16.従魔の"設定"
「さて、話は聞いていたな、スヴェン」
「はいはい。上には適当に誤魔化しとくとして……そういうことなら僕からひとつ提案が。
そちらの従魔……ルーチェでしたか、形式的に僕が主人となるのはいかがでしょうか」
ギルドマスターの言葉に頷いたスヴェンが、アンジェリカへそんなことを提案してきた。
「あくまで書類上のことです。従魔の主人はそうおいそれと変えられるようなものではありませんから。とはいえ、ノアが主人だと周囲に知らせるのは、今はまだ色々と危ない。ノアの身を守るためにも、真実はできる限り隠した方が良いでしょう」
その案は俺も賛成である。正直、「主人になる」と言われた時は少しもやついたが、ここまでの話を考えれば彼の提案も納得出来る。俺の存在を隠せず、子ども自身を匿えない以上、その関係性を秘匿するしか安全性を高める手段はない。
「従魔にしても同様です。泥人形……モンスターだと知れれば余計な混乱を生みかねません。少々無理はありますが、土妖精の変異種あたりが無難かと」
「グノー……大地の妖精のことでしょうか?」
「ああ、そちらの方が一般的ですね。そうです、精霊ではなく妖精のほうです」
「たしか、とても小さな魔物だと聞いていますが」
「その通りです。本来は手のひらに乗る大きさです。土の中に棲み、畑の土壌を変質させたり作物を荒らしたりする魔物ですね」
なんとなく害虫っぽいなと思いつつ話を聞く。
スヴェンいわく、大地の妖精もとい土妖精は、その名の通り土魔法を得意とする魔物らしい。仮に俺がうっかりで土を操作してしまっても「グノーによる土魔法」でなんとかギリギリ誤魔化せるのではないかということだった。
「ご存じとは思いますが、妖精自体そう強い魔物ではありません。もちろんその一種である大地の妖精も畑を荒らす程度の魔物ですので、従魔としてことさら目立つことはないはずです。
……まあ、大きさについては"変異種"ということで一応の説明はつくかと」
苦笑するスヴェンの説明に、内心首を傾げる。
そう上手く誤魔化されてくれるものだろうか。手のひら程度の魔物が、人と変わらない大きさになっているのだ。あまりにも大きさが違いすぎないか。
「大丈夫でしょうか……? その、あまりに話に聞く大きさが」
「ああ、大丈夫でしょう。グノーの変異種は多いんです。幼児ぐらいの大きさは幾つか確認されていますし、馬や狼のような姿の変異種もいますよ。このくらいは誤差でなんとかなります。たぶん」
グノーは思った以上にでたらめな魔物らしい。
グノーが特殊なのかもしれないが、これまで妖精をみたことがないのでなんともいえない。妖精という存在自体が変異しやすい可能性もある。
「私の提案する設定はこうです。ルーチェは私が所有する土妖精の従魔であり、ノアの護衛をさせるために孤児院へ貸し出している、と」
「護衛、ですか?」
「ノアが何者かに誘拐されかけたことは事実ですし、念のために護衛を付けるても不自然ではないでしょう。あとはなるべく人目……特に冒険者の目に触れないように注意していただければ、数年は誤魔化せると思います」
「……なるほど、わかりました。それでノアに累が及ばないのであればその通りにいたしましょう。ただ……過剰と誹られることはありませんか? こういっては何ですが、私たちは貴族でもありませんし……」
アンジェリカが言葉を濁す。
俺の国では命は平等ではない。いや、きれい事を言うならば平等なのだけれど、実際には優先順位が存在する。個人的な好みの話ではなく、身分によって引かれた明確な線だ。
王族の命が最優先なのは当然として、貴族、商人と地位と金銭的余裕のある順に優遇されていく。
俺のような庶民、それも寒村の民の命など、王侯貴族に比べれば雑草程度の価値しかない。
この国でも、そうした価値観は俺の国とさほど変わらないのだろう。
アンジェリカの口ぶりからして、孤児である子どもの命など石ころも同然に違いない。
