のお導きだと思います~」


 そんなエレンの所属している宗派は、ここの教会とは違うもののようだ。何だか聞き覚えのない、恐らく天使だろう名前が時々出てきていたが、さっぱりわからなかった。

 宗派が違っても問題はないのか、ここの修道女たちと和気藹々としていた。根っこが同じ宗教だからだろうか。仲が良いなら何よりである。


「まじゅつ……ぼくも使えるかなあ」


 ジークたちの愚痴、もとい解説を聞いてノアがぽつりと呟いた。

 漠然と「冒険者になりたい」と思っていただけだったようで、具体的なものは固まっていなかったらしい。


「魔術士になりたいのか?」

「うーん、わかんない……剣もかっこいいなって思うけど……魔術って、ルーチェが地面をもこもこさせてるやつもでしょ?」


 ジークの問いかけに、ノアは首を傾げて己の手を見下ろす。


「あー、ルーチェのはちょっと違うんだよ」

「魔術じゃないの? ぶわーーってうごくよ」

「土魔法な。泥……じゃなかった、土妖精が使ってるのは土”魔法”ってやつだ」

「? おなじじゃないの?」

「違う違う。魔法は人間には使えないヤツだ。んー……エレン、説明頼む」

「そうですねぇ、ではまず少し見ていて下さい~」


 エレンが胸の前に手のひらを差し出す。そこには何もない。

 僅かに目を細めたエレンが、手のひらを見つめながら小さく何事かを呟いた。

 すると、そこにぽつりと炎が浮かぶ。蝋燭のような、小さくて安定した赤い火だ。


「私がいま使ったのが”火魔術”です~。そしてこれが、魔力を集めるための魔道具ですね~」


 そう言ってエレンが示したのは自身の杖だった。

 杖の上部に緑色の魔石が輝いている。一見やや大きめの魔石にしか見えないが、魔石を加工して作られた魔道具なのだとか。

 『魔力収集器』と呼ばれるそれは、大気中にある魔力を収集して術の発動を補助しているのだという。


「私たち人間は体の中にあまりたくさんの魔力を持っていないので、こうやって周りから集める必要があるんです~。そうやって準備をして火魔術の”呪文”を唱えることで、この炎がうまれているんですよ~」

「じゅもん?」

「炎の大きさや場所、こんなふうな魔術がいいなという……そうですね、お料理のレシピみたいなものでしょうか~? シチューが食べたいなと思ってもお水だけでは美味しくならないでしょう~?」

「おいもも入ってるよ」

「そうですね~。なのでちゃんとお芋が必要ですよ、ということを呪文で教えているんです~。この炎の場合は魔道具で集めた魔力に、このくらいの大きさの炎になってねと伝えました~」


 エレンの手のひらに浮かんだ炎は、その指を曲げる動作でふっと掻き消える。

 思わずといった様子で、ノアが目を見開く。エレンを見上げたその顔は、どこか残念そうだ。


「つまり人がこうやって炎を出すには、魔道具と呪文が必要ってことなんです~。それを”魔術”と呼んでいるわけですね~」


 けれど『魔法』はまた少し違うのだとエレンは続ける。


「魔法を使うのは人間以外の……一番わかりやすいのは魔物でしょうか~。彼らは元々体の中にたくさんの魔力を持っているんです~。だからこういったものも彼らにとっては手や足を動かすのと同じくらい自然なことなんですよ~」


 そのため、当然ながら魔道具は不要。本能に近いレベルで魔法を使うため、呪文も不要となる。

 結果としての現象に違いはないが、それまでの過程が違うことで敢えて『魔法』や『魔術』と言葉を換えているようだ。

 元々は魔物の『魔法』への対抗策であり、そこから学問として発展していったのが現在の『魔術』だそう。


「魔術は人間のつかうもの、魔法は魔物がつかうもの……簡単に分けるとそういう感じですね~」


 実際はもっと複雑ではあるんですけど、とエレンが話を締めくくった。

 ノアはなんとも言いがたい曖昧な顔で首を傾げている。

 エレンは随分わかりやすく噛み砕いてくれていたと思う。常識が2000年分ずれている俺でもなんとなくわかったくらいだ。

 まあ、おかげで新たな疑問も生じているわけだが。


「ルーチェは土魔法を使ってるの?」


 しばらく考えていたノアが、俺ではなくエレンに尋ねた。

 正しい判断である。俺に聞いたところでわかるはずもない。


「そうですね~、恐らく? すみません、土妖精には詳しくなくて~」

「ルーチェはなんて言ってるの?」


 アリシアに問われて、ノアが俺を仰ぐ。そして「わかんないみたい」と答えた。


「まー無意識に使ってるんだと思うぜ。本能みたいなモンだろ」

「意識しないとわかんないものよね。どうやって歩いてるのって改めて聞かれたら答えられる気がしないもん」


 本能なのかどうかはわからないが、それが一番正解に近いだろう。千切れた手足をはやすのと同じような、ただ「できる」だけの力。

 思うに、『魔法』でもないのではなかろうか。


 なぜなら、そもそも俺は魔法が使えるからだ。それも、エレンが言うような『魔法』――つまりは、魔道具も呪文も必要としない、今の世では魔物が使うものとされているそれである。

