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13.普通の魔物と怪物


「へぇ、こんなとこに建物があったんですね」


 壁沿いに森の中を進んだところで、突然ぽつんと建物が現れた。

 石造りの二階建てで、外壁は蔦で覆われている。


「普段は見えないようにしてある」

「見えない……?」


 首を傾げたアリシアの疑問に答えることなく、ギルドマスターは木製の扉を開けた。

 数人掛けのテーブルと椅子があるだけのだだっ広い部屋に、一人の男性が佇んでいた。

 深緑のローブに、波打つ黒髪。ゆるくひとつに束ねた毛先がいまにも地面につきそうだ。

 彼はこちらを振り向いて、黒目がちの双眸を柔らかく細める。


「やあ、遅かったねエドガー。待ちくたびれてそろそろ足が棒になるところだった」

「ろくに待ってもいないくせによく言う」

「ばれたか。それにしても驚いたね。こっちにも要請がきたのはそれが原因かな」


 肩を竦めた彼の目が、まっすぐに俺を見る。どうやら彼にも俺の変装はバレているらしい。太鼓判とは。


「なるほどね……ちょっと失礼」


 その指がすい、と空間を横になぞる。

 特になにが起きる様子もない。内心首を傾げた俺をよそに、男性は子どもへと手招きをした。


「こっちにおいで、お菓子をあげるよ。エドガー、君たちも一緒に入っておいで。お茶くらいは用意してあるからね」


 にっこりと笑って、人(さら)いの常套句のようなことを言う男性。なんとなく胡散臭く見えるのは俺の目が曇っているのだろうか。

 そんな俺の心中に気付かない子どもは、困ったような顔をしつつも、周囲の動きに誘われて室内へと足を入れる。

 当然、手を引かれている俺も後を追うわけで――途中、入り口でバチンと弾かれた。

 なるほど、先ほどの指の動きはこういうことか。

 この感じはダンジョンで経験したアレとよく似ている。魔物を通さないという揺るぎない拒絶の意思。あちらは従魔となった途端にすんなり通ったので、こちらより複雑な構造をしているのかもしれない。


「ルーチェ!?」


 暢気な俺と対照的に、子どもは大仰なほどに顔色を変えた。

 弾かれただけのリアクションにしては大きいので、思わず以前の巨大な泥人形スタイルに戻っているのかと焦ったが、弾かれた衝撃で離れた手をみてもここ数時間見ていたものと変わりない。


「ルーチェ、どうしよう、なんで……? ノアが悪いの? ノアだめだった?」


 呆然とこちらを見る子どもの目にみるみると涙が溜まっていく。いやなんで泣く?


「おい、何泣かせてんだお前」

「えっ、あれ、泣かせるつもりはなかったんだけど……ええと、ごめんね、少しの間だけだから」


 入り口で立ち尽くす俺に縋ってわんわんと泣く子どもに、男性が慌てている。ジークたちは「あちゃあ」という顔で静観していた。そんな顔をするくらいなら宥めるのを手伝ってやればいいのに。

 自らを『スヴェン』と名乗った黒髪の男性が言うには、これも一種のテストなのだとか。術者から離れても危険な行動を取らないかどうかの確認なのだそう。

 きちんと確認が取れて他のテストもクリアすれば一緒にいられるよと説得されて、ようやく子どもは泣き止んだ。

 嘘ではないだろうが、これは彼らの安全確保の意味もあるのだろう。

 子どもにそんな気は欠片もなかろうが、万一敵対すれば面倒なことになる。ギルドマスターと気安く話している様子から、この男性――スヴェンもそれなりの地位にいる人物だと思われた。

 要人との面会に武器を預けるのは常識である。むしろ現状武器扱いである俺が、拘束されず閉め出されているだけでも甘い対応だと思う。


「さて、それじゃあもう少し詳しく話を聞かせて貰おうかな」


 全員をテーブルに案内し、スヴェンが質問を始める。その内容は、最前ギルドマスターに説明した中身を確認するようなものだ。大半をジークたちが答え、子どもに尋ねたのは孤児院の様子と人攫いの件くらいだった。