彼女の濁した言葉の先を継ぐならば、「ただの孤児のために護衛を用意して批判に晒されないか」といったところか。アンジェリカ自身の意見ではなく、あくまで彼らの常識がそうなのだ。
「ええ、間違いなく眉を顰められるでしょうね。なので、もうひとつ設定を加えてください。ノアは厄介な魔物に目をつけられている可能性があると」
「厄介な魔物ですか?」
「はい。具体的な名称はなくてもいいでしょう。護衛をつけるほど厄介な魔物だと周知できれば十分です」
「ああ、なるほど……聖職者でも討伐可能な、されど神出鬼没なモノあたりを想定しておけば良いのですね」
「ええ、宜しくお願いします」
程よく脅威になりつつも、子どもを追い出すほどの脅威ではない。そのギリギリの仮想敵を作り上げて、うまいこと誤魔化すつもりらしい。
にこにこと笑い合う大人ふたりに、子どもはきょろきょろと視線を泳がせている。
口を挟むことなく大人しく聞いていたが、たぶん内容はあまりわかっていない。
不安そうな子どもに向かい、アンジェリカが優しく説明している。
時折、同じく話を聞いていたジークたちや、ギルドマスター、スヴェンも説明に加わって、ようやく子どもも理解したらしかった。
「ぼく、ルーチェと一緒にいてもいいの?」
「ええ」
「ルーチェは泥人形……じゃなくて、ええと」
「妖精、ということにしましょうね」
「ようせい……妖精、うん。ルーチェは妖精で、ぼくの……」
「護衛ですよ。ノアを守ってくれる、頼もしい味方です」
「ぼくのごえい……護衛!」
ぱっと子どもの表情が明るくなった。
くるりと振り向いたその緑の瞳が、いまだ部屋の外に放置されている俺に向く。
うきうきと弾むような気持ちがなんとなく伝わってきて、何がそんなに嬉しいのかと首を捻る。
護衛なんてただの方便だし、実態は背後をついて回るだけのモンスターだ。
危害を加える気がないだけで、率先して助ける気もあまりない。咄嗟の行動は俺の管轄外だ。そんな名ばかりの護衛なんて嬉しいものでもないだろうに。
「残る問題は、彼ですね」
スヴェンの言葉に、矛先がこちらに向いたことに気付いた。
はて、問題? 普通にそのあたりの事情は聞いたし納得しているけれど。
「言葉として漏れることはありませんが……どの程度こちらの意図を汲んでくれるものか」
「ノア、ルーチェは私たちのお話を聞いていましたか?」
「ええと……」
こちらを見る子どもに、俺はといえばどうしようもない。とりあえず聞いてたからと心の中で念じてみる。通じたかどうかが子どもの反応でしかわからないのは、どうにも困るな。
「聞いてたみたい……?」
「ルーチェは何と言っていますか? 嫌だと言っていますか?」
アンジェリカの言葉に少し考える。大人の事情を考えれば提案は妥当だとも思う。重要なのはこどもの安全と平和だ。厄介なお荷物の自覚はあるので、余計なことは要求しまい。
「……? なあに?」
子どもが俺を見て、首をかしげる。どうやら俺の思考がよく伝わらなかったようだ。それともややこしかったのか。
考えて「大丈夫」とだけ念じてみる。何度か心の中で単語を繰り返したところで、子どもがうんと頷いた。
「大丈夫って」
「……それは了承と取っていいんでしょうかね」
子どもの返答に、アンジェリカではなく、スヴェンが困ったように言った。
もちろん、了承だ。ただ渋々な面も少なからずあるのでもろ手をあげて賛成はできなかった。俺の主人もとい責任者が見ず知らずの男性というのが、すこしひっかかるだけである。まあ子どもに責任取らせるのもどうかと思うので、妥当な提案だとわかってはいるのだけれど。
そういった俺の複雑な内心が「大丈夫」に込められているが、まあそんなことは誰にもわからないわけで。
「ほかには何かいっていますか?」
アンジェリカの問いかけに、子どもはしばらく考えるような素振りをみせたあと、「ううん」と首を振った。複雑な俺の心は伝わらなかったようだ。
「では……彼は土妖精としてこちらで登録しておきます。従魔用の装備は後でお渡ししますので……ああ、あとこちらも当面の間はつけておいてください」
