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18.孤児院の子どもたち

 孤児院に来て数日が経過した。

 正確なところはわからないが、何度かジークたちが来ている様子だったからそれなりの日数が経っているのだろう。

 おっかなびっくり対応していた修道女たちもこの頃にはだいぶ落ち着いており、俺がそのあたりにいても視線すら寄越さなくなった。完全に背景の一部扱いである。

 そしてつい先日、日中の拘束具が外された。

 ジークたちが何らかの口添えをしてくれたのだと思っている。反応が鈍くなる程度でさほど不便はなかったが、地味に鎖が邪魔だったので助かった。纏わり付く子どもたちにひっかけそうで、いつもひやひやしていたのだ。

 まあできれば、それを理由に子どもたちと距離を置きたかったのだけれど。

 修道女たちが眉を顰めようと、俺がうっかりで腕を落下させてしまおうとも、俺を『無害』と判定したらしい子どもたちは遠慮なく群がってくる。

 子ども同士走り回っててほしい。俺は背景の一部でいいので、放置していてくれないものか。

 そんな俺の心など知らぬげに、子どもたちは相変わらず俺の傍でわちゃわちゃしている。


「ルーチェ、なんで色が違うの?」


 俺の袖を引っ張りながら伸び上がって見つめてくるのは、黒目黒髪の少女、ソフィア。

 ノアより2つ上だけあって、幾分しっかりしている。気の強そうな顔立ちだが、俺に絡んで来る子どもの中では慎重なタイプだ。

 その彼女の問いに、俺は当然答えられない。物理的に無理だというのもあるが、そもそも答えを持ち合わせていないのだ。左右で目の色が違う理由なんて俺にだってわからない。


「わかんないって」


 代わりに答えるのは、俺の「主人」であるノア。膝の上に陣取って、俺を椅子代わりにしている。


「きれいだねぇ、キラキラ」


 ソフィアの隣に立ち、首を傾げてエルシーが笑う。薄茶色の髪がふわふわと揺れ、とても柔らかそうだ。ノアより1歳上の6歳の少女だが、のんびりした言動ゆえにノアと同じかそれより年下に見える。


「なあ、あの石なに?」

「触っちゃだめだよ、ユーグ」


 5歳の子ども相応にやんちゃ盛りなユーグは、相変わらず俺の従魔証を気にしているようだ。

 修道女に何度か諭されているのだが、気になるものは放置できない性格らしい。もしかしたら、従魔証というよりは魔石に興味があるのかもしれない。

 そんなユーグを(たしな)めるのは、この中では一番の年上である10歳のルッツである。ふたりとも茶色の髪に焦げ茶の瞳をしているので、一見すると仲の良い兄弟のようで微笑ましい。


「なんでー?」

「大事なものなんだって。先生にも言われたでしょ?」


 ルッツの言葉にユーグは素直に頷いて、それでもじっとこちらを見ている。

 従魔証はあくまで従魔と証明するための魔道具なので、実際はほとんど機能がついていない。攻撃性の高い従魔の場合はその限りではないようだが、幸いにも俺の攻撃性は「ほぼなし」と判断されたらしく、これはただの首飾り同然である。