「孤児院にはさっき使いを出した。じきに連絡がくる」


 ギルドマスターいわく、マリードにある孤児院はひとつだけらしい。

 ダンジョンの距離から行っても、可能性としては一番高いだろうとのこと。子どもがどうやってダンジョンに入ったのかという疑問はあれど、あまりに遠い街とは考えにくい。


「ちゃんと探すから心配しなくていいからね」


 不安そうな様子を見取ったのか、スヴェンが子どもに笑いかけた。子どもはチラリと彼を見たものの、すぐに隣に座るエレンの腕に顔を押しつける。

 エレンにも懐いているようで何よりだ。


「それじゃあ従魔の件だけど……モンスターだというのは間違いないかな?」

「間違いないです。ちゃんとこの目で見たんで。その、ダンジョンの外にいますけど……」


 自信ありげに頷いたジークが、後半少し戸惑った様子でちらりと俺を見る。

 そういえば、と外に出る際に身体が崩れかかったことを思い出す。

 確かにあの時は煩いくらい警告が来ていた。だがあれは、崩れることを警告していたというよりは『出る』ことに対して激しく反発されていたように思う。崩れるから出るな、ではなく、崩れたくなければ()()と。


「ああ、モンスターがダンジョンの外に出られないってアレ、あくまで噂だからね? ダンジョンから出てきた例はいくつかあるよ。まあ小型のモンスターがすぐ消滅するのは間違いないんだけど……」


 魔力が原因かな、とスヴェンはあっさりと訂正する。


「え、そうなんですか。じゃあ門のあたりも危なかったりとか」

「ギリギリ安全圏かな? 門のところまで持つようなヤツはあまりいないしね。むしろそこまで形を保てているなら、街を襲撃できるクラスのモンスターだよ。

  ……うーん、しつこいようだけど、魔物じゃなくて”怪物(モンスター)”で間違いないよね?」


 その言葉に俺は内心首を傾げる。魔物とモンスターは違うのだろうか。ジーク達はこどもに「魔物の一種」だと説明していた記憶があるのだが。

 こくこくと頷く三人を見て、スヴェンが長い溜息をつく。


「なるほど……まあ、泥人形だものね。怪物(モンスター)で確定か」


 どうやら、俺は魔物ではなく『モンスター』と呼ばれるモノらしい。違いがさっぱりわからない。


「……あの、やっぱモンスターを従魔にしたらダメだったりするんですか?」


 アリシアが不安そうに尋ねると、スヴェンはいや、と首を振る。


「従魔にすること自体は問題ないよ。契約ができたならそれが全てだからね。

 従魔術は他の魔術と違ってコレといった正解はないんだ。本人の適性や相性、他にも色んな要素が絡んでいると言われてるけどまだ研究が殆ど進んでない。従魔術士もかなり少ないしね。まあだから、契約したこと自体が問題になることはないよ。

 問題なのは、これまでの常識が覆ることだ。これを知った各関係者がどうでるかなと思うとね、非常に面倒だなって」

「ああ……モンスターは従魔にできないっていう……」

「そう。モンスターは生物ではないから不可能ってやつ。各国の公式文書でも明記されている()()だからねぇ。それが覆ることは僕個人としては面白いと思うけれど、一部の界隈では大騒ぎになるのは目に見えてる。実際、これまで一度たりとも成功した例はないんだ。

 まあ、今まさにここで一例目ができたわけなんだけど。君たちからみてどうかな。あの従魔、ただの魔物で通るかな?」


 その問いかけに、ジークが難しい顔で首をひねった。


「俺は魔物はそんな詳しくないんですけど……擬態がうますぎるなとは」

「ああそうか。擬態や幻惑を使うタイプの魔物はこのあたりの森やダンジョンにはいないからね」


 魔物にもいろいろいるらしい。

 俺が村で遭遇してきた魔物はいかにも『獣』という感じだったから、そういった擬態を使ってくるタイプは知らなかった。村が田舎だからだろうか。それとも案外、森の深くまで入ればもっと違う魔物がいたのかもしれない。会いたくはないが。

 まあ俺も今は魔物――この場合”モンスター”になっていると言ったほうが正しいのか。

 彼らの口ぶりから、”モンスター”と魔物は似て非なるもののようだと認識をあらためる。


『生物ではない』


 その言葉に振り返れば確かに、他の泥人形からは意思めいたものは感じなかった。見た目もそうだし、挙動にしても淡々としすぎていたように思う。生き物特有の、命を賭けた必死さはなかった気がする。

 村周辺で遭遇した魔物は、こういってはなんだがちゃんと「生きて」いる感じがあった。姿も森の動物に近かったし、群れをなしたり、幼体を積極的に守る姿もみてきた。何より死体がきちんと残る。

 死んでも骨ひとつ残らず、せいぜい魔石くらいしか見つからないなんて、「生き物ではない」と証明するようなものだ。

 ならば何なのかと問われると、今まさにモンスターである俺にもわからないのだが。

 ともかく、そうした作り物めいた、死骸が残らないようなモノを”モンスター”と呼称しているのだろう。俺が知らないだけで、ダンジョン以外でもそういったモノがいるのかもしれない。


