15.従魔の処遇
アンジェリカと名乗った孤児院の院長は、綺麗な女性だった。
もっと年嵩で恰幅の良い……中年の聖職者によくありがちな人物像を想像していたから、少し驚いた。
肩書きからそれなりの年齢だと推察できるが、それにしても若くみえる。エレンの姉と言っても十分に通りそうだ。雰囲気やおっとりとした口調も似ている。まさか本当に姉妹というわけではないだろうが、聖職者というのはよく似るものなのだろうか。
「なるほど、ノアには従魔術の才能があるということですね?」
ギルドマスター達から一通りの説明を受けたアンジェリカが、最初に確認したのはそんなことで。
確かにその通りなのだが、最初に確認するところはそこでいいのだろうか。
当事者なのに完全に蚊帳の外におかれている俺は、物理的な蚊帳の外からそんなことを考える。
もっとこう、俺という魔物に対する恐怖だとか対策だとかが最初にくると思っていた。まあ従魔術が使えてるかどうかも大事なところだとは思うけれども。
「ええ。現状では必ずしも喜ばしいこととは言い切れませんが」
「確かにそれはそうです。強すぎる力は、周りだけでなく本人にも牙を剥きかねないもの。真価を発揮するのは、きちんと御せるようになってからのお話ですからね」
行方不明になって以降の子どもの数々のやらかしを聞いたアンジェリカが、納得したように頷いている。
彼らの結論としては「子どもの才能は伸ばすべきだが、今従魔を持つのは危険すぎるので手放す」というものだ。
その通りだと俺も思う。
当事者が何を言ってるんだという話だが、現状を聞けば聞くほど子どもに悪影響しかなくて、なんともわがままを言いづらい。
まあだからといって、手放された後に討伐と言われてもすんなり頷けるわけもないのだが。
そうなったら全力で逃亡する気満々である。討伐隊が組まれるかもしれないけれど、それはその時の俺に期待しよう。
当然、討伐のくだりで子どもは猛反対した。
予想できる反応だったため、当初は子どもを別室に移動させて話し合いをしようとした。だが、アンジェリカが「ノア自身のことなのだから外すべきではない」と却下したのだ。
後々子どもに説明することを思えば、ここで総がかりで説得したほうがまだマシだろう。説明担当の負担的な意味で。
「あなたにはまだ早い能力です。従魔契約だっていつ解けてしまうかわからない。彼が自由になることだけは避けねばなりません。……わかりますね?」
アンジェリカの言葉に、子どもはためらいがちに頷く。緑の瞳は既に涙で潤んでいる。
「でも……ルーチェはおともだちで……とても優しいよ? ノアをたすけてくれたの。まっくらでこわくて……ルーチェがずっと一緒にいてくれた。しんじゃうの、いやだよ」
俺だって死ぬのはごめんだ。このモンスターが死んで元の身体に戻れるならばいいが、そんな保証はどこにもない。
「……もともと、魔物は危ないものだってのはわかるな? しかもそいつはただの魔物じゃあない。悪いが、森に逃がしてやるってわけにもいかねぇ」
下手をしたら街が滅ぶ、と脅す口調のギルドマスターに、子どもがますます顔を歪ませた。
安心してほしい。街を滅ぼす気などないしそこまでの力があるとも思えない。中身は人畜無害な一般庶民である。わけのわからないモンスターの身体が使いこなせるはずもないわけで。
そう思っても、いっぱいいっぱいな子どもには伝わらないらしい。
「あー、ギルマスいいっすか?」
周囲の大人たちから詰められている様子を見かねたのか、ジークが遠慮がちに話に加わった。
「なんだジーク」
「俺らがさ、しばらく様子見るってのは駄目かな」
「なに?」
「俺らもダンジョンからこっち、ずっと一緒にいたんスよ。マジでそいつ従順だし、頭もいいし……変なことにはならないんじゃねぇかなあと」
「私たちの会話だってたぶんそこそこ理解してると思います」
「ノアさんをとても可愛がってるみたいで~」
次いで、アリシアとエレンもジークの援護にまわる。この場合、子どもの擁護というのが正しいだろうか。あと別に俺は可愛がってはいない。