 なので、外すことはできないまでも触らせたところで問題はないと思うのだけれど。

 俺は僅かにユーグのほうに頭を傾ける。


「ルーチェ?」


 背もたれの俺が動いたことで気付いたらしいノアが、不思議そうに問いかけてきた。

 いや別にどかしたりはしないが。ただ近くで見れば、ユーグのあの熱意も多少は落ち着くかもしれないと。

 そんなことを考えるともなしに思い浮かべると、それが伝わったらしいノアが「うん」と頷いた。


「見せてあげるって」

「え、いいの? ルーチェがそう言ってるの?」


 ルッツが驚いたように瞬いて、俺を見る。


「うん。近くで見ていいって」

「やった!」


 ノアの返事にユーグが喜んで、ノアのすぐ隣へと寄ってきた。見えやすいように更に身体を傾けてやる。


「わ、くすぐったい~」


 フードから零れた髪がかかったらしいノアが、きゃらきゃらと笑い声をあげる。

 膝に半分乗り上げて、ユーグが下から覗き込んでくる。心持ち首をそらせてやると、ようやくまともに見えたのだろう、ユーグの目が丸くなった。


「きれー! なんだこれ、宝石?」


 魔石は純度が高いほど()()らしいから、この魔石もそれなりにいい値段の代物な筈だ。そう考えたら下手な宝石よりも高価かもしれない。

 今にも手を伸ばしそうなユーグだが、ルッツのいいつけ守って我慢しているようだ。俺のローブを握る指にすごく力が入っている。


「魔石だよ」

「魔石だって」


 ユーグの質問に対して、ルッツとノアの答えがかぶる。


「それ、ルーチェが?」

「うん。えっとね、じゅんど? が高いときれいなんだって。宝石よりこうか? とか」


 首を傾げたルッツに、ノアが疑問符まみれの言葉を返す。

 なんでこう、別に伝わらなくてもいい内容はするりと伝わっているのか。もっと伝わって欲しい場面は幾つもあったのに。


「……そう、なんだ。ルーチェ物知りなんだね」


 ぱちぱちとルッツが瞬く。

 さすがに10歳ともなると、一般的な常識はそれなりに身についているらしい。大人に比べ柔軟ではあるものの、やはり彼の中の「従魔」や「魔物」への印象との差に困惑しているようだ。

 まあ、俺の場合は特殊なので、そういうものと割り切ってほしい。

 何しろ身体は魔物だが、中にいる俺は人間である。正誤はともかく、いらん雑学はいくらでもあるのだ。


「私も! 私も見たい!」


 そうこうしてたら、反対側に取り付いていたソフィアが主張を始めた。別に構わないけれど、分裂はできないのでユーグの傍にいくか、俺の体勢を変えるチャンスをくれ。それ以上引っ張られるとまた腕とれそうなんだけど。


「ソフィア、引っ張ったらだめだよ。こっち、」

「わたしも~」


 前回腕が取れた時に一番動揺していたルッツが、俺の状況に気付いて慌ててソフィアを剥がした。

 少し顔色が悪いので、あの時の衝撃を思い出したのかも知れない。子どもには刺激が強すぎたようである。ちなみにノアは2回目だからか、けろりとしていた。

 ソフィアをユーグのほうに誘導するルッツに、エルシーが便乗してついてくる。

 興味ありそうにはみえなかったけれど、それなりに気になっていたのだろうか。

 わいわいと覗き込まれて、ノアが俺の膝からずり落ちそうになっている。

 ついでにそのまま降りてもいいぞ。

 そんなことをちらりと思ったら、俺の腕に寄りかかったノアが口を尖らせた。仕方なくそのまま腕で抱えてやる。これなら少なくとも落下はしまい。


 ちなみに、現在地は孤児院の敷地内、建物の奥に広がっている『奥の庭』だ。

 孤児院は教会の後ろに立てられており、中庭をぐるりと囲む回廊によって繋がっている。四方を建物に囲まれた中庭では薬草の栽培が行われているようだ。

 そして、孤児院の更に奥。街を囲む街壁との間に、建物ひとつ分以上の空間があった。崩れたレンガなどがそのまま残っている様子から、元々は建物があったのだと思われる。何らかの理由で更地となり、その分奥の空間が広くなったことで『奥の庭』とされたようだ。それなりの広さがあるそこはぽつぽつと雑草が生えているだけで閑散としたものである。子どもの遊び場としてはちょうど良いのかもしれない。

 そんな庭の片隅に一本だけ植えられている木の傍に、俺は座っている。

 当初は子どもたちも俺に構わず庭を駆け回っていたのだが、ノアが俺のところにやってきたせいでいつの間にかこんなことになってしまった。

 別に、従魔だからといって常にノアと一緒にいる必要はない。

 いまだに従魔っぽい制約もないことだし、できることなら静かな場所でひっそり過ごしたいのが本音だけれど。

 護衛という建前上、ノアのそばを離れられないのだ。

 加えて、アンジェリカは「従魔は護衛対象であるノアの命令を聞く」という設定を修道女たちに伝えていた。つまり、ノアは本人も知らないところで俺に対する抑止力として認識されている。