「泥人形もどちらかといえば擬態系だけど、精度は高くないからね。君らも知ってるあの姿が泥人形の限界だよ。擬態型といわれるタイプも多少姿がマシになる程度かな。あの様子からして、特殊個体だとは思うんだけど……鑑定板は持ってるかい?」

「あ、エレンが持ってます」

「それなんですけど~ちょっと壊れてしまったかもしれなくて~」


 エレンが眉を下げて、ポーチから薄い板を取り出した。あの謎の板である。


「種族名もランクも空欄なんです~」

「ああ、なるほど。他のモンスターはちゃんと表示されたかい?」

「はい、しっかり表示されます~」

「なら壊れてはいないね。特殊個体が相手だとそういう現象も起きるみたいだから」


 あの薄い板は『鑑定板』という名称の魔道具らしい。話から察するに、モンスターの識別ができる代物のようだ。

 スヴェンが三人に説明していた内容をまとめると、対象となるモンスターの魔力を検知して、過去に検出したことのある魔力と照合、弾きだされた結果を表示する仕組みのよう。そのため、標準的なものから逸脱した魔力を検知すると、該当なしということで空欄になるようだ。

 エレンの疑問の理由はわかったが、そうなると俺の名前が表示されているのがわからない。あの場で即興でつけられた名前に、過去があるはずもないわけで。

 だが俺のそんな疑問は、三人が納得して話を切り上げてしまったことで解消される見込みはなくなった。口の利けない俺に質問権はないのだ。


「ふつうの魔物と言い張るのはやっぱ難しいか」

「そういうのってわかるものなんですか? 俺らだったら、言われたら簡単に信じちゃうと思うんスけど」

「君たちはDランクだったかな? そうだなあ……勘みたいなものだから個人差はあるけど、Cランクくらいから気づく人は気づくんじゃないかな。常識が目隠しになってくれるうちはいいけど、それでもいつかはバレるだろうね」

「バレた場合ってどうなりますか?」

「良くて主従ともども研究対象。どこが口を出してくるかはわからないけど、首輪付きになるのは間違いないね。最悪の場合は、術士だけ監視対象として軟禁、従魔は即廃棄になる」

「うわ。どっちも最悪ルートじゃないですか」

「ほんとにね。さすがにこんな小さな子どもにそんな人生は歩ませたくないな。しかも彼は孤児だからね……せめて貴族の子息とかなら守れるだろうけれど」


 聞けば聞くほど、俺の存在が子どもにとって害悪となっている。やはりひっそりと行方をくらます方が正しいのではなかろうか。

 そう思った途端、子どもがぱっと顔をあげて俺を見た。

 もしや俺の思考が伝わったか?

 子どもの反応を目にとめて、スヴェンが首を傾げた。


「そういえば、従魔と会話できるって?」

「会話とはちょっと違うかもしれませんけど、意思疎通できてる風です」

「……なるほどね、ノア? 従魔の言葉はわかるかな?」


 スヴェンの問いかけに、子どもはちいさく首を振った。なんだ通じてないのか、と落胆したが、よく考えたら俺はそもそも言葉を発していなかった。子どもがわかるはずがない。


「じゃあ従魔の意思……従魔が何を考えているかはわかる?」


 その問いには躊躇いながらも頷いた。やっぱりわかるんだな?


「今、きみの従魔はどんなことを考えている?」


 子どもの視線が再び俺をむく。

 あいにくと大したことは考えていない。


「ぼくのこと? しんぱいしてる……?」


 首を傾げる子ども。まあ当たらずも遠からずというところである。言葉と違って、ぼんやりとしか伝わらないのが実情のようだ。伝えたいことを確実に伝えるには、やはり言葉が必須だろう。


「心配かあ……うーん、嫌な感情はない? そうだね、嫌いだとか苦しいとか」

「……? たぶん、ない……? ことば? おはなししたいのかな……?」

「うん? 従魔がお話したいって思ってるってことかな?」

「うん」


 右へ左へと首をかしげながらの子どもの言葉に、スヴェンが難しい顔で黙り込んだ。

 言葉がほしいとは思ったが、別におしゃべりがしたいわけではない。正確に伝わるならば、別に自分で喋れなくても構わないのだが。

 中身が人間の俺でコレなのだから、世の他の従魔術士はどうしているのか。主従でかなりの齟齬が発生している可能性。



ところで子ども、ことノアが自分のことを「ぼく」と言ったり「ノア」と言ったりしていますが、これはもともと「ノア」だったのを「ぼく」に矯正している途中なので、一人称がぶれています。動揺すると「ノア」が飛び出してしまいがち。

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