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19.★奇妙な従魔

新年だいぶ過ぎましたが、おめでとうございます。

今年もこの調子で頑張っていきたいと思いますので、気長にお付き合い頂けると嬉しいです。

(視点:修道女 パメラ)



 パメラは、マリードにあるセラータ教会の修道女だ。

 以前は王都の教会にいたが、5年前にマリードへ配属された。最初は辺境の町の暮らしに不安があったものの、いまではすっかりこちらの暮らしに慣れてしまった。

 王都に比べれば格段にゆったりとした空気。懐いてくる子どもたちは可愛らしく、忙しい日々の中で余計な感情に振り回されることもない。

 人手が足りないために目が回る忙しさだが、その疲労感すらも心地よかった。

 パメラはこの場所が、同僚たちが、子どもたちが好きだった。

 子どもたちが健やかならば、多少のことは気にならない。不平不満を抱えることもなく、むしろ抱える暇すらなく、ひたすら日々を繰り返していたのだ。



 あの日、パメラは誕生日だった。

 それを祝うのだと、子どもたちがこっそりと準備をしていたことは知っていた。

 パメラだけではない。院長に修道女たち、手伝いを頼んだ冒険者に、近隣の店の人々など。孤児院に関わりのある人間の大半が知っていたと言ってもいい。

 何しろ、「内緒だよ」と前置きをしながらも、子どもたちはことあるごとに吹聴していたのだから。筒抜けの可愛らしい秘密に、大人たちは笑顔で知らぬふりをしていた。

 パメラはその気持ちだけで十分に嬉しかった。だからわざわざ贈り物を求めて街に行くという話を聞いて、逆に申し訳ない気持ちになった。

 元手となるのは子どもたち自身が様々な方法で稼いだお金だ。ギリギリまで、パメラのためでなく自分のために使って欲しいと伝えるべきか迷った。

 けれど楽しそうな子どもたちにそれを伝えるのは何かが違う気がして、結局そのまま彼らの姿を見送った。

 冒険者となったロビンが子どもたちの買い物に付き添うと聞いていたから、安全面は何も心配していなかった。孤児院を出た頃のロビンはまだ幼さが際立っていたが、17歳になった今は体つきも逞しくなり、冒険者らしい風貌になっている。冒険者としてはまだ駆け出しとはいえそれなりに経験も積んでいるし、生来真面目で警戒心が強いことも知っていた。