 そういった経験上、この土を操作する力は魔法とは別物のような気がする。あくまでも勘だが。

 モンスターは普通の魔物とは違うようだし、魔法とも魔術とも違う、また別種の能力があっても不思議ではない。


「ルーチェ、魔術、使えないかなあ?」


 ノアの言葉に、三人がぎょっと目を剥いた。


「いやいや、無理だろ。魔物だぞ」

「魔術は人間にしか使えないのよ?」


 勢い込んでジークとアリシアが言えば、ノアは負けじと主張する。


「だって、魔法も魔術も、魔力はおなじでしょ? ルーチェがじゅもんを覚えたら使えない? ルーチェは魔道具いらないもん」

「そりゃいらねぇだろうけどよ、無理だって。覚えられてもルーチェは呪文唱えられないだろ」

「あとね、魔術には適性も必要なのよ。まあルーチェは泥……じゃなかった土妖精だから土への適性はあるかもしれないけど……」


 暫く無言でいたエレンが、首を傾げながら「いいえ」と口にした。


「ノアさんと意思疎通ができるなら不可能ではないかもしれません~。詠唱が一番の壁ですけど~」

「ええ……まじか……」

「魔物なのに……? えっそんなの無敵じゃない?」


 言われて少し考える。

 不可能かどうかで言えば、たぶん可能。ただエレンの指摘通り、詠唱ができないため発動はしないはず。

 けれど詠唱の不要な『魔法』であれば、この魔物の身体でも発動できるかもしれない。


 村では、魔法は『()()()()()』が使えるものだった。

 だから当然、村人の殆どが魔法を日常的に使っていた。言葉を覚えるのと同じように、物心つく頃には自然と簡単な魔法を使えるようになるのが普通。長い呪文もなければ、魔道具なんて便利な代物もなく、「自分の中」にある魔力で魔法を使う。

 稀に魔力の少ない子どもが生まれることはあった。だがそれでも、日常生活に困らない程度には魔法を扱えたし、これといって差別されるようなこともなかった。

 むしろ、魔力が多すぎる子どものほうが問題だった。

 身体に見合わない魔力を持つ子どもは、大抵が幼くして死ぬ。強すぎる魔力が生命力を、肉体そのものを(むしば)み、殆どが成人まで生きられない。

 ――俺は、なんとかギリギリ生き延びたけれど。


 魔法は日常的に使っていたが、魔力を多く使うような魔法は滅多に使えなかった。

 単純に、命に関わるからだ。

 魔力と生命力は深く繋がっているのだと言われていた。魔力を使いすぎれば、足りない分は生命力から補われる。通常であれば生命力を大きく損なう前に止められるが、俺のような生まれつき魔力の多い子どもは、歯止めがきかないのだと。

 何故かは知らない。ただ、「天に近すぎる」せいだと聞いた。まあ常に背後に死神がいるようなものかと解釈していたけれど。

 もう死んでしまった今、気にする必要はないのだと気付いた。

 削られる生命力はないし、そもそも身体自体が魔物のもの。

 大きな魔法はともかく、かつてのような簡単な魔法くらいならば、自重することもないのではないだろうか。


「ルーチェもぼくと一緒にお勉強ね!」


 ぼんやりとあれこれ考えているうちに、なにやら結論がでたらしい。

 笑顔のノアが嬉しそうに言う。

 さては、勉強仲間が欲しかっただけか。別に勉強などしなくとも、毎回ノアの傍にいることになると思うが。

 ああでも、そういう名目でもないと手伝いに駆り出されてしまうだろうか。


「うーん、声を出す魔道具とかないんでしょうか~」

「いやエレン、もっと危機感もって。応援してる場合じゃないのよ」

「暫定味方だけどな、あいつ魔物だからな?」


 暢気に首を傾げるエレンに、アリシアとジークが注意を促している。

 敵に回る予定はないけれど、その警戒心は正しいと思う。

 俺だって逆の立場ならジークと同じことを言う。むしろ「暫定味方」と言ってくれるだけジークは寛容だ。


「大丈夫だと思いますよ~ノアさんをとても可愛がってますし~」

「可愛がる……うーん確かに……」

「まあ……けどなあ……」


 こちらをじろじろと見ながら、ふたりが難しい顔をする。

 そこで納得される理由がわからない。

 俺としては普通に子守りをしているだけである。可愛がってはいない。

 他の子どもより特別甘やかしているわけでもないし。

 同意を求めて見下ろせば、膝の上でご機嫌のノアがこてんと首を傾げる。


「あまいもの? はちみつ?」


 伝わらなかったらしい。なんでだ。


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