17.孤児院で
翌日、孤児院ではそれなりに騒ぎになった。
原因はいわずもがな俺である。
もちろん、俺が暴走したとかやらかしたとかではない。嵩を減らした甲斐あって、力加減も多少はできるようになったし、扉や棚などの調度品も壊さなかった。心配していた拘束具についても問題なし。ほんの少し反応が鈍くなるようだが、元々この身体の動きが鈍いので端からはわからないだろう。
騒ぎになったのは、朝いちばんでの顔合わせの場面である。
職員たちと孤児たち、一堂に会して顔合わせとなるとパニックになりかねないとのアンジェリカの判断で、先に職員たちと顔合わせをすることになった。
院長室に集まった職員、もとい修道女は、アンジェリカを除いて3名。
副院長のマルギットと、肩書を持たない2人の女性である。全員が、頭巾はないもののエレンとよく似た淡い色の修道服に身をつつんでいる。
彼女らは、寝ぼけ眼の子どもと共に現れた俺へと不審な目を向けた。
ほぼ一日ぶりの子どもの横に見慣れない不審者がいるのだ。当然の反応だろう。
院長であるアンジェリカが、穏やかな口調で子どもと俺の『事情』を説明する。
俺がスヴェンの所有する従魔であり、子どもの護衛であるという例の設定だ。ちなみにスヴェンは魔術士ギルドのギルドマスターらしい。やはりそこそこ上の立場の人間だった。
魔術士ギルドどころか冒険者ギルドにも馴染みがないので、いまいち彼らの「偉さ」がわからない。
そもそも規模もわかっていないのだ。なんとなく、隣町の自警団よりは大きいんだろうな、程度の認識である。
さて、真実がもはや原型をとどめていない『事情』を聞いた修道女たちの反応は予想通り混乱したものだった。
「従魔……!? 魔物ですか!?」
「なんてこと、ああ、セラータ様……!」
絶句し、祈り始めた。
あらためて魔物はこの国でも忌み嫌われていることを実感し、妙に安堵してしまった。
これまで接してきた面子の対応があまりにも落ち着いていたから、自分の常識を疑い初めていたのだ。この反応が普通である。冒険者やギルドマスターはちょっと仕事が特殊だから参考にしてはいけないのだろう。日頃から魔物と接点がある分、耐性があっても不思議ではない。
そうなると余計に子どもの反応が謎なのだが、考えても無駄なので思考を放棄した。
たぶん、生存本能の一部が仕事してない。
後から知ったことだが『セラータ』は神の名ではなく天使の名らしい。どうやら七天教とやらは神ではなく天使が信仰の対象のようだ。
「まあまあ、定期的に様子を見に来て下さるそうですし、大丈夫ですよ」
「ですが……」
アンジェリカがおっとりと宥めている。安全策として、四肢の枷や冒険者の定期的な訪問などをあげていたが、修道女たちは渋い顔だ。脅威に比べて弱いと認識しているのだろう。
「私も昨夜は同じ部屋で過ごしましたけれど、とても大人しくて……」
「えっ、同じ部屋で!?」
「魔物ですよ?!」
アンジェリカの発言に、修道女たちが慌てている。気持ちはよくわかる。
魔物と同じ部屋で過ごすとか狂気の沙汰である。しかも彼女、そのまま子どもと一緒にベッドで熟睡していた。寝たふりではなく、マジなやつだ。肝が据わりすぎでは。
「だってノアと離すわけにはいかないでしょう? ノアの護衛なのですから」
「そ、それは……ですが何も院長が一緒にいなくとも……」
「それこそ、貴方たちが心配していることが起きたら困ったことになるでしょう? いざというとき止める人間がいなくては」
アンジェリカの口調は柔らかだが、詰め寄る周囲に全く負けてはいない。彼女の一貫した態度に、修道女たちもだんだんと落ち着きを取り戻し始めた。
最終的に「院長がそう仰るなら」と見事に説得されていた。
俺はといえば、ぼんやりと突っ立っていただけである。終始気味悪そうな目で見られたが、少なくとも大人しいことは信じて貰えたかもしれない。
彼らは完全にとばっちりの被害者なので、それを思うとさすがに申し訳ないけれど。
なんというか、俺には正直どうしようもないところなので、諦めて頂きたいところである。