 そんな彼とその仲間たちが一緒ならば、まず大きな問題は起きないだろう。

 何より、行き先は街のど真ん中。その辺りにある店はパメラもよく知っている。人通りはそれなりにあり、特に治安が悪い場所でもない。

 無事に帰ってくることを欠片も疑っていなかった。


 ――世界はそんなに優しいものではないと、知っていたのに。


 ノアがいなくなったと聞いて、自分の甘さを呪った。

 考えればわかることだ。治安が良くとも『悪人』はどこにでもいるし、不幸は突然に襲いかかってくる。

 用心に用心を重ねても、ほんの僅かな運命の悪戯で容易く命は失われる。

「自分のせい」と嘆くロビンを宥めながら、パメラは深い後悔に襲われた。

 誰が悪いわけでもない。ノアを拐かした悪人がいるならば悪いのはその人間で。不幸な事故であれば運命の過酷さを悲しむしかないのだ。

 責めるならば、あの時「大丈夫」と楽観視してしまった自分自身だと思った。意味のない「もしも」が脳内を巡るのを止められず、罪悪感ばかりが募っていく。

 永遠にも思えたその時間は、実際には一日も経たずに終わりを告げた。

 夜になる頃、ノアは無事に帰ってきた。

 知らせを聞いた段階で安堵のあまり腰が抜けてしまったパメラは、結局出迎えにも行けなかった。

 後から、誕生日を祝えなかったことをノアが気にしていたと周囲から聞かされて、思わず笑ってしまったものだ。

 そんなものどうでもいいのだ。誕生日なんてものよりも、ノアが無事でいたことの方が何よりも大事だったから。祝いというなら、それこそが一番の祝福だと。


 ただそれを為したのが、創世主でも七人の天使でもなく、魔物だとは想像もしなかった。


 その日から、ノアの隣には不気味なフードの人影が付き添っている。

 アンジェリカ曰く、その正体は魔術士ギルドのマスターが使役している従魔らしい。

 ノアを窮地から救い出し、そのまま護衛として貸し出されたそうだ。従順で非常に大人しい魔物だと説明を受けたが、パメラは喜べなかった。

 七天教において、魔物は忌むべきモノだ。

 聖書では、天使が魔王を地底に封じた際、封じきれずに漏れ出した瘴気が魔物となったとされている。魔王の力の残りカスのような存在ではあるが、嫌悪する対象には違いない。

 従魔とはいえ、魔物は魔物。

 嫌悪感がないとは嘘でも言えなかった。

 例えパメラが聖職者でなかったとしても、魔物なんて見たくもなければ近づきたくもない。まして、抗う術のない子どもたちに近づけるなんて論外だと思った。

 けれどそれが他でもないノアのためなのだと言われれば、折れざるを得ない。

 アンジェリカは「ノアは厄介な魔物に印をつけられている可能性がある」と言ったのだ。

 一般的な魔物であれば「印」なんてものは付けないし、付けたところでわざわざ追跡などしない。その可能性があるのは、一部の魔物――悪魔と呼ばれる魔物くらいだった。

 悪魔は変幻自在でずる賢く、強力な魔法を使う魔物だ。冒険者の間ではその厄介さから危険度の高い魔物とされているが、聖職者にとっては強敵ではない。悪魔は聖魔術に極端に弱く、ただの聖句だけでも撃退できるためだ。

 仮にノアに印をつけた魔物が悪魔だとすれば、ノアは孤児院にいるだけで守られていると言えるのだが。

 問題なのは、ここは常に人手不足だということだった。

 孤児院を含め、施設全体での修道女はたったの4人。他にも臨時で手伝いを依頼したりもするが、基本的にはその人数ですべての業務を回している。

 教会の業務や儀式の他に、孤児院の管理と薬草園の世話。子どもたちの食事や洗濯、掃除なども彼女たちの仕事であるため、いつでも手が足りない。

 子どもたちには身の回りのことはさせているし、時には手伝いを頼むが、幼いこどもが多いためあまり多くの事を任せられないのが実情だ。

 ノアに近づく影があったとして、そんな状況で気付くことが出来るだろうか。

 そう思えば、従魔だとしても護衛がいてくれたほうがいくらか安心はできる。一般的には()()部類である悪魔相手に従魔が耐えきれるとは思えないが、助けを呼ぶまでの()()()()にはなるだろう。

 パメラの冷静な部分はそう判断していたため、もやもやとした不満は飲み込んだ。

 後悔するのはもうたくさんだ。

 よく知っている子どもが、突然失われることほど辛いことはないのだから。



 だが、蓋を開けてみれば、従魔は驚くほど従順で大人しかった。

 妖精は悪戯をすると言われているが、土妖精(グノー)だという従魔は悪戯どころか自発的に動くことすら滅多にない。いつも静かにじっとしている。

 白い髪に色違いの瞳。特徴の少ない、彫像のような顔。普段は頭部を含めた全身をローブで覆い隠しているが、その姿は10代半ばほどの少年の姿を模している。遠目では人のようなそれも、近くに寄れば肌や髪が土でできているのがわかり、少々気味が悪い。時折ぱちりと瞬く様がより一層不気味さを煽る。

 身体自体はあまり頑強ではないらしく、ユーグがぶつかった程度の衝撃で腕が落ちたこともあった。ユーグではなく、たまたま目撃したルッツのほうが動転していたが、従魔も、すぐ隣にいたノアも平然としていた。よくあることなのだろう。

 また、ノアは従魔の言葉がわかるらしい。従魔がつけている従魔証の効果によるもののようで、従魔の代わりにノアが答えている姿をよくみかける。

 とはいえ従魔の動きが最低限なので、その効果がどの程度確かなものなのかは判別できなかった。ノアが嘘をつくとは思わないが、その口から語られる「従魔の意思」が魔物のものとは思えなかったからだ。そもそも、悪魔ですらないただの魔物が人の言葉を理解しているという前提から、信じ切れなかった。

 けれど注意してみれば確かに、彼らの間に不自然な齟齬はなく「理解している」と判断しても無理はないように思えて。

 そんな時、偶然子どもたちの会話を耳にした。


『だめだよ、ルーチェに危ないって叱られただろ』


 ルッツがそう、やんちゃなユーグを(たしな)めていた。それとなく話をきいてみると、ユーグが奥の庭にある木に登りたがったようだった。

 奥の庭はなぜか植物が育ちにくく、唯一育った木もあまり背が高くない。幹も枝も細く、どこか痩せているようにも見えるので、木登りには向かないだろう。

 そもそも、木登り自体が危険な行為である。5歳であるユーグには絶対にさせられないと、パメラもやんわりと言い聞かせて、ふと最初のルッツの言葉にひっかかりを覚えた。

 ルッツは『ルーチェに叱られた』と言っていた。他の修道女の名前でもなく、子どもたちの名でもなく、わざわざ従魔の名を出して。

 気になってルッツに確認すると、確かにルーチェがそう言ったのだという。ノアを介してではあるが、パメラのように木登りの危険性を説いてやめるように言ったのだとか。

 ノアが自身の考えで口にするには、過ぎたことだった。

 ノアは年齢の割に賢い子どもではあるが、ユーグと同じ5歳の子どもでもある。その子どもが、木登りの危険性を他者に説けるものだろうか。しかも「木が痩せているから途中で折れるかもしれない」などと。