「こう、俺らが時々様子見に行くとか……そういうのでもだめです?」
「時々じゃあ、万一に対処はできんだろ」
「いやまあそれはそうなんスけど」
あっけなく一刀両断されたものの、ジークは諦めずに「じゃあなんか魔道具ないんですか! 呼び笛的な!」などと食い下がっている。
その様子を黙ってみていたアンジェリカは、再び子どもに声をかけた。
「ノア、あなたは従魔と暮らしたい? 孤児院でいっしょに?」
「うん」
「魔物だってわかったら皆怖がるかもしれないわ。どうしましょう?」
「ぼくがみんなに怖くないよっておはなしするよ」
「それでも怖いから、ノアとも一緒にいたくないって言われたらどうするの?」
アンジェリカの問いに、子どもがうろ、と視線を彷徨わせる。その光景を想像してか、子どもの表情が一層曇った。
「……かなしい、けど。だいじょうぶ。ルーチェがいるから」
「ルーチェとはずっと一緒にいるのね?」
「うん」
「それはどうしてかしら? 従魔だから?」
子どもは少し首を傾げる。考えるような素振りを見せた後、ゆるく首を振った。
「ううん、いっしょにいたいから。ルーチェはノアのだいじなお友達なの」
迷いのない答えだった。
それを聞いたアンジェリカは、唇に穏やかな笑みを浮かべた。
「わかりました。なら頑張って皆にお話しましょうね」
子どもの頭をなでて微笑むアンジェリカに、ギルドマスターが表情を険しくさせる。
「聖人殿、それは」
「ええ。お聞きになったと思いますけれど、ノアの意思は固いようです。なのでこのまま、そちらの従魔も孤児院で引き取ろうと思います」
なんてことない様子で、アンジェリカが微笑んだ。
「もちろん、危険は重々承知しております。私も冒険者登録はしておりますし……若いころはそれなりに修行させて頂きました。とはいえ慢心できるほどの技量もございませんので、ギルドに依頼をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「……依頼、ですか?」
「ええ。そちらの……『炎の剣』とおっしゃったかしら。彼らへの指名依頼をお願いします」
「へっ、俺ら?」
「依頼内容は……そうですね、週に一度、孤児院の警備に来ていただくというのはどうでしょう」
事前の連絡も必要なければ、日時の指定も必要ない。ただ、そのくらいの間隔で来てほしいのだと請われ、突然話を振られたジークはぽかんとしている。
「……はぁ、三日に一度が条件です。少なくとも、最初の一月はこの頻度でなければお受けできかねます」
答えたのは、ギルドマスターの方だった。ため息をついて、どこか呆れた顔をしている。
「わかりました。彼らがよろしければそれでお願いします」
「聖人殿とはいえ、相応に報酬は頂くことになりますが……失礼ながら余裕はおありで?」
「ふふ。仰るように運営費に余裕はありません。本部からの予算と寄進でやりくりしているのが実情ですので……ただ、個人的な蓄えを放出する分には口出しはされません」
「個人財産ですか」
「ここだけのお話にしていてくださいな。若い頃に無茶をして蓄えたもので、勿論ちゃんと合法なものですよ」
「……もしやダンジョンで?」
「秘密です」
うふふ、と愛らしく笑うアンジェリカに、ギルドマスターはそれ以上の追及を諦めたようだった。渋い表情のまま、視線をジークへと向ける。
「……そういうことらしいが、おいジーク。受けるか?」
「へあっ?! あ、はい、是非」
「良かった。よろしくお願いしますね」
ジークはあわあわと頷いた後、「あっ、ごめんよかったか!?」と急いでエレンとアリシアに確認を取っている。聞かれた二人はといえば、こちらもあわあわしながら頷いていた。
大人達のやりとりをぼんやりと見上げていた子どもは、話がおわったと見取ったのか、アンジェリカの袖を引く。
「先生?」
「よかったですね、ノア。彼らが時々会いに来て下さるそうですよ」
「そうなの?」
子どもは嬉しげにぱっと顔を明るくする。エレンに懐いているようだったし、彼らを『お友達』に認定していても不思議ではない。