そうして、彼女たちが不承不承ながらも納得したところで、孤児たちと顔合わせをすることになった。
現在、この孤児院で生活している子どもは、5歳から11歳までの少年少女7名。
正直ここが最難関だと思っていた。
大人であの反応である。
いくら従魔とはいえ、魔物を前に泣き喚いたりしないだろうか。
そんな気持ちで、6人の子どもたちと対面した。
年の頃は子ども――ノアとほぼ同じくらいか。少し痩せているきらいはあるが、それなりに身ぎれいで栄養状態も酷くはなさそうだ。
院長からの簡単な説明を聞き、まるっこい目をぱちぱちと瞬いて、不思議そうに俺とノアを見つめている。
「ノアの、お友達?」
問いかけてきたのは、茶色の髪の幼い少女。ふわふわと柔らかそうな髪はノアのものと良く似ている。
余談だが、全体的に茶色っぽかったノアは、泥を落せば随分と可愛らしい子どもだった。金色のふわふわの髪に宝石のような緑の目で、これで栄養状態さえ万全ならば精霊ではないかと疑ったに違いない。
俺がかつて見た精霊も、金色の髪と緑の目をした愛らしい子どもの姿だったからなおさらだ。大きさは手のひらにのるくらいだったから――あれ?
はたと気付く。
つい先日、似たような表現を耳にした。あれは確か、土妖精についての話だったような。
もしや俺がずっと精霊だと思っていたアレが、”妖精”だったのでは。
だが家族もあれを「精霊」だと言っていた記憶がある。まさか国によって認識が違うのだろうか。
「そうだよ」
うっかりそう遠くない過去を振り返っていたら、俺のかわりにノアがにこやかに返事をしていた。まあ俺は喋れないので構わないのだが。
「おとなのひと?」
「……うーん? ルーチェはルーチェだよ」
首を傾げてノアが答える。大人かどうかといわれれば間違いなく大人なのだけれど、それを知らないノアは何と答えていいかわからなかったらしい。
「ルーチェっていうの?」
「うん。ぼくの護衛」
「ごえい」
こてんと首を傾げる彼女のとなりで、彼女よりは幾分年上だろう少年がこそこそと耳打ちする。どうやら”護衛”の意味を教えているらしい。
「なあ、こいつ噛む?」
今度は違う子どもがノアに話しかけてくる。おそるおそるといった様子の、ノアとさほど変わらなさそうな年頃の少年だ。
「? 噛まないよ」
不思議そうにノアが答える。
顔部分にある口には歯が存在しないので、物理的に噛めない仕様だから安心して欲しい。口を開けた時の見た目が不気味なので、そのうち歯っぽい何かを作る必要はあるかもしれない。泥人形本来の「口」はローブの下、もっと言えば薄く覆われた土の下にあり、そちらには鋭利な歯がずらりと並んでいるのは確認済みである。
「ほんとに? 怖い大人じゃないの?」
横から別の子どもが口を挟んできた。スヴェンのような黒髪に黒い目の、少しきつめの顔立ちの少女である。
「ちがうよ。ルーチェはとっても優しいの」
「ふぅん。先生たちより?」
「んー……えっと、ルーチェはぼくを助けてくれたよ。守ってくれたの」
だから大好き、となんともふんわりとしたノアの答えをきいて、子ども達は何かを納得した様子だった。この説明のどこに納得する要素があったのかわからない。問いへの答えになっている気もしないし。子どもの情緒ってよくわからないな。
「そっかぁ」
「よかったね。よろしくね、護衛さん」
「よろしくな!」
「まあ別にいいけど」
寄ってきた4人の子ども達が容易く陥落した。
素直なのは美徳でもあるけれど、もう少し危機感を育てるべきだろう。それともこういう教育方針なのだろうか。
残る2人の子どもは、4人に比べて警戒心が高めらしく、ちょっと離れた場所から様子を窺っている。ちらちらと視線は感じるが、積極的に話しかけてはこない。
一人は近くにいる修道女にひっついてあれこれと尋ねている。情報収集から入る慎重さは好ましい。
修道女たちまでもが遠巻きにする状況で、4人の子供とノアだけが俺のまわりできゃっきゃとはしゃいでいる。まあノアが俺から離れようとしないから、その友人たちも集まるのは仕方がない。