 パメラの背筋が寒くなった。閃いた可能性に、恐怖がじわじわと這い上がってくる。

 人間の言葉を理解し、相応の知識ある魔物。

 それは、大人しく安全なのではなく、もしかしたらノアを狙う悪魔よりも危険な存在ではないのか。

 寒くなった腕をさすりながら、パメラは更にルッツに色々な話を聞いた。

 事と次第によっては、アンジェリカに相談する必要がある。そうして、あの従魔を持ち主に返さねばと決意を固めていた。

 ルッツはパメラのそんな恐怖に気付く素振りもなく、にこにこと嬉しそうに話してくれた。

 ルーチェが物知りであること。

 一緒に遊んでくれること。

 転びそうになると支えてくれること。

 危ないことをすると叱られること。

 あの魔物の姿からは想像もできない、『人間らしい』話が幾つも出てきた。

 さらには、警告を無視していると強引に止められると聞いて、首を傾げた。従魔の動きは緩慢だ。それでどうやって子どもたちを()()()止めるというのか。

 ルッツは「土の山ができて足を固められる」と答えた。子どもの力で簡単に崩れるもののようだが、それが「危険」を示すサインらしく、子どもたちはそれには素直に従っているらしい。

 そうして話を聞いてわかったのは、従魔は思った以上にまともに子どもたちの面倒をみているということだった。

 ノアの護衛として常に付き添い、群がる子どもを邪険にすることもなく。危なくなれば警告し、手を貸して。子どもたちに付き合って、遊び相手をする。

 服を掴まれればゆっくりと動き、手を繋ぎ、時には抱き上げる。

 ――子どもたちは、誰も彼も楽しそうに笑っている。従魔に纏わり付いて、子犬のようにはしゃぎまわって。

 その様は、幼い子どもたちの面倒をみている、ただの()()のようで。


 ――大丈夫、なのかもしれない。


 パメラが抱いた葛藤は、他の2人の修道女も同じだったらしい。

 特に話し合ったわけではなかったけれど、いつも交代で従魔と子どもたちの様子をみていた。

 その頻度が少しずつ減り、間隔が空いて。

 次第に、従魔と子どもが遊んでいる間に、急ぎの仕事を済ませることのほうが増えていった。

 いつだって大した問題はおきずに、平和に時間が流れていく。それが一番良いことではあるけれど、警戒が無意味で悪戯に時間が過ぎていくと思えば、どうにも気が緩んでいく。

 万年人手不足の現状、いつでも一人分、或いは二人分の手が足りないのだ。

 今日するつもりのことが翌日以降に持ち越されるのは当たり前の日常で、色々なことが少しずつ滞ったまま日々が過ぎる。

 ならば、この時間を他にあてても問題ないのではなかろうか。

 そもそも、従魔の後ろ盾ははっきりとしている。きちんとした魔術士の、それもギルドマスターが所有している従魔であり、『護衛』の名目で貸し出されているのだ。子どもに僅かでも害を為す可能性があるならば、そう気軽に貸し出したりなどしないはず。

 最初からわかっていたそれらのことを脳裏に並べ立てて、パメラは自分に言い訳をした。

 得体の知れない従魔への不安は確かに残っていたけれど。


「どうですか、ルーチェは」


 穏やかな昼下がり。

 執務室で書類仕事に追われているアンジェリカへ、お茶を持参した時のことだ。

 カップに口を付けてほっと息を漏らしたアンジェリカが、何気ない調子で尋ねてきた。

 抽象的な問いではあるが、その意味がわからないほどパメラも鈍くはない。


「こう言ってはなんですが、とても助かっています」


 躊躇いつつも、答える。

 魔物は忌むべきものだし、従魔と知ってもなお怖いものは怖い。だが従魔が大人しいことも、子どもたちを傷つけないことも事実だ。そして、子守りとしてはそれなりに優秀なことも。


「そうですか……それはよかった。ふふ、思っていた以上に()()()()のようですね」


 孤児院の子どもたちを褒める時と同じ口調で、アンジェリカが嬉しそうに笑った。


『優しい子』


 思わず、パメラは目を見張る。

 魔物には不適切で、似合わない言葉だ。けれども同時に、しっくりと来てしまった。

 従魔の、子どもたちへの態度。その柔らかな仕草と必要以上に緩慢な動きが、脳裏に蘇る。


 そうだ。あの従魔は――きっと優しい。


 子どもが脆いことを知っている。脆くて弱い生き物だと理解した上で、注意を促し、安全に配慮している。

 それはギルドマスターからの命令かもしれないし、従魔や魔物自身の特性かもしれないけれど。


「……ええ、従魔は――ルーチェはとても()()()()です」


 ルーチェは、ここの子どもたちを傷つけることはない。

 それだけは間違いないと言い切れる。

 魔物は嫌いだけれど、少しだけルーチェのことは信じても良いと、パメラは小さく笑った。


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