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14.★特殊個体の従魔

(ギルマス視点)


 異変が起きることは、想定内ではあった。

 ダンジョンは災厄であり、およそ人の力で図れるようなものではない。管理下にあるとはいえ、内部で何が起きているのか予測することは不可能だ。

 モンスターの飽和――”暴走(スタンピード)”は起きるとエドガーは考えていた。それが10年後か100年後か、はたまた3日後かはわからないが、必ず「その日」は起きると。

 だがそれ以外の異変については、あまり考慮していなかった。

 発生率の低さもさることながら、被害の規模を思うとどうしても暴走(スタンピード)にばかり注意が向いてしまうのだ。何より、ダンジョンのことで判明していることなど一握りである。あれこれ考えても仕方ないと思考の外に置いていた節は否めない。

 だから、ダンジョンから近づいてくる禍々しい気配に「その日」が来たのかと覚悟した。

 避難をと(はや)った思考を押しとどめたのは、それのスピードが遅かったからだ。

 そうして落ち着いて吟味してみれば、気配自体は大きいものの数は少ない。

 だからといって侮るわけにもいかないが、騒ぎ立てるのは早計かもしれないと思い、ひとまず自らの目で確かめることにしたのだ。

 そうした内容をフレドリックに伝え、腕の立つ冒険者と治安部隊の兵士を連れて関所に向かった。要らぬ混乱を招かないようエドガーと3人の兵士のみが関所で待機し、他の人員には壁の内側と小屋で待機してもらう。

 その際に、魔術士ギルドにまで声をかけたのは、単に戦力確保のためだった。スヴェンに要点を伝え、適当な人材を手配してもらうつもりだったのだが、事態を面白がったスヴェンが立候補してきた。本人は後悔の真っ最中だろう。人前にもかかわらず思い切り頭を抱えている。

 とはいえ、客観的にみればこれ以上にない最良の手ではある。

 まさかあんな厄介そうなモンスターが従魔となっているとは思わなかったが、彼らがあの調子で街に入ったら混乱は必至だ。そうなってからスヴェンを呼びつけたのでは、取れる策は限られてくる。

 衆目を浴びてしまえば箝口令は大した効果が望めない。従魔の異常性――もとい、ノアの特異性が面倒な誰かの耳に入ることだろう。

 そうなる前に悩む時間があるのは幸いだ。

 スヴェンならばノアをむざむざ生贄にはすまい。隠蔽するか公表するか。どちらにしろ、ノアの安全が確保される道を示してやれるはずだ。


 今も戸口で立ち尽くしている従魔を見遣る。

 とても厄介な怪物(モンスター)とは思えない、華奢な姿。成人前後と思われる年頃の、恐らくは少年を模した泥人形。

 これといって特徴のない顔は静かに室内に向けられていて、色違いの双眸が己の主人をひたと見つめている。時折ゆるりと瞬く様が、いかにも人間くさい。

 ジークは”泥人形”と言っていたし、スヴェンもはっきりと否定しない様子からして、その判断は間違いではないのだろう。

 だが、泥人形にここまでの擬態能力はなかったはずだ。

「ない」と断定できないのは、魔物も生物である以上、進化なり変異なりするからだ。ただそれがモンスターにも当てはまるかと問われると難しい。

 スヴェンの言うように、モンスターは『生き物ではない』というのが公的な見解だ。生き物のような挙動をみせる、ダンジョンの機能(システム)。それが各ギルドや国の認識である。

 一般の冒険者までその認識はさほど広がってはいないが、特に秘匿しているわけではない。ダンジョン内のモンスターが減りも増えもしないこと、繁殖をしないことは、誰でも知っている。ただ、血を流し苦悶の声をあげるそれらが単なる機能の一部だとは思えないだけだろう。

 モンスターが『生き物でない』という見解に則るならば、通常個体の進化や変異ではなく()()()()()泥人形だった可能性が高い。それこそ、泥人形のボス個体である”泥木(でいぼく)の王”のような。

 つい先日上がったばかりの報告を思い出す。

 “泥木の王”の挙動がいつもと違い、まるでただの泥人形のようだったと。

 ジークたちが出会った当初、この目の前の従魔もまだ泥人形らしい姿をしていたようだ。それが契約して突然今のような姿に変化したという。

 もしや、と思わなくもない。

 泥人形という言葉だけで結びつけるのは早計だとわかっていたが、この短期間にそうも多くの例外が起きるだろうか。

 この従魔が、”泥木の王”――否、『王の間』にいた特殊個体だと、考えた方が自然だ。

 ただ腑に落ちない点は幾つもある。

 まず、従魔契約が成立したからといって迷宮怪物(ダンジョンモンスター)、それも重要な個体であるはずのボスがダンジョンの外に出られるものなのか。記録によれば、今回の”泥木の王”は140年ほど無敗で君臨し続けている。そんな貴重な守護者を、ダンジョンがそう簡単に解放するものだろうか。

 次に気になるのは、対応の違いだ。

 “泥木の王”は、『赤狼の牙』を全滅させていた。話を聞く限り、出会った時期はノアとほぼ同時期。『赤狼の牙』を容赦なく屠る一方、ノアへの敵対行動はなくむしろ守るような反応もみせている。加えて、『炎の剣』に対しても敵対行動をしていない。まだ従魔契約がなされていないにもかかわらず。