紹介も済んだのだから自由に遊んで来い、と繋がれた手を軽く揺らすと、ノアは不思議そうな顔で俺を仰いだ。
ややあって、キリリとした顔で「一緒にいるよ!」と頷いた。違うそうじゃない。不安とかじゃないから。俺の内心がまったく伝わらない。
蓋を開けてみれば、子どもたちが一番強かだった。
魔物と理解したはずなのに、臆することなくなんやかやと絡んで来る。
ローブの袖から覗く手を握って人と明らかに違う感触にきゃらきゃらと笑い、ノアの真似をして俺の足にしがみついたり、従魔の証である従魔証や、拘束具にすら興味を示して触ろうとしてきたりと、怖い物なしである。
さすがに、拘束具に触られそうになった時は回避した。魔物の魔力を吸収するものだと聞いてはいるが、人への影響が皆無とは言い切れない。しかも相手は幼い子どもだ。
俺が頑張って回避したすぐ後に、事態に気付いた修道女のひとりが子どもを回収してくれたので内心胸をなで下ろした。そのまま確保してちゃんと言い聞かせておいてくれ。
ちなみに従魔証は、真ん中に青い魔石の嵌まった首輪タイプの魔道具である。いかにも従属性を感じさせるものだが、実は決まった形はないようで、腕輪だったり足輪だったりと従魔のタイプによって変更可能なものらしい。俺が首輪だったのは、四肢に枷、もとい拘束具を付ける必要があったからだ。空いている場所が首しかなかった。
修道女に回収された元気な子どもは、懇々と「軽々しく触れてはいけない」と諭されていた。恐らく、拘束具だけでなく俺自身にも触れて欲しくはないと思うのだけれど、俺にべったりなノアの手前さすがにそこまでは言い切れないようだ。
ノアはともかく、このくらいの年齢だと好奇心がすべての感情を上回ってしまうのだろう。子どもあるあるだ。
村の子どもたちもこんな感じだった。というか、村の子どもたちのほうが元気すぎて大変だった。
食事ひとつとっても気が抜けないし、遊んでいたらいたで目が離せない。他に気を取られようものならその隙に事件が起きている。日が高いうちだけの子守りではあったが、幼児の集団を相手にするのは骨が折れた。育児って大変だなと思考が逃避したことは数え切れない。
まあ俺が虚弱なのを子どもたちも知っていたから、ほんとにヤバイ無茶は自重していたようだ。俺以外が子守り担当の時は、かなりの無茶をやらかしていたと後から聞いた。俺なら秒で使い物にならなくなってる盛りだくさんの内容だった。子どもって元気。
彼らに比べれば、ここの子どもたちはずっと大人しい。食器をひっくり返したりもしないし。周りに修道女たちがいることもその態度の一因だろうけれども。
そんなことを振り返りつつ、子どもの相手、もとい玩具にされていたのだが。
若干振り回され気味なそれがよかったらしい。
ろくに抵抗しなかったことも功を奏したようで、どうやら「安全」と認識されたようだ。
そのすぐ後から、修道女たちの対応が目に見えて穏やかになった。
怯えや恐怖を含んだ視線がかなり減り、表面上はそつのない対応をしてもらえる。とはいえ、これまで培われた嫌悪感や恐怖は拭いきれないようで、目の奥には警戒や猜疑がしっかりと見えるのだが。
苦渋を飲んでの妥協なのがわかるだけに、俺としてもこれ以上を求める気はない。
ひとまず、孤児院内に「存在する」ことを許されたので満足だ。
なにしろ、この身体は魔物どころか怪物。
嵩を減らしてだいぶ制御しやくすなったとはいえ、うっかりで惨状を作ってしまった過去を思えば、可能な限りヒトとの接触は避けるべきだろう。
俺自身の寂しさはともかく、遠巻きにひそひそとされているくらいでちょうどいいはず。
ついでに、その距離感を子ども達にも見習って欲しい。
俺にべったりとくっついているノアを見下ろすと、ご機嫌な笑顔が返ってきた。理解できないが、とても嬉しそうである。
……まあ、無理だろうなあ。
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