 なので修道女たちのほうも、俺とノアを敢えて離そうとはしない。

 それでも抵抗はあるようで、あまり良い顔はされていないのだが。俺の存在が邪魔だからとノアの行動を制限してこないぶん、ここの修道女たちはずっと良心的だと思う。


「よく見えない……」


 余所事を考えていたらソフィアから苦情が来た。

 まあ片側に4人も群がっていれば見づらいだろう。


「フードとってもいい?」


 いつの間にか機嫌が治ったらしいノアが、にこにこと俺にきいてくる。ここは孤児院の奥まった場所だし、せいぜい修道女くらいしか見ていないので問題はない。

 いいよ、と許可を出す前に、ノアにぺろりと捲られた。俺の思考、どのタイミングで伝わってるんだろうか。結果に変わりはないのでいいのだが、ダダ漏れだとそれはそれで困る。

 視界が明るくなる。

 地面に直接触れれば、これ以上の「視界」も得られるけれど、この姿になってからはなるべく使わないようにしていた。魔物、もとい泥人形の感覚に慣れすぎると、元に戻ったときに困りそうだと思ったからだ。今は仕方ないとしても、なるべく早く人間に戻りたい。

 広くなった世界に視線を流すと、ずいぶん離れた所に2人の少女がいることに気付いた。

 初日から俺に一切近づかない孤児、マチルダとリンデだ。マチルダはソフィアと同じ歳、リンデは最年長の11歳であり、それなりに常識も分別もつく年頃である。

 その警戒心の高さは対魔物としては大正解なのでそのまま大人になってほしいところだ。ノアを筆頭に、この4人の順応力がオカシイだけである。

 腕の一振りで惨状を作り出せる相手に、この無警戒さは心配になる。特にその事実を知っているはずのノアの危機感が。今更だけど俺が怖くないんだろうか。……怖くなさそうだな。


「ルーチェ、ぼくとおそろいだね」


 俺の心配なぞ気づきもしないノアは、俺を覗き込んで嬉しそうに笑う。

 ノアの目は、左右ともにきれいな緑色をしている。左右が色違いの俺とは当然違うし、たしか色自体も違ったような気がするのだが。

 お揃い? と疑問に思っていると、ノアがどこからか小さな布袋を取り出した。


「お守りね、きれいな石が入ってるの。魔石なんだって」


 口の紐をほどくと、中から(いびつ)な石が転がり出てくる。やや赤みがかった蜂蜜色。琥珀のようにも見えるが、それにしては少し透明度が高い。

 お守り、の言葉に思い出す。

 ダンジョンで出会った際に、「ぎゅっと握っていたらいつの間にかダンジョンにいた」と言っていたお守りだ。ふつう、幼い子どもがあんな場所に迷い込めるはずはないし、このお守りが関わっていると考えるのが妥当だけれど。

 みればみるほど、大した力もなさそうな石だ。元々はノア曰くの「お兄ちゃん」が買い与えたもののようだし、恐らくそこまで高価なものではない。もしかしたら守護の効果はわずかにあったかもしれないが、それだけだろう。

 やはり、ノアがダンジョンに紛れ込んだのは、人攫い連中が所持していた魔道具の事故と考えた方がしっくりくる。

 ちなみにノアの「お兄ちゃん」であるロビンだが。彼はどうやら孤児院に住んでいるわけではないようである。てっきり孤児院にいるのかと思っていたが、今のところそれらしい人物は見ていない。

 振り返ってみれば、冒険者をしているとも言っていたし、孤児院を出てどこか別の所に居を構えているのだろう。


「ね。ルーチェの目の色と一緒」


 俺の右目を示して、にへ、とノアが笑った。

 黄色っぽい右目と青の左目。ジークやノアがそんなようなことを言っていたからなんとなくでしか想像していなかった。なるほど、右目はこんな色をしているのか。

 鏡をみれば一目瞭然なのだけれど、なかなかその機会がない。というか、気が進まないため意識にのぼりにくいのだ。

 どうせ写るのは下手くそな泥人形である。このあたりの作りが甘いなとか、質感がおかしいな、といった粗が気になるに違いない。もう少し不気味にならないように作り込まないとという気持ちはあるのだが、自分の芸術的センスに自信がないのでやる気が起きないのだ。

 いっそ、5歳児に任せたほうがマシかもしれない。


「?」


 俺の思考が伝わらなかったらしいノアが、笑顔のまま首を傾げる。

 こんな時ばかり伝わらないとか、相変わらず適当な仕様である。

年内の投稿はこれで最後だと思われます。

みなさま良いお年を。

……年越しうどん(うどん派)食べながら書き溜めを頑張る予定です。

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