そういって、スヴェンがテーブルの上にドンと置いたのは、金属の塊だった。
よくみれば鎖で繋がれた輪が四つ。輪自体は細く、繋がっている鎖さえなければ装飾品と思われそうなデザインだが、当然装飾品のはずもない。
曰く、これは魔物専用の拘束具らしい。
装着することで、この輪の中に体内の魔力を吸収し続けるそうだ。魔物は身体機能の大部分を魔力で補っている節があるので、「大人しくさせる」なら確かに効果的だろう。
ただ、吸収量がどの程度かわからないのが不安だ。全体の何割、みたいな制限がついているといいのだが。
下手すると、装着した途端にただの泥に戻ってしまいそうで怖い。
「もし万一のことがありましたら、冒険者ギルドの方に助けを求めてください。私をふくめ、魔術士は突発的なことに弱いものですから。緊急時には判断の早い冒険者ギルドの方が役に立ちます。魔術士ギルドへは、落ち着いたころにご連絡下されば」
彼のその忠告へ、ギルドマスターが一瞬視線を険しくした。不満、というか何かいいたそうな気配がしたがそのまま口をはさむことはなかった。
そこからさらに注意と『設定』のすり合わせを行って、ようやく街へ入る許可が下りた。
スヴェンとは小屋で別れて、ここを訪れた時の面子にアンジェリカを加えて徒歩で移動する。
俺以外にとってはようやくの帰宅だろう。
俺も『一緒に帰る』と理解した子どもが大喜びで俺の手を引いている。そのもう片方の手はアンジェリカと繋がれていて、なんというか、謎に平和な光景だ。これで俺がちゃんとした人間だったら、端からは仲の良い家族にも見えたかもしれない。
ジークたちは大丈夫だといってくれたが、早々にギルドマスターにもバレてしまったし、正直自分の姿に不安しかない。もう一度、鏡か何かを借りて練習するべきだろうか。粘土細工とかあまり得意ではないのだけれど。
ちなみに、そのジーク達とは街に入ってすぐに別れた。ギルドマスターに物理的に引っ張られていたので、もしかしなくても絞られるのかもしれない。原因というか元凶の自覚があるので非常に申し訳なかった。彼らは人助けしただけなのに。
機会があったら恩返しをしたいところ。
「今日はもうこんな時間になってしまいましたし、ルーチェの紹介は明日にしましょうね」
子どもに優しく語りかけるアンジェリカの言葉に、ふと空を見遣ればいつの間にか陽が随分傾いていた。夜のとばりが降りるまで、そう幾ばくもない。
ジーク達に連れられてダンジョンを出た頃はまだ日は高かった。その後街の外で話し合いをしていた時間を加味しても、実際はダンジョンを出た時点で午後をだいぶ回っていたのかもしれない。
アンジェリカは「朝から」子どもの姿が見えなくなったと言っていた。午前中のどこかで店に出かけ、何らかの作用でダンジョンに迷い込んだとして。
もしや俺がみつける結構前から、ダンジョンの中にいたのだろうか。てっきり、迷い込んで間もないと思っていたのだが。
子どもの言動を振り返りつつそんな事を考えていたら、名を呼ばれた。
「ルーチェ、今夜は私とあなた、ノアの三人で一緒に寝ましょう。ギルドマスターとのお約束なのでこれをつけますけれど……少し窮屈ですが我慢してくださいね」
申し訳なさそうにアンジェリカが言う。
コレ、というのは例の拘束具だ。当面はつけることが確定しているが、特に夜は必ずつけるようにと強く言われていた。基本的に魔物は夜の方が活動が活発になるらしいので、妥当な措置だと思う。
妥当でないのは、アンジェリカの「三人で寝る」という発言だ。
いや、監視の意味があるのはわかっている。わかっているが、何も同じ部屋にいる必要はないのでは。
そもそも暴れる気もないので、どこか適当なところに放置してほしい。
内心引いた俺だったが、よく考えたら子どもがついてくる可能性に思い至り、途端にアンジェリカに同情した。
魔物と同じ空間で寝るとか、心労が凄そうだ。
なるべく置物になろうと決意を新たにし、俺はアンジェリカの柔らかな手招きに従うことにした。