 従魔術が効いたことはひとまず置いておいても、このモンスターのそもそもの行動がおかしいのだ。

 ただの泥人形としても、ボスとしても。

 考えれば考えるほど、頭痛がしてくる。スヴェンと並んで頭を抱えたいくらいだ。

 強い魔物を従えること自体はいい。過去に竜を従魔にした記録も残っている。

 だが、それは術者が規格外だったからだ。

 従魔術は基本的に魔物を強制的に屈服させる術であり、自らの力量以上の従魔は手に入らない。つまりは、従魔とするのは術者より()()魔物である必要があるのだ。そうでなければ、激しい抵抗にあって命を落しかねない。

 ノアは違う。

 力関係は間違いなく従魔のほうが上だ。何しろノアはまだ5歳の子ども。その歳で泥人形、それも特殊個体を屈服させる力を持っていると思うほうがおかしい。

 なのになぜ、あのモンスターはノアに従っているのか。掛けられた魔術に抵抗さえせず、従順にしている姿がいっそ不気味だ。

 従うだけの何かがあるに違いないが、それが何なのか見当もつかない。

 まさか契約を持ちかけるような種類ではないはずだが。

 契約を持ちかけてくる厄介な魔物の候補が脳裏をよぎり、首を振って思考を散らした。そういう魔物は街やダンジョンにはあまり姿を見せないので、確率としては非常に低いはずだ。

 あれこれと考え込むエドガーに、兵士が静かに近づいてきた。


「ギルドマスター、アンジェリカ様がご到着されました」


 小声で寄こされた報告に、エドガーは内心「やっとか」と胸をなでおろす。


「お通ししろ」


 許可を出してしばらく、奥の部屋の扉が開く。

 奥の部屋には転移のための魔術陣が設置されており、緊急時の移動に用いられている。最前、スヴェンの移動もそれだった。さすがに魔術士ギルドの()を連れ回すのは人目を引く。ちなみに、この件について自らも冒険者ギルドの長である事実を都合良く棚にあげたエドガーに、スヴェンも物申してきたが無視した。

 ともかくその便利な仕組みを利用して、街の冒険者ギルドに彼女が到着したらこちらに転送するようにと事前に伝えておいたのだ。

 兵士に伴われて現れたのは、妙齢の女性。

 流れるような銀糸の髪に、淡い水色の双眸。修道服に身を包んだアンジェリカは、マリード唯一の孤児院の院長にして七天教会の”聖人”だ。


「あら、ノア。探しましたよ」


 彼女は、開口一番にそう言ってふわりと微笑んだ。


「先生」


 ノアがぱちりと瞬く。どうやらあたりだったらしい。

 さっと椅子から降りたノアは、そのままの勢いでアンジェリカへと駆け寄った。


「おかえりなさい。どこも怪我はしていませんか?」

「ううん。先生、ごめんなさい。おにいちゃんとはぐれてしまったの。手をはなしちゃだめっていわれてたのに、お店が気になって」

「そうでしたか。貴方が無事ならいいのです、また後でロビンにもちゃんとお話してあげてくださいね。とても心配していましたから」

「おにいちゃん……怒ってる?」

「いいえ、怒っていませんよ。とてもとても心配しただけです。だから元気だと教えてあげましょうね」


 微笑ましいやりとりを、自然と無言で見守った。

 アンジェリカは小さく頷いたノアの頭を軽く撫で、ようやく視線を周囲に巡らせる。


「みなさま、このたびはノアを保護してくださりありがとうございました」


 丁寧に頭を下げる。まっすぐな銀糸が、さらさらと肩を流れ落ちた。


「七天教教会のアンジェリカと申します。ノアはこちらの孤児院で暮らしている子で……朝からこの子の姿がみえず、探していたところでした」


 七天教は、教会に孤児院を併設していることが多い。マリードにある教会もその例にもれず、そのためエドガーは真っ先に教会へと使いを出していた。子どもを保護したので確認してほしいと。


「よかったな、ノア」

「やっと帰れるわね」


 ジークたちが声をかけると、ノアははにかみつつ頷く。そして、ふとアンジェリカを仰いだ。


「先生、あのね。おともだちもいっしょでいい?」

「あら? 一緒に? 彼らは彼らのお家に帰ると思いますよ?」


 てっきりジークたちのことを指しているものと思ったらしいアンジェリカの言葉に、ノアは首を振った。


「ちがうの。ルーチェだよ。えっと、ダンジョンでお友達になったの」

「……ダンジョン?」


 ぽかん、という表現がぴったりの顔で、アンジェリカが疑問符を大量生産している。

 それを見届けて、エドガーはがしがしと頭を掻いた。

 頭の痛い問題である。どう説明したものかと考えつつ、長々と息をついた。


「あー、それについては俺から説明させて頂きたい。聖人殿、ひとまずそちらの席へ。おい、誰か飲み物を用意してくれ」


 長い話になるのは確定だ。もっとも、長くなる最大の要因はノアの言う『お友達』の処遇なのだが。

 そのあたりの説明はスヴェンになげればいいか、と内心算段をつけつつ、エドガーはアンジェリカに着席を促した。



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